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目を開くと、そこは無機質な駅のプラットフォームだった。
いや、正確には「そう見える場所」と言ったほうが正しいかもしれない。白い光が天井から降り注ぎ、プラットフォームには見慣れない記号が並ぶ電子案内板が浮かんでいる。空人はゆっくりと身を起こし、視線を巡らせた。まるで現実世界の地下鉄駅のように見えるが、それにしては異様な静けさが漂っていた。
(……ここがゼンパンク?)
頭がぼんやりしている。さっきまで舞浜の施設にいたはずなのに、記憶が断絶している感覚があった。まるで夢から目覚めた直後のような、不確かで霞がかった意識。
プラットフォームの奥には改札のようなゲートが見える。その前には、制服を着たスタッフらしき人物が数人待ち構えていた。空人が立ち上がると、そのうちの一人が微笑みながら近づいてきた。
「松島空人さんですね。お待ちしておりました」
女性のスタッフが丁寧に会釈しながら、空人の胸につけられた青いワッペンを指さした。
「このワッペンは、ここで回収させていただきます。ゼンジニアの皆さんには特別な管理が必要ですので」
促されるままにワッペンを外して渡すと、スタッフはそれを端末にかざし、何かを確認した。次に、薄いガイドブックを手渡された。
「こちらがゼンジニア向けの案内です。明日の説明会についての情報も記載されていますので、ぜひご確認ください」
空人は戸惑いながらもそれを受け取った。ガイドブックを軽く開くと、鮮やかな写真と共に「ゼンパンクの基本概念」「生活のルール」「ゼンジニア研修について」といった見出しが並んでいる。引越しの時に役所からもらったパンフレットを思い出し、思わず苦笑した。
改札を抜けると、目の前には整然とした都市景観が広がっていた。
高層ビルが整然と並び、ガラス張りの外壁が陽の光を反射して眩しく輝く。
大通りには、流れるような動作で歩く人々。男女ともに洗練された服装に身を包み、どこか余裕のある雰囲気を漂わせている。
電動モビリティが音もなく通り過ぎ、交差点ではホログラム広告が色鮮やかに光を放っていた。
まるで、ここだけ別世界のような光景。
空人は無意識に歩みを止め、周囲を見渡した。
だが、空人はすぐに違和感を覚えた。
(これが……仮想空間?)
ゼンパンクが「仮想世界」であることは理解していた。だが、足の裏に伝わる地面の感触、微かな風の流れ、建物の質感――どれも現実と変わらない。いや、それ以上に生々しく感じるほどだ。
「すごい……」
空人は思わずつぶやいた。
ふと目を向けると、〈IMAGINE〉と書かれたカフェが目に入った。好奇心に駆られ、店内へ足を踏み入れる。中はシンプルだが、どこか洗練されたデザイン。カウンターに近づくと、バリスタの女性店員が笑顔で迎えた。
「いらっしゃいませ。お好きなものをご注文ください」
「えっと……メニューは?」
「こちらです」
店員が指差したディスプレイを見ると、コーヒー、紅茶、フルーツジュース、ケーキなど、あらゆるメニューが並んでいた。値段の表示はない。
「えっと、お金は――」
「必要ありません。ゼンパンク内では、基本的に全てのサービスが無料です」
「無料?」
「はい。ごゆっくりどうぞ」
空人は半信半疑のままカフェラテを注文した。程なくして、香ばしい香りの漂うラテが出される。手に取ると、温かさと微かな湯気。口に含むと、クリーミーな舌触りとコクのある味わい。
(……完璧に現実の味じゃないか)
ゼンパンクの技術力に圧倒されつつ、空人は席につき、ガイドブックをめくった。そして、この場所の異質さを改めて理解していく。
しばらくしてカフェを出ると、空人は再び街の中を歩き始めた。ガイドブックに記載されていたゼンジニアの寮を目指し、道を進む。
寮はステーションから少し離れた場所にあった。近未来的な外観の建物で、入り口には〈ZEN ENGINEER DORMITORY〉と書かれたプレートが掲げられている。中に入ると、白とシルバーを基調としたクリーンなロビーが広がっていた。
フロントで名前を告げると、すぐに部屋の鍵を渡された。そのとき、背後から陽気な声が聞こえてきた。
「お、君も新人ゼンジニアか?」
振り向くと、少し大柄で人懐っこい笑顔の男が立っていた。短髪で、カジュアルな服装がどこか親しみやすさを感じさせる。
「俺は大河内。君は?」
「あ、はい。松島空人と言います。よろしくお願いします」
握手を交わすと、大河内はニヤリと笑った。
「堅苦しいのはナシにしようぜ! 同じ釜の飯を食う仲間なんだからさ。楽しもうな!」
「……ああ、わかった。よろしく」
彼の言葉に少し安心しながら、空人は自分の部屋へと向かった。
部屋はシンプルで清潔だった。ベッド、デスク、クローゼットが整然と配置され、大きな窓からはゼンパンクの街並みが一望できた。
空人はベッドに腰を下ろし、深呼吸をした。
(すごいところに来てしまったな……)
現実と仮想の境界が曖昧になるこの場所で、何が待ち受けているのか。そんな不安と期待を胸に抱きながら、空人は静かに目を閉じ、眠りに落ちていった。




