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冒険姫リーベ 〜英雄の娘はみんなの希望になるために戦う道を駆け抜ける!〜  作者: 丘引みみず
序章 英雄とその娘

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003 旧友への報告


 エーアステ一家は夕食を摂った後、入浴を済ませてきた。


「はあ……疲れた」


 口に出た通り、リーベは疲れ切っていた。


 入浴後は普通、清々しい心地になれるはずだが、エルガーの件で質問攻めに遭ってしまい、一層疲れるハメになった。彼女がこんなげっそりとした気分で風呂屋から帰宅するのはこれが初めてだった。


「そうね。今日は夜更かししないで寝るのよ?」


 口には出さないが、シェーンも行動の節々に疲労が滲んでいた。それに加え悩ましげな目をしている……今回の騒動について責任を感じているのだ。


 娘が気を遣って心配の言葉を掛けようとした時、エルガーがリーベに尋ねる。


「リーベ。今日、ディアンの爺さんは来たか?」


 即答しかねたが、隠し立ては出来そうにないため、正直に答えた。


「……来たよ?」

「そうか……なんか言ってたか?」


 どう答えたものか悩んでいると、「そうか」と手拭いや着替えを娘に押しつけ、家の外に出る。


「悪いが、ちょっと出かけてくる」

「待って!」


 母と声が被ったので、リーベは引いた。


「ディアンさんを尋ねるにしても、こんな夜更けに行く必要は――」

「あの爺さんは昼夜逆転してんだ。それに、今日中に話を付けなきゃなんねえんだ。悪いが先に休んでいてくれ」


 そう言い残すとエルガーは家の前を去って行った。その後ろ姿が街頭の薄明かりを受けて白む中、シェーンは溜め息交じりに言う。


「仕方ないわね……わたしたちは先に休んでいましょうか」

「……うん」


 ドアを開け、屋内に踏み込みながらリーベは父の去って行った方角を一瞥(いちべつ)した。


 そこに人影はなく、靴音も聞こえてこなかった。


 仕方ないと2階へ上がろうとするが、母がホールに居座る様子を見せた。だからも自分も一緒にとリーベは思ったが、「いつもお寝坊なんだから、早くお休みなさい」と断られた。

 食い下がろうにも、日頃の行いのせいで致し方なかった。








 

 不承不承、魔法のランプ片手に引き上げてきたリーベを出迎えてくれたのはトイプードルのぬいぐるみだった。暗闇の中、主人の帰りを待っていてくれたこの忠犬はダンクと言う名で、彼女の1番の友達だった。


「ただいま、ダンク~」


 枕元にランプを置き、ダンクをギュッと抱きしめる。

 ダンクは王都有数の職人が縫い上げた名犬で、抱きしめると雲のように柔らかく、本物の犬であるかのようにもふもふだった。


「はあ~……」


(ダメだ。このままじゃ寝ちゃいそう……着替えなきゃ)


 ダンクは男の子という設定のため壁の方を向かせると、リーベは黄色いパジャマに着替える。それからベッドに潜り、ダンクを抱きしめると、抗い難い眠気に襲われ、程なくして夢の世界へと旅立っていった。







……20年前の出来事。

 エルガーたちは魔物の軍勢を迎え撃つべく、徒党を組んでテルドルの南方へと向かった。

 隊を構成するのは冒険者が20人と兵士が30人……これだけ聞けば結構な軍隊に思えるだろうが実際は違う。統率の取れた兵士たちに、クランごとに独立独行する冒険者たちが編成されるのだ。それはまさに烏合(うごう)の衆で、実際、魔物と遭遇した時には深刻な混乱をきたしたものだ。


『誰が戦うんだ』『アイツらがやるだろう』と、言った具合に役割を押し付け合い、そのせいで大小の怪我を負う者もいた。そんな彼らがどうして魔物の大軍を退けられたのか。


 それはある人物が身を挺して結束を訴えたからだ。


 魔物との緒戦を凌いだ時、彼らはいがみ合っていた。それを仲裁しようとエルガーが無防備に背中を晒したその時、魔物が飛び掛かってきたのだ。


 その窮地から彼を救い出したのは隻腕の画家――ディアンだった。エルガーを庇い右腕が失ったにも関わらず、彼は強靱な精神力をもって、自らの不幸を利用して隊を統一したのだ。


『お前らもこうなりたくなかったら、コイツの指示に従え!』


 ディアンのその言葉は、20年経った今でもエルガーの耳に――そして胸に残っていた。


 彼のお陰でテルドルは守られ、エルガーは愛する人を守ることが出来た。


 故にエルガーは、ディアンこそが真の英雄だと。賞賛を受けるべき人間だと心の底から思っていた。


「……あ」


 夜道を行くエルガーはふと酒場が目に付いた。あの戦いの後でディアンと酒を交わしたあの酒場だった。


 ディアンは利き腕を無くした為に残った左手でジョッキを保持していたが、慣れないせいで何度も零すハメになった。その痛ましい姿を前にエルガーは、罪悪感に押しつぶされそうになった。だからせめてもの慰めになればと、ある誓いを立てた。


『俺がおまえの分まで、死ぬまで戦ってやる』と。


 エルガーは思う。


 ディアンはきっと、自分が戦果を立てることで冒険者としての尊厳を保ってきたのだと。

 にも拘わらず、エルガーは誓いを反故(ほご)にした。


 これがどれ程に罪深いことか。


「…………ふっ」


【断罪】と呼ばれた自分が、今まさに断罪されようとしている。


 皮肉な現実を自嘲すると、彼は再び歩き出した。






 程なくして街角にあるディアンの家についた。


 ディアンは画家として成功しているものの、欲が無く、幽霊が出そうな古めかしい家に使えない召し使いと2人で住んでいる。エルガーはその質朴(しつぼく)とした生き方が彼らしいと思いつつも、せめてもう少し上等な家に住めば良いのにと思わずにはいられなかった。


 ドンドン! 


 エルガーがドアを叩くも反応がない。ここの召し使いは無能で有名だった。今頃は夢の中なのだろうと思いつつ、彼は呼び掛ける。


「ディアン! いねえのか?」


 再度叩くとドアが開き、暗がりから魔女みたいな顔が現われる。


「ディアン……」

「まったく、お前はノッカーも使えんのか」

「あ?」


 ドアを見ると、シカモチーフのノッカーがあった。


「ホントだ……あはは!」

「……これでよく冒険者をやってこられたものだな」


 陰気な目が彼を睨み上げる。すると心を見透かされるかのようで、エルガーは居心地の悪い思いをした。


「そんなところに突っ立っておらんで、入ったらどうなんだ?」

「あ、ああ……そうする」


 それから2人はカビ臭い廊下を歩き、アトリエへと向かった。その道中、エルガーはディアンの失われた右腕ばかりを見つめていた。幻肢痛って実在するのだろうか、と些細でありながら、重大な疑問が彼の胸を圧していく。


 ディアンのアトリエは厨房から設備を抜き出したような造りで、代わり画材が所狭しと置かれている。そして部屋の中央には描き掛けのカンバスがあった。


「…………」


 描かれているのはワイバーンという魔物で、青空を背にこちらを睥睨(へいげい)している。背後には太陽があるのか、顔や腹には逆光で影が差している。その一方で翼膜は透けており、それがリアリティを超越した迫力を生み出していた。


 エルガーはワイバーンと戦った事が何度もあった。それ故にこの画が、まるで自分の記憶の一部を抜き出しているように思えてならなかった。


「すげえな……」

「ワシは見たまんましか描けない……だからそろそろ、ネタ切れだ」


 ディアンは色褪せた目をカンバスに向けて言う。その言葉に……仕草に。エルガーの胸の内で(わだかま)っていた罪悪感がいっそう重厚なものになる。その重みに耐えかねて、彼は詫びを零した。


「……すまねえ」


 弁明の言葉などなく、彼は深々と頭を下げる。

 すると空気が澱み、瘴気(しょうき)のように彼の心を蝕んでいく。その息苦しさに喘いでいると、ディアンが意外なことを口走る。


「2人目でもできたのか?」

「……は?」

「引退して(なお)、武器を手放さなかったお前がそれを手放した。なら、それだけの事情があると考えるのが普通だろう?」

「……そうか」


 俺は頭を上げ、憮然とした目を見る。


「いや、そんなめでたいことじゃねえ。……俺は引退してからも、他の連中には狩れないような魔物を引き受けてきた。だが、家族を心配させたくはなかった。だからいつも嘘をついてきたんだ」

「……で、それがバレたと」

「ああ。寄りによって、カンプフベアと戦った事が知られたんだ。……それで、シェーンに言われたんだ。俺に頼ってばかりいるから、この街の冒険者が育たないんだ……若くねえから、このままじゃいつか破綻するってな」

「道理だな」


 ディアンは瞑目した。


 彼が激情家でないことをエルガーはよく知っている。だから一定の理解を示してくれることには何の驚きもない。だがそれだけに恐ろしかった。


(言うべきことは言った)


再び沈黙が流れ……しばらくの後、ハゲタカのような目がエルガーを睨み上げた。


「エルガーよ。お前はあの時、言っていたよな? ワシの分まで、死ぬまで戦うと」

「……言った」

「お前の事だ。それを気にしてるのだろうが、それについて今更どうこういうつもりはない」

「何でだ?」


 エルガーは問わずにはいられなかった。

 しかし言い終るや、ディアンはクツクツと肩を震わせて笑い始めた。


「な、何がおかしい!」

「くくく! 一度引退しているやつが、何を今更と思ってな!」

「――そら! 『いざとなりゃ戦ってやる』って引退したんだ!  剣を捨てたわけじゃねえ!」

「積極的に戦わないのだから、結局はおなじことよ!」

「むう……」


 歯噛みしていると、ディアンは途端に神妙になった。


「だがな、そう簡単に終われるとは思わないことだ」

「……どういう事だ?」

「あの恐怖を体験した連中は、お前に願いを託してる。ワシのようにな……」


『アンタが辞めたら、誰がテルドルを護るんだ』


 誰かの叫びが耳に蘇る。


 平和への願いを託されたのはエルガー自身自覚していた……だが彼は、やれるだけの事はやったつもりだった。だが、それでも不足だというのだろうか?


煩悶(はんもん)としているとディアンが続ける。


「英雄に求められるのは腕だけじゃない。その意味をよく考えることだ」

「…………」


(まさか……いや。だってリーベは……)


 焦燥する心に冷や水を浴びせるようにディアンが吐き捨てる。


「さ。仕上げの邪魔だ。とっとと帰れ」

「……ああ。邪魔したな」


 ディアンに背を向けた時、エルガーはふと振り返った。

 陰気くさい部屋で老人がカンバスへ向かう姿は物悲しい以外の何物でもない。しかし、その眼差しだけは生き生きとして見えた。


「なにを突っ立ってる? ワシは人に見られてると画が描けないんだ」

「あ……すまねえな。んじゃ、たまには店に寄ってくれよな」


 そう言い残して、彼はディアンの家を後にした。

 





 街灯がぼんやりと照らす街路を1人寂しく歩く。周囲の建物はどれも明かりが消えていて、街全体が眠りに就いているのが分かる。食堂エーアステも例外ではないと思ったが違った。鎧戸の隙間に微かな明かりが見える。


 エルガーはカウベルを鳴らさないよう、そーっとドアを開ける。するとホールには妻シェーンの姿があった。椅子の上がったテーブルの1つに頬杖をついていたが、彼が帰ってきたのを知ると細い肩を跳ね上げる。


「お、おかえりなさい……」

「ああ、ただいま。驚かすつもりはなかったんだが……待っててくれたのか?」

「ええ。心配だったんですもの。それより、ディアンさんはなんて?」

「1度引退してるクセに何を今更って」


 ありのままを言うとシェーンは目を丸くして、ついでクスリと笑った。


「ふふ、それもそうですね! それだけですか?」

「あー……」


(言うべきかどうか……いや、言うべきだ)


「英雄に求められるのは腕だけじゃないってな」

「どういう事ですか?」


 疑問を浮かべつつも、シェーンは察している風があった。勘が良いのは結構だが、それはつまり、繊細であるという事だ。


 今までどれだけ心配を掛けてきたのか……エルガーには想像も及ばないことなのだった。余計な心配を掛けたくはないが、かといって黙っているワケにはいかない。夫婦なのだから大事な事情は共有するべきだ。


 そう思った彼は口を開く。


「象徴であること……要するに、血筋を求めてるヤツは大勢いるってことだ」

「血筋……やっぱり、リーベに……」

「俺の娘に産まれた以上、女とはいえ期待はされるだろうな」

「そんな……まさか、リーベを冒険者にするなんて言いませんよね?」

「当たり前だ」


 断言するとシェーンはホッと一息をついた。だが、見上げる瞳には未だ不安が漂っている。


「大丈夫だ。リーベを冒険者にはさせねえよ」

「でも……あの子を(そそのか)す人がでてくるんじゃ……」


(リーベは素直な娘だ。周囲の期待に応えようと言い出すかもしれない。もしそうなったら俺は……アイツの意思を挫けるのだろうか?)


 ふと思ったが、考えるのをやめた。彼が考え出したら、シェーンまでが心配してしまうから。


「その辺は俺の方から言い含めておくさ。……それに、この街の冒険者は見所のあるヤツばかりだ。周りの連中も、すぐに気付くだろうよ」

「そう……ですね…………」

「そうだ」


 抱き合っていると、置き時計が11回鳴った。


「明日も早いんだ。今日は寝ちまおうぜ」

「……はい」


 ドアを施錠すると、2人は一緒の寝室へ引き上げていった。



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