第10話 人気配信者に絡まれたおじさん
朝、スマホを開いたら通知が異常な件数来ていた。
原因はすぐわかった。
ある配信者が、昨夜の俺の自宅配信について「言及」していた。
名前は《桐島颯太》。
二十六歳。登録者は三百万人。
ダンジョン攻略系配信者で通称「キリソウ」と呼ばれているらしい。爽やかな外見と軽快なトーク、そして自称「日本最強の現役冒険者」という肩書きで人気を集めている。
俺のことを「おじさん配信者」と呼んで、こう言っていたらしかった。
《まあ、話題になってるのはわかるけど?素人がちょっとダンジョン入れたからって、最強とか言われてもね~。俺、第六層まで普通に行ってるし? あのおじさん、何層まで行ったんだっけ? 五層? ふーん》
「ふーん」を使われていた。
俺が内閣府の担当者に言ったやつと同じ音だったが、たぶん全然違う意味で使われていた。
コメント欄がすでに荒れていた。
キリソウ配信のコメント欄 ——— 炎上中
キリソウファン:そうだよ! キリソウさんの方が実力あるよ!
田中武志ファン:第六層って言ってるけど田中さんは五層のアーチを開けたんだが?
匿名A:キリソウさん、嫉妬してる?
匿名B:登録者数で負けてるからって絡むのやめてほしい
キリソウファン2:キリソウさんの方がイケメンだし実力もある!おじさんなんかより!
ガチ勢777:キリソウ、田中さんに勝負申し込んで返り討ちになるルートしか見えない
エトウ:田中さん絶対気にしてないと思うけどどう反応するか見もの
俺はキリソウとやらの動画を少し見てみた。
確かに上手かった。
動きが洗練されていて、解説が丁寧で、画質もいい。
俺の配信とは比べ物にならないくらい、ちゃんとした配信だった。
スマホをしまった。
特に何も感じなかったな。
ヒナからメッセージが来た。
《キリソウの件、見ましたか。あいつ前からちょっと感じ悪くて。田中さん、無視していいですよ。いや待って無視してたら余計燃えるか?ていうか田中さんが何か言えば一発で終わるから何か言ってください!》
長かった。
俺は「わかりました」とだけ返した。
サクラからも来た。
《キリソウの件ですが、整理すると、彼は現在第六層まで到達した記録を持つ国内上位冒険者です。ただし第五層のアーチへの反応実績はゼロ。田中さんへの言及は恐らく視聴者の関心を引く意図があります。対応策を考えてありますが、田中さんの意向次第です》
サクラは相変わらず情報が速かった。
俺は「特に何もしなくていいです」と返した。
リオからは何も来なかった。
リオはそういう人だと、最近わかってきた。
◇
その日の配信は渋谷ダンジョン第六層だった。
第五層の立入禁止は継続されていたが、管理局との交渉の結果、俺たちには特例で通行許可が下りていた。黒沢が手を回してくれたらしかった。
第六層への階段を下りると、空気がまた変わった。
金色の光が壁に混じっている。冥界石の成分が増えているのだろう。また、右手が温かくなった。
「……また共鳴してますね」
リオが言った。
「…ええ」
「第六層以降は冥界石の密度が高くなります。田中さんの右手の反応も強くなっていくはずです」
「なるほど」
ヒナが周囲を見回した。
「……魔物の気配が、第五層よりある。何かいます」
「第六層は《ダークナイト》の生息域です」
リオが言った。
「人型の魔物で、全身黒い甲冑を纏い、剣を持つ。知性があり、連携攻撃を仕掛けてきます。冒険者が最も手こずる相手の一つです」
「知性がある魔物は初めてですね」
「はい。言葉は話しませんが、罠を仕掛けたり、弱い相手を集中攻撃したりします。気をつけてください」
「わかりました」
通路の奥から、足音が聞こえてきた。
複数聞こえ規則的なリズムだった。
《ダークナイト》が四体、隊列を組んで現れた。
黒い甲冑。身長は二メートル近い。手にそれぞれ長剣を持ち、盾を構えている。目の部分だけが赤く光っていた。
俺たちを見て、止まった。
四体が、俺を見た。
俺はそれを見返した。
一体が、後退した。
また後退した。
「……」
残り三体が、その一体を見た。見て、また俺を見た。
三体が、一体に続いた。
四体まとめて、来た道を戻っていった。
隊列を崩さないまま、整然と撤退していった。
「……」
ヒナが目を点にしていた。
「今、知性のある魔物が整然と退いていきましたよね?」
「…そうですね」
「戦略的撤退ですよ、あれ!」
「…かもしれませんね」
「田中さん、何もしてないですよね?」
「何もしていませんね」
「存在するだけで魔物が引いていく人間、地球に他にいますか?」
「いないと思います」
配信中 — 同接:544,003
ガチ勢777:ダークナイトが戦略的撤退wwwwww
エトウ:知性ある魔物が「こいつはヤバい」と判断して引いたの笑えない
匿名A:何もしてないのに魔物が逃げる人間 怪談に出てくるやつじゃん
プロ冒険者X:ダークナイトって第六層最強クラスだぞ それが整然と撤退
キリソウファン3:キリソウさんはダークナイトと普通に戦って勝ってたのに……
田中武志ファン:田中さんは戦う必要すらない 次元が違う
匿名B:キリソウくん今頃この配信見てどんな顔してるんだろ
◇
第六層の奥まで進んだところで、それは起きた。
別の通路から、人間の声がした。
「——ここまで来てやったぞ! どこだ、どこにいる!?」
若い男の声だった。
ヒナが小声で言った。
「……この声…っ!」
「知ってますか?」
「知ってる。キリソウです…!」
角を曲がった先に、いた。
爽やかな顔立ちの青年。カメラを首から下げて、両手に剣と盾。配信装備だった。同接が画面の端に映っていた。
五万ほどだった。
俺たちを見て、止まった。
「……あ」
俺を見た。
「あなたが田中武志ですか?」
「…そうです」
「俺は桐島颯太です。キリソウって呼ばれてます」
「知ってます」
キリソウが少し意外そうな顔をした。
「俺の配信、見てましたか?」
「…少しだけ」
「どうでしたか?」
「上手でした。動きが洗練されていて、解説が丁寧で」
キリソウが止まった。
「……褒めてますか?」
「褒めています」
「昨日俺が言及したのに?」
「それはそれ、これはこれですね」
キリソウがしばらく俺を見た。
予想と違う展開だったのだろう。怒るか、言い返すか、そういう反応を期待していたのかもしれない。
「……なんで怒らないんですか?」
「怒るほど気にしていなかったので」
「き、気にしてない?」
「ええ」
キリソウの顔が少し赤くなった。
「……お、俺のことを、舐めてますか?」
「舐めていません。実力がある人だと思っています」
「じゃあ——勝負してくださいっ!」
ヒナが「あ、来た」と小声で言った。
双方の配信 — 合計同接:712,004
ガチ勢777:来たああああ勝負申し込んだ
エトウ:キリソウくん、怒らない田中さんに動揺してるのが丸わかり
匿名C:「それはそれ、これはこれ」が大人すぎて逆に怖い
キリソウファン:頑張れキリソウ!!!
田中武志ファン:田中さん、勝負受けなくていいよ というかどうなっても田中さんが勝つに決まってるので
プロ冒険者X:ダークナイトが逃げた人間に勝負挑むキリソウくんの勇気は認める
匿名D:ヒナちゃんの「あ、来た」が全員の気持ちを代弁してる
「勝負、というのは?」
「ダンジョンで戦ってみてください。俺と。強さを見せてもらいたいっ!」
キリソウの目が真剣だった。
怒りではなかった。
確かめたい、という目だった。
俺は少し考えた。
…断る理由は特にないな。
ただ、これはスパーリングのような話ではないだろう。キリソウは全力で来るつもりだ。
「……一つだけ聞いていいですか?」
「なんですか?」
「怪我をするかもしれません。それでもいいですか?」
キリソウが眉をひそめた。
「怪我をさせるのは覚悟の上です。俺に負けても、あなたは——」
「あなたがではなく、俺がです」
「……え?」
「俺が加減を間違えてあなたを怪我させるかもしれないという話です。それが嫌だったので確認しました」
キリソウが固まった。
「……今、俺の心配をしましたか?」
「…しました」
「俺に勝負を申し込まれた側なのに?」
「それはそれ、これはこれです」
キリソウがしばらく黙った。
後ろでヒナが「田中さんずるいっ!ドキドキ」と小声で言っていた。意味がわからなかった。
「……受けます。怪我は自己責任で」
キリソウが剣を構えた。
俺は手ぶらのまま、立っていた。
合計同接:1,041,882 — トレンド独占
全員:「俺がです」wwwwwwwwwwwwwwww
ガチ勢777:相手の心配してから勝負受けるのどういう精神構造してんだ
エトウ:キリソウくんが「え?」ってなってるの完全に予想外の展開だったんだな
キリソウファン:うちの推しが心配されてる……
匿名E:田中さんずるいって言ったヒナちゃんの気持ちわかる あれは惚れる
プロ冒険者X:手ぶらで受けるのか キリソウくん全力出せよ
匿名F:キリソウくん可哀想だけどこれは仕方ない 挑んだのは向こうだし
新規大量:同接100万超えた ヤバい
◇
キリソウが動いた。
速かった。
素直に、そう思った。
剣の軌道が鋭い。足さばきが洗練されている。本物の実力者だった。
俺は一歩横にずれ、剣が空を切った。
キリソウが体勢を整えて、もう一撃。今度は下から斜めに。
俺は右手で刀身を挟んだ。
ピタッと止まった。
「……っ!」
キリソウが押してくる。力が強い。
俺は押し返さずに、刀身を横に流した。
キリソウが前のめりになった。
俺は右手を軽くキリソウの肩に当てた。
ただ、それだけだった。
キリソウが三メートル吹き飛んで、壁に背中をつけた。
崩れ落ちなかった。踏みとどまった。さすがだった。
「……はあ、はあ」
荒い息をしながら、キリソウは俺を見た。
「もう一回っ!」
「いいですよ」
キリソウが来た。今度は三連撃。縦、横、突き。
俺は三回、全部避けた。足を動かさずに、上半身だけで。
「……なんでっ!」
「もう一回いきますか?」
キリソウが剣を下げた。
「……負けました…。」
短く、はっきりと言った。
潔かった。
俺は頷いた。
「あなたは強いです。本当に」
「……強くないですよ。田中さんに全然届かなかった」
「届かなかったのは俺との差がそれだけあるというだけです。あなた自身の強さは本物です」
キリソウが俺を見た。
少年のような目をしていた。
「……なんでそんなこと言えるんですか?」
「本当のことだからです」
キリソウがしばらく黙った。
それから、ゆっくり頭を下げた。
「…昨日の配信での発言、失礼しました」
「気にしていませんでしたよ?」
「でも、俺は気にしています!」
「そうなんですか?」
「……田中さん、俺と、またどこかで配信できますか?」
俺は少し考えた。
断る理由が特になかった。
「いいですよ」
キリソウが顔を上げた。
今度は、さっきとは違う目をしていた。
合計同接:1,334,007
ガチ勢777:キリソウくん潔く負けを認めて株爆上がりした
エトウ:田中さんが「あなたは強い、本当に」って言ったの……やばい……泣きそう
キリソウファン:うちの推しが成長してる 尊い
匿名G:ざまぁしない最強おじさん なんか別方向でかっこいい
プロ冒険者X:三連撃を足動かさずに全部避けるのは人間じゃないよ
匿名H:キリソウが仲間になりそうな空気がある 展開熱い
ヒナ推し最前線:ヒナちゃんが黙って全部見てたの なんか田中さんのこと改めて実感した顔してた
新規大量:ざまぁ展開かと思ったら和解展開だった こっちの方がいい
◇
帰り際。
ヒナが俺の隣を歩きながら、ぽつりと言った。
「…田中さん」
「はい」
「キリソウに『あなたは強い』って言ったとき、本気でしたか?」
「本気ですよ?」
「……う、うちにも、そういうこと言ってくれますか?」
俺は少し考えた。
「ヒナさんは強いですよ。本当に」
「……どのへんがっ!」
「第三層で半分溶けたナイフを手に諦めなかったでしょう?そして、登録者五十万人を一人で積み上げた。そういうことです」
ヒナが黙った。
しばらく黙ったまま歩いた。
「……田中さんって」
「はい」
「たまに、ずるいですよね…」
「よく言われます」
後ろでサクラが「ヒナが赤いわよ?」と小声で言った。
「見るなっ!」とヒナが小声で言った。
リオが俺の少し後ろを静かに歩いていた。
俺は前を向いたまま、革靴の音を立てて歩いた。
第六層の金色の光が、壁でゆっくりと脈動していた。
右手が温かかった。
◇
【神回】田中武志vsキリソウ、ざまぁにならなかったけど全員が得したと思う件
1 名無しさん : ざまぁ期待してたのに田中さんが「あなたは強い、本当に」って言って全員の感情が「あ、これでいい」になった
2 名無しさん : 「俺がです」で相手の心配してから受けるのどういう人格してんだよ
3 名無しさん : キリソウくん潔く負けを認めて謝罪して次のコラボ打診して株が爆上がりした
4 名無しさん : ヒナちゃんへの「第三層で諦めなかった」の返しが答えになってて泣いた
5 名無しさん : 第六層の魔物が存在だけで撤退したのもさらっと流されてたけど普通にヤバい
6 名無しさん : キリソウが仲間になったら攻略パーティーが豪華すぎる 登録者合計1000万超えるじゃん
7 名無しさん : 「たまにずるい」って言ったヒナちゃんの気持ちが全部わかる 田中さんは確かにずるい
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