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「ミャーゥ…」
黒猫が鳴いた。
哲哉が反射的に創樹に場所を譲る。
制止するものがなくなり、遼介は再びふらふらとステージへ歩き出した。
スッと創樹が右手を遼介にかざした。目前の創樹の掌に、あれほどステージへステージへと向かっていた遼介の足が、ぴたりと止まる。
白猫が創樹の腕を伝い、トコトコと遼介に近付いた。
創樹の掌が、遼介の額に触れた。
白猫が鳴く。
遼介のまぶたがスーッと閉じ、その体から力が抜ける。
崩れ落ちる遼介の体を、慌てて哲哉と石原が支えた。
哲哉が創樹を振り返る。
「…………大丈夫。眠っているだけ…」
それだけ言うと、小さく鳴いた白猫と一瞬瞳を交わし、頷いてから、創樹はステージの階段に足をかけた。
ステージの上では、虎が横たわる神父のそばに立ち、創樹を待っていた。
シスターは霧のような、雲のような、もやもやとしたものに包まれている。
ステージに立っている若い女が、鋭い眼光で創樹を見据えている。その腕の中の小動物も、創樹から視線を外さない。近くで見ると、狐に似て白く、大きさはハツカネズミくらいだろうか。不思議なことに尻尾が二又に分かれている。
シスターが床へ崩れ落ち、彼女の体を包んでいたもやが、ゆっくりと晴れた。
創樹は自分を見つめる女の前を静かに通り、虎のそばへ。
虎は、くわえていた球状の物を床に置き、創樹を見上げる。
黒猫が一声鳴いて、虎の背に飛び降りた。創樹がやわらかい手つきで虎の美しい皮毛を撫でる。
客席のどよめきは最高潮に達していた。
創樹は虎に頷くと、右腕を肩の高さまで持ち上げた。
白猫が創樹の右肩から左肩へ移動する。
創樹の右腕に、大きく、優美な鳥が現れた。
ホール内の誰もが息を呑んだ。
炎をまとった鳥が、ふわりと舞い上がる。虎が床に置いた球体が霧散したことに、幾人が気づいただろうか。
鳥は旋回しつつ、神父に光を注いだ。それから今度はシスターに。
「飛天」
声を上げた創樹の瞳の先に、遼介がいた。
鳥が遼介の頭上を舞い、光を注ぐ。
遼介が光に包まれた。
鳥は創樹の元へと戻り、さし出された腕にとまった。
創樹と虎が視線を交わす。
創樹はひとつ頷くと、今度は鳥を見つめる。鳥が小さく一声鳴いた。
鳥の体から光が放たれ、ホールに満ちた。光に触れた瞬間、まるで穏やかな春の日差しを浴びているかのような、暖かさを感じる。
「ありがとう」
創樹が言うと、鳥は嬉しそうに彼女に頬擦りして――消えた。
じっと見つめていた女は、創樹をにらんでから顔を背け、倒れ伏すシスターの額に手をあてる。
スッとシスターから記憶が抜き取られるのが、創樹には分かった。
「………神代さん…、君は、何なんだ…? これは、一体…? 遼介は…」
鎮まらないどよめきの中、哲哉が創樹に歩み寄った。
「………………」
創樹は無言で哲哉に瞳を向ける。
見つめ返すことさえためらわれる、静かで、澄み切った瞳…。
真っ向からその瞳に見つめられた哲哉は、視線をそらすことも出来ずにいた。
創樹は瞳に囚われた哲哉を解放するように、そっとまぶたを伏せる。
哲哉は途端、楽になった呼吸に、無意識に息をつめていたのだと気付いた。




