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神宿り  作者:
第3章
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47/103

7

 創樹は家へと足を向けながら、再び右手を差し出した。

 鳥が現れ、鬼を浄化し、消える。

 疲れていた。

 家に結界を張ってでも、回復しなければ…。


「みゅ?」

 家が見えて来たところで、不思議そうに白猫が声をあげた。

 創樹が顔を上げる。


「…創樹…」

 家の前に立っていた兄の咲也(さくや)が、創樹の姿に気づき、歩み寄ってきた。


「お前は…こんな時間までどこに行っていたんだ。電話にも出ず…」

「え…?」

 創樹が携帯を見れば、確かに五件の着信…。

 兄に腕を掴まれ、残りの距離を引きずるように連れて行かれる。


「兄さん…? どうしたの…? その顔…」

 創樹は唇の端が切れ、少し血がにじんでいる咲也の姿に、ゆっくりと問う。

「…………………」

 振り返った咲也は、その問いには答えず、じっと視線を創樹の肩に乗っている猫たちに注ぐ。


「…ちょっと、友達になって」

 創樹が肩の猫に頷くと、二神は塀の上に飛び移り、少し、二人から離れた。だが心配そうに創樹を見ている。


「……………猫と友達、か…。家には入れるなよ。ウチでは飼えない」

 咲也は釘をさすと、もう一度ちらりと猫をみやり、創樹を引きずるように玄関の中に入れる。


「それより…お前は一体何をしてるんだ!?」

 玄関のドアを閉めた瞬間、咲也は声をあげた。

「何、って…?」

 創樹はいつもより散らかった廊下に、眉根を寄せつつ問う。咲也は靴を脱ぎ、家に上がる。創樹もならった。


「二時間ほど前、数人の男たちが家に押し入ってきた。『恨むなら娘を恨め』。そう言って家をめちゃめちゃにした。見ろっ!!」

 咲也がリビングの扉を開いた。


 咲也らしくない、乱暴な…たたきつけるような開け方。

 創樹の表情がこわばる。

 窓が割られ、シャッターが閉められている。だが、閉め方が甘かったのか、下に三〇センチほどの隙間が。


 部屋の中は、テーブルがひっくり返され、テレビは壊れていた。ソファも倒され、観葉植物は無残に転がっている。本棚のガラスは割れ、中の本が散乱していた。

 創樹は部屋の扉のところで、立ち尽くした。


「とめようとした私と父さんは殴られた。父さんと母さんには、今日、近くのホテルに泊まってもらってる。お前も行きなさい。すぐに準備を…」

「……私は、家にいるから…」

 咲也の言葉に、創樹は静かに答えた。


「家にいる? またあの男たちが来ないとも…」

「……いいよ。私一人の時なら。もし私がホテルに行って、そのホテルに男たちが来たら…? お父さんとお母さんを怖がらせる」

 創樹は静かな瞳で兄を見上げた。


 咲也はひとつ、ため息をつく。

「…だったら、私も家に残ろう」

「兄さんは…」

「いいね?」

 最後まで言わせず、咲也は確認する。

「…はい」

 創樹は小さく頷いた。


 割れた窓ガラスから風が入ってくる。と、風と共にシャッターのわずかな隙間から、するりと猫神たちが入ってきた。

「幻、現…?」

「猫…?」

 兄が猫をつまみ出そうと、スリッパのまま部屋に入る。

 創樹も急いでスリッパを履いて、兄を追いかけた。じゃりっと、ガラスの破片を踏む音が足元から聞こえる。


「みゅ?」

「ミャッ」

 猫たちは観葉植物の砂を、掘るようにのける。

「みゃう」

「ミュ」

 黒猫が掘り出した何かを口にくわえた。


「何をしている…っ」

 手近にあった雑誌を掴んで投げる兄を、創樹は少々慌て、とめる。普段の兄なら考えられない乱暴な行為だ。まだ、幾分興奮状態にあるらしい。

 猫たちはひょいっとそれをよけると、こちらに向かってきた。


「待って、兄さん! 何かくわえてる」

 今度はリモコンをつかむ咲也に、創樹は声をあげる。

 黒猫が創樹にくわえていた物を渡した。猫たちは創樹と瞳を交わし、創樹が小さく頷いたのを確認すると、するすると障害物をさけ、外に出て行く。猫たちが外に出たのを見届け、咲也は持っていたリモコンを元のように床に放り捨て、窓際に行き、シャッターを完全にしめきった。


 猫たちが見つけ出したのは、何の変哲もない封筒だった。『カミシロ・ソウジュへ』と、コンピュータで打ち出した文字で書いてある。創樹が封を破り、中から紙を取り出した。

「………………………」

 創樹がきゅっと唇を結んだ。


 その手から、紙がとられる。

「……『邪魔者は消す。命が惜しくば手を出すな』…?」

 咲也が読みあげ、創樹を見た。


「明らかに脅迫文だな。創樹、お前は一体何をしているんだ…?」

「……………………」

「…答えられないことかい? 実際、警告のためだけにここに押し入ったことを考えれば、相手は手段を選ばず、もしかしたら本当にお前の命を狙うかも知れないぞ…? これ以上手を出せば……」

 言葉の途中で、兄の口調が変わったことに気づき、創樹は慎重に咲也を見上げた。いつもの冷静さを取り戻しかけているのだろうか。それならそれで少し困ったことになる。創樹はちらりと思った。


「『邪魔者は消す。命が惜しくば手を出すな』…」

 再び文面を読み上げる咲也を、創樹はただ見つめる。


「『手を出すな』。つまり、単に見てみぬふりをしろという訳か。お前から何かをしかけたわけでなく、巻き込まれたんだな? そしてお前の行為が、結果として何かを邪魔した。何気ない行為だったかも知れない。だが、後に…そう、今は、どの行為が脅迫してきた相手を『邪魔』したのか、お前は知っている」

 兄の言葉に、創樹はただ、沈黙を保つ。その洞察力は侮れない。


「何が、あった?」

 咲也の問いに、創樹は静かに首を横に振った。

「……ごめんなさい、兄さん。ここは、明日、私が片付けます。ごめんなさい」

 創樹は静かにそれだけを言う。


「………お風呂に入ってから食事だ。寒いほどなのに、汗びっしょりじゃないか」

 しばし創樹を見つめた後、同じくそれだけを告げて階段を示す兄に、創樹は返事をして着替えをとりに部屋に行った。


 素直にお風呂に入り、汗を流す。

 お風呂から上がって髪をドライヤーで乾かしかけ、創樹はふと、窓に歩み寄った。

 脱衣所の窓を細く開ける。

 と、その隙間からするりと猫たちが入ってきた。


 猫たちと瞳を交わし、監視の目がないことを知って、小さく息をつく。それから近所の人や、男たちが押し入った時の目撃者の記憶を修正し終えたことを、確認した。スッと猫たちが消える。


 創樹は髪を乾かしてから、ダイニングに向かう。通りすがりにちらりとリビングを見やると、電気が消され、真っ暗だった。

 ダイニングに入ると、目につく散乱はなく、粗方片付けられている。だが、燃えないごみの中に、茶碗やコップの破片が入っていることに、創樹は気づいた。


「座りなさい」

「はい」

 創樹は自分の席に腰を下ろした。

 テーブルに載せられた品は、明らかにデリバリー。注文した後、咲也は創樹を待っていたのだろう。

 咲也が箸をつけるのを見て、創樹も小さな声で「いただきます」と言って、食べ始めた。


 だが、あまり食欲はない。と、咲也が、創樹の皿に料理を取り分ける。

「…それくらいは、残さず食べなさい」

 その言葉に創樹は返事をして、取り分けられた分を食べる。

 食事をとっている間、会話はそれだけだった。


 食事のあと、片付けをして、それぞれの部屋に引き上げる。部屋の物も、無残に壊され、物が散乱している。着替えをとりにきた時に、軽く片付けてはいたが。

 学校の宿題を軽く済ませ、歯磨きをすると、創樹は早々に部屋の電気を消した。

 咲也が創樹の動きに敏感になっているのは、仕方がない。


「砕牙…」

 ベッドにもぐりこみ、創樹は傍らの砕牙にしがみつく。

「…砕牙」

 砕牙の名を呼び、ただ、子どものように創樹はその毛並みに顔を埋める。砕牙は何も言わぬまま、家に結界を張った。それから創樹をその身で包み込む。


「ん…。おやすみ、砕牙…」

 創樹は砕牙にうながされ、まぶたを閉ざした。

 あっという間に、深い眠りにつく。

 疲れていた。

 どうしようもなく、疲れていた。


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