魔法の試行
最近寒いのでお互い体に気をつけましょー
少し時間が経った後、俺は立ち上がり、
「よし、母さんは疲れてると思うから俺がご飯を作るよ」
「え?蓮ちゃんが作ってくれるの?私に?」
軽く頷く。
「気持ちは嬉しいけど料理を教えたことなんてないし、蓮ちゃんが怪我しないか心配で」
「大丈夫だから。まあ、ゆっくり休んでなよ」
一般常識の中にある程度の料理の知識が含まれているため心配は無い。そんなことを考えていると分からないはずの台所の場所へと一直線に足が進む。
台所に着くとぱっと周りを見て何を作ろうかと考えて、目に入った。野菜も冷蔵庫にたくさん入っており、肉も少しながらあったので肉じゃがを作ることにする。
個人的には麺つゆの方が味がさっぱりするし、それほど手間がかからないので出汁として用いている。後ろで心配そうに見ている母親を他所に手際よく野菜を切っていく。料理を始めたころは包丁で自分の手を切る事があったが今ではそんなことはなくなった。
その後も順調に料理は進み、肉じゃがは完成した。味見もしたが結構上手く出来たと思える。ご飯は母親が炊いてくれてたようで、少しおかずが少ない気もするがご飯と肉じゃがが今日の···、あれ?そういえば今って何時なんだ?さっきは勢いでご飯を作るって言ったけど。
「母さん、今って何時?」
「今?今は十一時かしら」
ちょっと早いけど、まあ昼ごはんということにしよう。俺は朝ごはんを食べてないわけだし。配膳も終え、俺と母親は席に着く。
「じゃあどうぞ召し上がれ」
先に食べるように促す。母親は箸を握り肉じゃがを食べようとするが途中で箸を下ろす。
「このまま保存してもいい?」
「いやダメでしょ。腐るから、早く食べなって」
「うぅ、分かった···」
本当に何を言ってるのか。でも、そんな様子を見て少し微笑ましくなってしまう。初対面とは思えないほど蓮の母親とは自然と話せてしまうことに疑問を持つがまた涙を浮かべながら箸を進めるのを見てどうでもよくなってしまった。
「「ごちそうさまでした」」
二人揃って手を合わせる。
(喜んでもらえてよかった)
笑顔を浮かべる母親を見て心から安堵した。
「もう、昔みたいに話してくれないかと思ってた。でも、蓮ちゃんが昔みたいに母さんって呼んでくれて、さらにはご飯まで。本当に夢みたい」
そう言う母を尻目に違和感を持たれていないことに安堵する。ゲームの蓮はもっと偉そうな感じだったためそちらに寄せた方がいいかと思ったが特に心配は無さそうだ。
(とりあえず、今が何月何日か知りたいな。ゲームの時の蓮はルートによって死ぬか、牢獄行きとなる。それは何としても避けたいな。ストーリーが始まる入学までにどれほどの猶予があるか分からないけどそれまでに色々準備を···)
「あ、そういえば明日のお見合いの準備は出来てるの?」
「···お見合い?」
「そうそう、お義父さまがセッティングした神水流蒼桜ちゃんっていう女の子とのお見合いよ」
(聞いてねぇ!)
焦りからか背中に汗が流れる。
本当の蓮ではない俺はお見合いのことを知らなかったがその女性の名前には聞き覚えがあった。『五色玲瓏のフィリグラン』におけるヒロインの一人だったからだ。
(確か、話としては···)
その見た目と魔法を扱う能力の高さから、婚約者と定められていたが、蒼桜の方は蓮の蛮行にはいい思いをしていなかった。自分の家族にも迷惑をかかることを考え、家格が上の蓮に対して何も言うことが出来ない自分を次第に嫌いになっていく中で主人公と出会い、蓮に対しても堂々とたち振る舞うその姿に憧れを抱いた。これが蒼桜ルートの始まりなわけだが。
あまり自信は無いが、確か蓮と彼女のお見合いがあったのは入学の一か月前ほどだった気がする。そんなことを会話の中で彼女が話していた記憶がある。後からカレンダーを見て日にちを確認する予定だったが情報が手に入るのは早ければ早いほどいいだろう。
(後は、彼女のためにも自分のためにも婚約者にならないようにする必要があるな)
しかし、これに関してはそれほど心配していない。結局のところ、彼女を婚約者にするかしないかの決定権は家格の高い蓮にある。もちろん俺は婚約者にするつもりは無い。ぜひとも主人公かまたは他の誰かと幸せを築いて欲しい。
(だから、まあ明日は気楽にいこうか)
それほど気をつけることは無いので明日に思い馳せるのはそこで止めた。
その後は母親との一年を埋めるように色々な話をした。知らないことばっかりなので、基本的に相槌をついてやり過ごし、気づけば夜になっていた。
お風呂にも入り、まだしっとりと濡れた髪を乾かすことなく布団へとダイブする。
(後から乾かしたらいいか)
そう、そんなことより俺には一つ確かめたいことがあった。それは、魔法だ。俺が知る『五色玲瓏のフィリグラン』の世界では属性に囚われず様々な種類の魔法が存在する。また、魔法は全員が使える訳ではなく才能によるもので魔法が使えない人達は化学の方面を研究したことで、この世界では化学と魔法の二本柱で成り立っている。
『五色玲瓏のフィリグラン』の舞台となる魔法学園シックザールではそれらの使い方や魔法学園という名前にもかかわらず魔法に限らない戦い方を学んだり、戦い以外で魔法を活用する方法を教わったりすることが出来る。
魔法を扱う原理だが、自然に存在する無色の魔力を呼吸するように体内に取り入れるとそれは自分だけの魔力へと変わる。それを明確な意志を持って体外へと放出すると無色の魔力はその支持に従い姿を変え、行動を起こす。その後使われた魔力は無色の魔力と化して、自然へと帰るという訳だ。
乙黒蓮の魔法は黒炎といういかにも厨二病っぽいものである。
内容については実際に試さない所にはどうとも言えない。
(一応知ってるには知ってるが、その通りじゃない場合もあるしな)
で、実際の魔法の使い方なのだが体が覚えてるのだろうか何となく分かる。
血液が流れるように体を巡る何か意識して手のひら辺りに集める。段々と集まるそれのせいか手のひらに熱を感じる。十分集まったと思った時に手のひらの上で燃える炎を想像する。
すると、手のひらには全てを飲み込むような圧迫感を感じさせる闇のように黒い炎が発現し、ゆらゆらと揺らめいている。しかし、全く熱さは感じず、むしろ温かいという具合だ。
(今じゃあ、黒炎の本来の力を試すことは出来ないし、確認できただけでも良しとするか)
今度は炎に流れ込む何かを止めることを意識すると、それは消えてなくなった。そして、改めて今日一日経験したことを思い返す。
(ヒロインと同じ名前の人物もいるみたいだ。とりあえず、俺がどこから来たかは置いておいてここが俺の知ってる『五色玲瓏のフィリグラン』と酷似した世界だということはほとんど確定といっていいと思う。その事に意味があるんだとすれば、何かしらのヒントが登場してたキャラクター達の近くにあるのかもしれない)
俺は何人かのキャラクターたちを頭にうかべる。
(当分の目標は彼、彼女らと親密になることだな。恩を売れたら上々、それが蓮の死から遠ざかることにもなるわけだ)
そう、この世界はどのルートを通ったとしても蓮は死ぬ。しかし、その詳細は記されることは無いため対策が難しいのだ。どのルートにおいても蓮は乙黒家と学園から追放されており、その後行方をくらませたかと思えば殺傷事件を起こし自身もその時に受けた傷で命を落とす。
(何がスイッチになるか分からないから気をつけないとな)
婚約者になる気はないが、程よい距離感を保てたら一番である。何がなんでも殺されるなんて言う物語の矯正力なんてものがあったら何も出来なくなるためそれは考えないことにし、目を閉じる。精神的な疲れもあったのか気づけば俺は眠りに落ちていた。
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