存在不確実
だいたいこのくらいの時間に投稿できたらなぁと思ってます。まだまだ序盤ですがお付き合いいただけると嬉しいです。
窓を開けたまま崩れ落ちるように座り込む。
「あはは···」
全く頭の整理がつかない。目が覚めたら先程までやっていたゲームの世界にいたなんて誰に言えば信じてくれるだろうか。それくらい馬鹿げたことに呆けた笑いが漏れる。
(状況を確認しよう···。昨夜、ゲームをクリアしところ真っ白な光に包まれて気付けばゲームの世界にいた。俺の姿はゲームに出てきてた悪役、乙黒蓮にそっくりだった。それで元の世界で、俺は···)
そこで考えが止まってしまう。
(俺って一体何だったんだ?)
しばらく考えてみたもののやっぱり思い出せなかった。ここに来る前にしていたことと一般常識以外、家族構成や自分の名前という自身を構成するものの大部分が記憶から抜けている。
空が陰ったのか少し部屋が暗くなる。
姿形も変わり、名前も家族も思い出せない。本当に自分の記憶が正しいのかと疑問が芽生え、自分という存在を疑う。しかし、理屈ではなく強迫観念のように俺はこの世界の住人ではないということが頭に刻み込まれている。そのアンバランスな感覚が俺をおかしくする。そして、俺は楽な考えへと逃げた。
(さすがに、夢だよな···)
そう思いこむことで自分を保とうとするが、こうして座り込むことでより感じる自分の体温、心臓の鼓動、流れ落ちる冷や汗、これら全てがここが現実であることを強く主張していた。
こういう時、楽観的な思考ができたらどれだけ良かったか。変に几帳面な自分の性格が心底嫌いになった。
何が正解で間違ってるのか分からなくなり、自分を含め全てのものが不安定になっていくような気がした。
はぁ···はぁ···はぁ
呼吸が早くなっていくのを感じる。落ち着けと言い聞かせても堰を切ったように流れ出す酸素を止められない。
(これ···まず···い)
まともな呼吸ができないことで焦りが増し、それが過呼吸をさらに助長する。
少しずつ意識が遠のく中で誰かが部屋に入った気がしたがそれを確認することなく意識は暗闇へと落ちた。
「···んん」
目が覚めた。二度寝は気分がいいと聞くが今は全くそんなことは無い。汗もかいてるようですごく着替えたい気分になったがここで誰かがベッドの横にいることに気づく。
その人は安堵の表情を浮かべるが直ぐに怯えたものへと変える。
「ご、ごめんなさい、勝手に入っちゃって···。すぐに出ていくから気にしないで···」
蓮に似た艶やかな黒の長髪を持ち、包み込むような優しさを感じさせる整った顔を始めは喜色に染めたものの直ぐにどこか怯えたような表情をし部屋から出ていこうとするかなり若そうな女性に対してつい口から言葉がこぼれる。
「···母さん?」
どうしてこんなこと言ったのか分からない。まだ寝起きでボーッしてるのだろうか慌てて取り繕おうとするが、女性の足がピタッと止まり涙を目にためながら振り返りこちらに抱きついてきた。
「今、母さんって?本当に!?夢じゃないよね!うわぁぁぁん!」
どこがとは言えないが柔らかい物を押し付けられるが全く変な気持ちにはならず、戸惑いながらもとりあえず泣く女性の背中をゆっくりとさする。あまりの号泣具合に先程までの焦りが嘘のように冷静になってきた。
まだ泣いている女性、恐らく蓮の母親だろう。彼女は泣きながらも今までためこんできたであろう自身の思いを吐き出す。
「一年ぶりに帰ってきてからずっと私のことを嫌なものを見る目で見るようになって、母さんなんて呼んでくれなくなって···。やっと、やっと呼んでくれた」
(一年ぶり?)
乙黒は悪役であったものの、そこまで深く掘り下げられたわけでは無いためストーリーが始まる以前の出来事が詳しくは分からない。
(色々意味がわからないことが多いけど、とりあえず···)
俺は近くにあったティッシュを母親に渡す。彼女はそれを受け取り目元を拭いた。
「優しい蓮ちゃんが帰ってきたぁぁ」
拭いてる側から涙を流す姿を見て少し呆れながらも彼女の気持ちも分かるため、されるがままにする。
こうして落ち着いて物事が考えられるのは一度寝たからかそれとも自分より情緒が不安定な人を見たからかは分からないが、俺の胸に泣きつく蓮の母親を見てある意味当然の疑問が頭に浮かぶ。
(じゃあ、蓮はどこに行ったんだ?)
俺が元いたであろう世界にいる、俺が気づいてないだけでこの体にいる、そして考えたくはないがもう既にどこにもいないか···。様々な可能性がよぎるがそれを決定づけるものは何も無い。
悪役であったとは言えここでは命ある人間であり、その存在を愛おしく思っている人もいる。それだけで胸が痛くなる。
言った方がいいのだろうか。
自分は蓮では無いと。
論理的には説明出来ないが、自分が蓮では無いことは何となく分かる。
それを伝えてしまった方がこの人の為にも―
そう思った時、振り絞るような声が聞こえた。
「もう、どこにも行かないでね···」
思わず口を噤む。
この人の為だとか言いながら俺は今自分が楽になるために残酷な真実を伝えようとしてしまった。勝手に相手もそうだろうと思い込んで。
どちらが正解かなんて分からないが、自分にとって楽な道を進むのはダメだろう。どんな経緯があろうと愛する息子の体を乗っ取り、こうして息子面をしている俺が楽になりたいからという理由で打ち明けるのはダメだ。
(この世界に取って正解かは分からないけどいつかきっと蓮を取り戻す。だから今は···)
未だ泣き止まない蓮の母の背に手を添えてゆっくりと微笑む。
「もうどこにも行かないから。心配することは何も無いからさ。俺は母さんのそばにいるよ···」
俺はそうして蓮として生きることを決めた。この選択が正しいかどうかはまだ分からないが、そこには少し呆けてから嬉しそうに笑った母の顔があった。
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