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「……創樹ちゃん…? 何を言ってるの…? 優梨江は…何かを怖がってるの…?」
母親が不安そうに尋ねた。
創樹は立ち上がり、猫たちと視線を交わしてから彼女を見た。
「優梨江ちゃんが怖がっているのは…この家の気配と、身の内に残ったもの…。そして…」
そこまで言うと、創樹は口をつぐむ。その先は言う必要がないと感じたからだ。
だが、不自然に言葉をとぎらせた創樹に疑問を抱く余裕もなく、母親は青ざめた。震える彼女を、夫がソファに座らせる。
だが、その表情にも余裕はない。
「優梨江の中に…残ったもの…?」
深刻な口調で…半ば呆然とつぶやく。創樹はうなずいた。
「時間と共に…大きくなってます…」
「そんな…あの時の…あの時の……」
母親が悲愴な顔をした。あれ以来、その話を口にすることすらなかった。何も、なかったように…。
「じゃあ…優梨江は何故、君から離れたがらないんだ…? それにも何か訳が…」
「…………恐らく、としか言いようがありませんが…自己防衛本能。私やこの子たちのそばにいれば…それの成長スピードが急激に遅くなっているようです…」
創樹が二匹の猫と顔を見合わせてから、言った。
「何故…!? いや、それよりもどうすれば優梨江は…」
鋭く険しい男の眼光。まるでにらみつけるようなその瞳を、創樹はやわらかく受け止める。
「…大丈夫」
静かに頷き、創樹は右腕を持ち上げた。
「飛天…」
つぶやきと同時に、その腕に大きな深紅の鳥が姿を現した。
岡崎夫妻も優梨江も、あんぐりと口をあけて、まじまじと鳥を見る。目を疑う光景に呆気に取られている三人に構わず、創樹は静かに優梨江を示した。
鳥が音もなく腕を飛び立ち、優梨江の頭上を旋回する。鳥の軌跡に、光の粒子が舞う。
火の粉のようなその光が優梨江に降り注ぎ、すっかり体を覆うと、鳥は創樹と視線を交わした。創樹がうなずく。鳥は創樹の頭上をぐるりと回り、それから部屋中に光を降り注いでから、キッチンへと飛び去った。
覆っていた光が消えると、優梨江がきょとんとした顔で白猫を抱きしめ、立ちつくしている。
「今の鳥は…何!?」
呆然とした様子で優梨江の母が言った。
「名は飛天。あえて言うなら…朱雀…みたいなものでしょうか…」
いまいち確信にかけた言葉ながら、落ち着き払って創樹は答える。
「…もう、怖くない?」
「うんっ!」
創樹に穏やかに尋ねられ、優梨江は大きく頷いた。
「………何を、したんだい…?」
「…浄化、です。結界の力も多少ありますので、もう優梨江ちゃんがのっとられることもないし、この家の中は安全です」
優梨江の父に問われ、創樹は静かに答えた。
鳥が戻って来る。
創樹が右腕をさしだすと、ゆっくりと優雅に舞い降りる。
「お帰り。…お疲れ様。ありがとう」
ふわりと抱きしめた創樹の腕の中で、鳥が消えた。
「お姉ちゃん…鳥さん、どこに行っちゃったの?」
優梨江が創樹を見上げる。創樹は自分を示す。
「…お姉ちゃんの…中…?」
目を丸くする優梨江に、創樹は静かにうなずいた。
「君以外の人間でも、触れることが?」
驚きが飽和に達し、妙に落ち着いたのか、男が問う。
創樹は、ただのんびりと見守っていた黒猫を示した。
黒猫が面倒くさそうに創樹を見上げる。
それから――消えた。
「なるほど…。じゃあ、その白猫も?」
男の問いかけに、創樹はうなずく。いつの間にかその肩の上で、黒猫がくつろいでいる。
優梨江の腕の中で、白猫が鳴いた。
「………………」
ふと表情を引き締め、創樹が頷く。
「……記憶…」
「記憶…?」
呟いた創樹に、優梨江の母が首を傾げる。
「記憶…消しましょう。優梨江ちゃんが最初にのっとられたことや、私に出会ったこと、そして、先ほどのできごと…」
夫妻は顔を見合わせた。
「君は、何でも知ってるんだね…」
男のつぶやき。
創樹はフッと一瞬目を閉じる。それから再び岡崎夫妻を見つめる。
「非日常かつ非現実的な体験をしたんです。忘れてしまった方がいいことも…あるので…」
静か過ぎる…、そう、感じさせるほど、創樹は穏やかに言う。
「そうねぇ…」
「ゆりえ、お姉ちゃんも、ゆめもうつつも忘れるのはやだっ」
母の言葉を遮り、優梨江が声を上げた。
「お姉ちゃんのこと忘れないでいいなら、怖いことでも我慢する」
必死に優梨江がうったえる。
「……創樹ちゃん、非現実的なことは忘れたいけど、創樹ちゃんのことは覚えてたいわ。出来ないのかしら?」
優梨江の母がたずね、二匹の猫が創樹を見上げて鳴く。
「……可能かと問われれば、可能だと答えます。幻と現の力は、記憶操作。しかし…おすすめしません。幻も現も、不用意に人間の記憶をすり替えるのは嫌がりますし…私を覚えていることで、また何かに巻き込まれないとも限りません」
「……君は、そうやっていつも、自分のことを忘れさせるのかい…? 自分が昨日助けた人間と、偶然街ですれ違っても、声をかけることも、かけられることもなく、そのまますれ違うのかい? 自分は相手のことを覚えているのに…」
男の問いかけに、創樹は静かにうなずいた。
「どうして? そんなの…寂しいわ…」
「…この子たちは、覚えてくれていますから。私の失った記憶でさえ、すべて…」
痛ましい表情で言った優梨江の母に、創樹はそっと幻と現を示した。
「……創樹ちゃん、もう一度確認するけど、猫たちの能力は記憶操作と言ったね? じゃあ、不思議な出来事を、日常的な記憶にすり替えることも、可能だね…?」
男の確認に、創樹はゆっくりとうなずく。
夫妻は顔を見合わせ、うなずきあった。
「じゃあ、整合性のある日常的な記憶にすり替えて欲しい」
「ただし、創樹ちゃんたちのことは、覚えていられるように…」
夫妻は創樹に告げた。
「……でも…やめたがいいと思います。私を覚えていることで、何が起こるのか…私にもわかりませんよ…?」
「…それでも構わない。君たちのことは、覚えていさせてくれ」
創樹の確認にも、男は言い、妻も力強く頷いた。
創樹は猫たちと顔を見合わせる。
「……わかりました…」
しばしののち、息をつきながら創樹はうなずいた。
「優梨江、猫ちゃんを放して、こっちにいらっしゃい」
優梨江は母親の言葉に素直に従う。
「……幻、現」
創樹の声に答え、二匹の猫は「やれやれ」とばかりに鳴く。
それから、岡崎一家をじっと見つめる。
「……ありがとう…」
静かに男は言った。どこか、夢心地の声。
三人の意識は朦朧としてくる…。
「………こちらこそ…ありがとう…」
創樹が静かにつぶやいた…。
「砕牙…」
大きな虎に寄りかかっている創樹。
「もう、あの家は大丈夫だよね…?」
創樹はつぶやく。
その毛皮で創樹を包み込んでいた虎は、沈黙を守る。
「………何が起きてるんだろう…」
ポツリともらす創樹に白猫がすり寄る。
「神父、土曜まで出かけてる、って…」
虎が小さく喉を鳴らした。
「………うん…」
創樹が小さく頷いた…。




