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神宿り  作者:
第5章
86/103

14

『やっと来た! さ、食おうぜ!』

 ちょうど仲居さんの並べ終わった料理を前に「おあずけ」状態だったザットが、半ば悲鳴のように声を上げる。

『すみません、遅くなって』

『食べててよかったのに』

 創樹と峰春は口々に言って、二人の前の席に腰を下ろす。

 純和風の旅館で浴衣姿の夕食の幕開けには、やはり日本式が一番合うだろうと、文化や雰囲気を大切にするシグの言葉に従い、創樹が指導する。


「「「「イタダキマス」」」」

 そして皆は、手を合わせて声を揃えた。皆の様子にくすくすと好意的に笑いながら仲居さんが鍋物に火を入れていく。

「すみません、ナイフやフォーク、ありますか?」

 箸の持ち方に戸惑っているらしいザットをちらりと見て、創樹は自分の鍋に火を入れる仲居さんに尋ねた。

「ええ。すぐにお持ちしますね」

 仲居さんもシグと峰春に箸の持ち方を指導されているザットに納得し、部屋を出て行く。


『うあ…う~ん…くそっ!』

 箸で巧く料理を掴めず、いちいちザットがうなる。その間に創樹は皆の分のご飯をお茶碗によそい、配った。

『汚い』

 峰春が眉根を寄せた。ザットの皿の中身が次第にぐちゃぐちゃになっているからだ。

『下品な真似はするな』

 犬食いのように皿に直接顔を近づけようとするザットを、シグが小突く。


 すぐに仲居さんが戻ってきて、ナイフ・フォーク・スプーンのセットを一応人数分、和風の籠に入れて卓上に置くと、丁寧に頭をさげて出て行く。

『ほら。これでまともに食えるだろう。ただ、見るからに焼きの美しい食器だから傷つけるなよ』

 忠告と共にシグはザットにナイフとフォークを渡す。


 頷く間も惜しむように、早速ザットは慣れた道具で次々と食事を片付けていく。まったくあきれるほどの勢いだ。

 峰春は元々箸の方が使い慣れているし、シグも問題はないようだ。ただ、魚をほぐす時などは一旦創樹や峰春の箸の使い方を見てから、試していた。


『そういえば二人ともよく浴衣自分で着れたわね。私は創樹に着せてもらったけど』

 お吸い物の椀を置き、峰春が言った。

『あまりにコイツが騒ぐから、見かねて脱衣所に居た人が着せてくれたんだよ。俺は見よう見真似で帯結んで、その人に手直ししてもらった』

 シグが応える。


『まはおへのへひ…』

『食べながら喋るな』

 とっさに反論したザットにシグが眉根を寄せる。

『また俺のせいにする!』

『実際そうだろ。温泉の中でも子どもと一緒になって歓声上げたりサウナを出たり入ったり。露天風呂に入る時も大騒ぎして…』

『そういえば女湯にも声が聞こえてたわね』

 何とか口の中のものを呑み込んで言ったザットに、シグがため息をつき、峰春が創樹を見た。創樹も頷く。


『けど、やっぱり浴衣だから、よく見えるのかしら。ザットレディンですら三割り増しでかっこよく見えるわよ』

『元がいいんだろ。そういうフォンですら浴衣着ると多少おしとやかに見えるぜ』

『あら。元々私はおしとやかだもの。浴衣で引き立ってるだけよ』

『どうせなら素直に褒め合えよ』

 どっちもどっちの二人のやり取りに、シグがクッと笑って突っ込んだ。創樹も微笑む。


『シグザウエルも決まってるわよ』

『ソウ、きれいだぜ。すっげー似合ってる』

 一瞬の沈黙の後、峰春もザットも褒める対象を変えて素直に褒める。

『お前ら、ホントに意地を張り合うよな…。日本のことわざに何かあったな、そういうの。“アメフッテ ジ カタマル”じゃなくて…そうそう“ケンカ スルホド ナカガ イイ”』

 肝心のことわざの部分をシグが片言の日本語で言ったため、意味が解らず、ザットと峰春は怪訝そうに顔を見合わせる。

 唯一意味のわかる創樹はシグを見つめ、それからザットと峰春を見て微笑む。


『何? 何て言ったの?』

『シグ、お前何て言ったんだよ』

『ケンカするほど仲がいい、って言ったのさ。こういう時に使うんだろう?』

 シグがニヤリと笑い、創樹に確認する。創樹はシグに頷いた。


『え~!? 何言ってんのよ!』

『コイツと俺がぁ!? ありえねぇし!』

『ホント、何で私とザットが仲良くなきゃなんないのよ! 願い下げだわ』

『それはこっちの台詞だっつーの』

『ちょっと! フォーク振り回さないでよ、汚いわ!』

『命令するな! 何だよその口調。年上に対する礼儀をわきまえろ』

『ザットレディンみたいなヤツに礼儀をとやかく言われたくないわ! そっちこそいつもマナー違反するじゃない』

『またお前は。最年長者に向かって生意気だぜ!』

 ザットが峰春にかみつくが、峰春は反論せずにピタリと口をつぐむとまじまじとザットを見つめた。創樹も微かに首を傾げる。


『…何だよ』

 突然やんだ口論に、ザットが少々困惑する。

『最年長者…? ザットレディンが? シグザウエルじゃなくて?』

 やがて、静かに峰春が口にした。どの内容に峰春の口が止まったのか知り、シグがクッと笑う。


『そうだぜ。学年は同じだけど、俺がシグより半年も年上だぞ。俺が五月生まれで、シグが一一月生まれだもんな。俺はとっくに二五になってたけど、シグはまだ二五になったばっかだ』

『えぇ!? うっそ~。知らなかった。ありえないっ!! ぜんっぜん見えない!』

 えっへん、とばかりに胸を張るザットに、峰春が声を上げる。


『何だよそれは』

『だってシグザウエルの方が落ち着いてるし、冷静だし、頼りになるもん。ザットレディンは食べることしか能がない、好戦的で好きなことにだけ突っ走る子供じゃない!』

『ひっでっ!! そこまで言うか!? 食べることしか能がないって言い過ぎだろ!』

『…これだけ遠慮なく言い合えるんだから、間違いなく仲はいいと思わないか?』

 二人のやり取りを横目にシグは創樹に言った。


 創樹はその瞬間、耐え切れなくなったようにくすくすと肩を震わせ、笑い出す。途端、年相応のあどけなさが見え隠れした。


 シグが軽く目をみはる。ザットと峰春も言い合うのをやめ、あんぐりと口をあけて創樹を見た。

 創樹が笑いをおさめ、何故注目されているのか戸惑ったように三人を見る。


『ちゃんと笑えるじゃないか』

 シグがフッと微笑んだ。

 その言葉にパカッと同時に口を閉じ、ザットと峰春も身を乗り出す。

『そうよ! それでいいのよ!』

『おかしい時は腹抱えて笑っていいんだぜ!』

『ほら、もう一回にっこりしてみなさいよ。可愛いから』

『ああ。ソウは元々きれいだけどさ、笑ってた方がもっと可愛いよ』

 口々に峰春とザットに言われ、顔を覗き込まれる。


創樹はもじもじとずりさがると、いつの間にかそばにいた虎に抱きつき、顔を隠すようにうずめる。随分と動揺しているらしい。

 一瞬再び呆気にとられた三人だが、顔を見合わせ、フッと笑った。


『無遠慮なこいつらで恥ずかしいのは解るが、サイガは目立つな。スタッフの人が入ってきたら腰を抜かすよ』

 クスッとシグが微笑んだ。

 創樹は頷き、砕牙から腕を放す。砕牙は創樹に優しく鼻先を押し付け、消えた。


『ん~、いい子いい子』

 くすくすと笑いながら峰春が創樹を抱きしめ、頭を撫でると、創樹はますます顔を上げられなくなる。

『可愛い可愛い』

 ザットも座卓を回り込んでくると、峰春の腕に包まれた創樹を撫でる。

 顔を上げて口を開きかけ、結局叶わず淡く頬を染め、創樹はうつむく。


『あら、可愛いわ、今の顔』

『そんなに恥ずかしがらなくても可愛いって』

 しきりに二人は創樹の顔を覗き込もうとする。見かねてシグも席を立った。

『ほら、あんまりいじめるな』

 軽く二人を小突いて創樹を解放させる。創樹はうつむいたまま、ギュッと目を閉じていた。


『ソウジュ?』

『ソウ? どうかしたのか?』

 峰春とザットが再び顔を覗き込みそうになるのを、シグが制す。


『創樹はこんな風によってたかってもみくちゃにされることに慣れてないんだ。そっとしておいてやれ』

『もみくちゃになんかしてないぜ』

『可愛いから可愛いって言ってるだけよ』

 シグの言葉にザットと峰春が首を傾げる。


『そういうのに慣れてないんだよ』

 シグが苦笑した。

『大丈夫だ』

 それから穏やかな声音で創樹に言って、その頭をポンポンッと軽く撫でる。創樹はうつむいたまま口を開きかけ、再び閉じる。


『大丈夫。何も言わなくていいから。深呼吸してリラックスしよう』

 シグは創樹の肩に手を置いて優しく言った。創樹が小さく頷き、深呼吸をする。少し、落ち着いたようだ。


『じゃあ次は、ゆっくり、顔を上げてみようか。焦らなくていい。ゆっくりだ』

 シグの言葉に従い、本当にゆっくり、おずおずと創樹が顔をあげる。シグはじっと根気よく待った。


『よく出来ました』

 創樹が完全に顔を上げると、シグがフッと微笑んだ。創樹も小さな笑みを浮かべる。

『もう大丈夫だな?』

『…はい。すみません、取り乱して』

 創樹は三人に言う。


『そんなの気にするなって』

『別にそれでいいのよ』

『大丈夫。何も気にしなくていい』

 三人の言葉に、創樹は頷いた。

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