16
「ったく、だりぃよなぁ…」
遼介は伸びをする。
「けど、やぁっと今日で最後だ。なぁ、遼介」
「俺もやっと日曜出勤から解放される。なぁ、久保田」
哲哉と石原に両側から肩をポンッと叩かれ、遼介は「あはは…」と、笑ってごまかす。
「あれ? あの子…」
と、哲哉が前方から駆けてくる小さな女の子の姿に気づく。
「神代さんに、やたらなついてた…?」
遼介も思い出し、つぶやいた。
「様子が変だぞ?」
石原が眉根を寄せる。
「どうしたの? ゆりえちゃん、だっけ?」
哲哉が腰を折り、女の子に声を掛けた。
女の子が立ち止まった。
目に涙を浮かべ、膝からは血が出ている。
「そーじゅお姉ちゃんに、知らせなきゃ。そーじゅお姉ちゃん、どこ?」
肩で息をしながら、優梨江はぐいっと袖口で涙をぬぐう。三人は顔を見合わせ、首を傾げる。何を知らせると言うのだろう。
「早く、しないと、だめなの。教会に、早く…。そーじゅお姉ちゃんは? 早くしないと、みんなみんな…」
ヒクッとしゃっくりをあげながら、優梨江は必死な様子で言う。その様子に、三人は顔を見合わせた。どうやって見つけるか…
「あ~…っと、そうだ! あの港南高校の女!」
ぐしゃぐしゃっと髪をかき回した遼介が、ふいに思いつき、声をあげた。
「それだ!」
哲哉が急いで携帯を取り出し、電話をかける。
石原が声を上げて泣く優梨江の頭を撫で、不器用になだめる。
「もしもし? 突然で悪いが神代さんの家どこか知ってるか? ……ったく、お前らが居酒屋で何かいちゃもんつけてた、港南の神代さんだよ! …ああ、その。家は? ………じゃあ、出身中学でもいいから! ……ああ、そうか。ありがとう。じゃあな」
いつになく乱暴な口調で哲哉は電話を終えた。優梨江が涙を袖口でぬぐいながら哲哉を見上げる。
「長石中出身って」
哲哉はポンッと優しく優梨江の頭を撫でながら石原に言った。
「長石中校区は、あっちだな」
石原が道を示す。
「ゆりえちゃん、神代さんは俺たちが教会に連れてくよ」
哲哉が優梨江に告げ、三人は駆け出した。
優梨江も追う。だが、すぐに距離が開く。優梨江は転んでもまた立ち上がり、三人を追う。
その様子に、遼介が駆け戻った。
「おら」
優梨江を抱え上げると、再び走りだす。
優梨江は目を丸くして、遼介にしがみついた。石原と哲哉がふっと笑みを浮かべる。
「それにしても、何があったんだい?」
駆けながら、石原は問う。
「みんなが…みんなが、とられちゃうの」
優梨江は震えながら言った。
「? とられる? 誘拐?」
「いや…違うだろう。……とられたら、どうなるんだい?」
遼介が首を傾げ、哲哉が問う。
「変になるの。大変なの。危ないの」
優梨江が断片的に言った。
「それで、どうして『創樹お姉ちゃん』に知らせなきゃならないのかな?」
石原がゆっくりと考えながら問う。
「そーじゅお姉ちゃんにしか、どうにもできないの」
「何で?」
優梨江の言葉に、遼介が再び首を傾げる。
「ゆりえも知らないの。でも、そう思うの」
優梨江はそれを信じきった瞳で言った。
「あ!」
と、その優梨江の瞳が前方へ。
「うつつっ!」
行く先に漆黒の猫が現れ、優梨江が声をあげた。
「そーじゅお姉ちゃん」
それから現れた人影に、優梨江がさらに声をかける。
「神代さん?」
哲哉が少々いぶかしげに言った。創樹は三人の前で立ち止まる。珍しく、息が荒く、表情が厳しい。
「お姉ちゃん、みんなとられちゃう!」
「どこ?」
優梨江の言葉に、創樹はすぐに問う。
「教会!」
「ありがとう、優梨江ちゃん」
創樹は優梨江に頷くと、息を整えながら携帯電話を取り出した。
『創樹です。例の教会へ向かって下さい。お願いします』
英語でそれだけ言うと、創樹は電話を切った。
「そーじゅお姉ちゃん、パパもママも…」
「大丈夫。助ける」
創樹が微かに笑みを口許に乗せ、優梨江の頭を撫でると、優梨江も頷く。
それから創樹は、鋭い瞳で前方を見つめ、
「急ごう」
「「ミュッ」」
二匹の猫と顔を見合わせ、駆け出した。
優梨江以外の三人は顔を見合わせ、首を傾げる。
だが、ひとまず教会に引き返すことにする。
遼介が優梨江を地面に下ろしかけ、ひざの傷を見て、やはり抱いたまま歩き出す。
すでに道路に、創樹の姿はない。




