決死の戦い
「さっきはよくも邪魔してくれたじゃねぇか。楽には殺さねぇ」
声には怒気が込められており、ただ話すだけで圧を感じる。見てわかる通りの格上だ。
(どういうつもりか蒼桜の方の壁は無くなってない。だけど、大袈裟に助けに行けば隙を見せることになる。あの作家とやらもどう動くか分からない。···やるならこっそりとだな)
俺は最小限の動きで魔法を使う。
(後は蒼桜が俺を信じて上手くやってくれるか)
考え事をしていたせいでゼラスと呼ばれた大男は自身の言葉を無視されたように感じたようで、
「考え事かぁ?随分と余裕じゃねぇか、そんなに余裕ならこいつでも食らっとけ!」
その言葉と共に男の周りに拳より大きい程度の岩がいくつも形成されてそれらがこちらに向かってくる。
咄嗟にこちらも魔法を使いそうになるが、明らかに実力で劣る以上、切り札である俺の魔法をここで使うわけにはいかない。
「くそっ」
俺は体内を流れる魔力を使って体を無理やり動かしてその攻撃を躱す。
「ほぉ、身体強化の基礎はできるみたいだな」
習い始めたばかりで稚拙なものだが、何とか本番でも扱えたことに安堵する。身体強化とは、人の意志を無色の魔力に伝え事象を起こすという人の中を流れる体内魔力の性質を利用し、体を動かす技能だ。体内で使うため、消費することは無いがあまりに無茶な動きをすれば逆に体を傷つけることになる。
(せめて、蒼桜がこちらの意図に気づいてくれるまで時間稼ぎが必要だ。···命懸けだな)
それでも俺は笑う。
ただのはったりだ。本当は足は震えてるし、心臓も激しく警鐘を鳴らしている。
絶望的なのは百も承知、それを打破する細い細い線を手繰り寄せるために不敵に笑うのだ。ゲームの乙黒蓮を意識して、悪役らしく。
(それに、助けに来たやつが怯えた表情してたら格好つかないしな)
それはただの見栄でしかないが、それが俺を支えているのも確かだった。
「へっ、凶悪な面だな。これじゃあ、どっちが悪人か分かったもんじゃねぇ」
「俺はお前みたいな下品な顔してないけどな」
「···言うじゃねぇか。なら、お前の綺麗な顔をぐちゃぐちゃにしてやるよ!」
俺の足元から岩が飛び出してくる。しかし、毎日受けている母さんの突きよりも断然遅い。目を瞑ることなくしっかりと見て躱し、これで終わるはずがないと身構えると俺の足元に大きな影が出来る。
「上か!」
前へと転がり躱そうとするが、思った以上に大きく地面についた左手がそれに挟まれる。
「〜〜!」
声にならない叫びが漏れた。
役目を終えたとばかりに消えた大岩の下にあった俺の左手は紫色に変色しており、爪は割れている。まだそこまで体重のかかっていないところだったようでそれだけで済んだ。
しかし、骨も折れているのは確実だ。俺の意識が左手に集中してる中、こちらに迫る風切り音で我に返り飛来する岩をしゃがんで避け切る。
「はあはあ」
少しずつアドレナリンが出てきたのか痛みが和らいだ気がする。
(くそ、あいつの魔法は岩だ。通り名からも分かってたけど、分かったところでバリエーションが広すぎて対処しづらい!)
この世界の魔法とは一部の例外を除いて現実の事象を起こすものだ。だから、水で矢を作ったり、岩で剣を作るなんてことは出来ない。
一番初めの岩を飛ばしてきた魔法は、恐らく投擲の再現。岩が突き出してきたのは地面の隆起、空からの大岩は落石だろう。
まだまだ他にも予想外の魔法を使ってくるかもしれない。こちらは痛みで思考が邪魔される中戦わなければならないのだ。
「おいおい、魔法はどうした?」
「······」
「もったいぶってんのか?それとも、切り札か何かか?まあいい、こんな状況でも使わねぇんならそのまま後生大事に抱いて死ね」
また、男の周りに岩が現れて始める。躱そうと左に足を踏み出した時、
「おっと、そっちは行き止まりだ」
(また地面の隆起···!)
岩でできた不格好な壁が地面から生えてきていく手を塞ぐ。さらには右にも後ろにもそれが現れる。
「さあ、追い詰められたネズミはなんて鳴くんだ?」
いくつもの岩がこちらに飛んでこようとする。
俺はすぐさま腰の鞘から刀を抜き正眼に構える。俺には切るなんて達人のような芸当は出来ない。しかし、弾くことなら出来る。
生きるか死ぬかの瀬戸際、痛みなどただの信号だと言い聞かせて刀を両手でしっかりと握り込む。全力で頭を回し、取捨選択を行う。
(全部は到底弾けない。弾くのは死に直結しそうなものだけ!感じろ、思い出せ、母さんがこちらに切り掛る時に感じた死の気配を···!それのみを叩き落とせ···!)
迫り来る一投目が当たるのは右肩。それは捨ておく。
「ぐっ」
かなりの衝撃だ。骨に響くような痛みが走るが、何とか堪え続く頭を狙った二投目は刀を振り下ろして方向を無理矢理変える。
すぐさま構え直す。迫り来る全ての岩がどこに当たろうとしているのかを見極め、どう動けば効率よく弾けるかを考え、常に自身のアップデートしていく。そうじゃなければ、俺は今ここで死ぬ。俺は我武者羅に刀を振り続けた。
「うおおぉぉぉぉ!」
俺自身の命を取りこぼさぬよう、代わりに叫ぶ。痛みで気を失わないためにも。生き残るために叫び続けた。
「······」
どれだけの岩を体に受け、どれだけの岩を弾いたのか分からない。あるのは生き残った達成感と、このまま動かなければ死ぬという恐怖感だけだった。しかし、既に出し尽くした体は抜け殻のように動こうとしない。
「まさかこいつを捌き切るとはな。だけどまあ···もう終わりだろ」
「······」
ゼニスはこんな状態の俺にも警戒をし、必要以上に近寄らず一定の距離を保ったまままた岩を空中に創り出す。
「安心しな坊主。お前というナイトが助けに来た姫様は俺が可愛がってやるからよ」
その醜い笑いが視界に写ったと同時に俺の頭部を狙った一撃が迫った瞬間、
「···だめ」
俺の目の前に分厚い氷の壁が現れる。
「は?」
そんなゼニスの気の抜けた声を聞きながら、俺は視界の端に蒼桜を捉える。そうして、お互いに視線を交わすや否や俺は走り出した。
まともに体は動かない。しかし、身体強化を使って無理矢理体を動かして刀を構えながらゼニスへと迫る。
「なっ!?お前、まだ動けたのかよ!···だが!」
その言葉と共にまたしても地面が隆起して今度なゼニスを守るように岩の壁が現れる。
「はははっ!そのてめぇが持つ時代遅れの産物じゃこの壁は切り裂けねぇ!それに、あの女の氷でもな!一瞬でも立ち止まってみろ!さっきみたいにまた岩を撃ち込んで―」
俺はゼニスの言葉が言い終わる前に、一言呟く。
「黒炎」
目の前に現れたのは光を喰らい尽くす闇のような黒を備えた炎。それはまるで火炎放射器のように岩の壁へと放たれ···
「馬鹿な!?」
そして、まるで紙でも燃やすかのように岩の壁を燃やした。
「何なんだよ!使えねぇ魔法じゃなかったのか!?何で、炎が岩を燃やすんだよっ!」
そうして出来た穴に飛び込んで俺はゼニスに迫る。
しかし、ゼニスも裏社会で生きてきただけの力を持っており、身体強化を施して後ろに下がろうとするが、
「私は助けを待つだけの囚われの姫なんかじゃない」
足元が凍り、動くことが出来ない。
「あの女ァ!」
鋭い目付きで蒼桜のことを睨むものの、俺が目の前に躍り出たことでその瞳は確かに俺を捉えた。
「や、やめっ―」
俺は上から下へと刀を振り下ろした。
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