3
侯爵家のガゼボで優雅にお茶を飲みながら、リリアーヌは薔薇を見つめる。
オーロラ色に輝く神秘の薔薇。
正確にはそれを育てた青年を見つめていて、慌てて視線を薔薇に戻したのだが。
「素晴らしいわ、ロビン。あなたは天才よ」
弾む気持ちを押さえて、その薔薇を育てた庭師に声をかけた。
ロビンと呼ばれた青年は、はにかみながら一礼する。
「恐れ多いことです」
彼はその立場から決して一歩を踏み出さない。
いつものことだが、それが今日はとても気になった。
「ねぇ。もう少しこちらに来てもいいのよ?」
「いいえ!お嬢様のおそばになんて、とんでもないです!!」
思い切って声をかけたリリアーヌだったが、ロビンが慌てて首を振るのでそれ以上踏み込めず、キュッと手を握りしめた。
「……そう?」
胸が苦しい。
ロビンは丁寧に一礼して別の場所の手入れに向かう。
引き止めたいのに、言葉が出てこない。
その背中を見つめながら、リリアーヌは何故か泣きそうになった。
誤魔化すように紅茶に手を伸ばし、そっと口に含む。
全く味がしない紅茶に眉を顰めて、ため息をついた。
「この気持ちは何かしら…」
お姉さまに聞いてみよう。
そう結論付けて、エレオノーラを待つ。
そうして、少し遅れて現れた姉に儚げに首をかしげて尋ねた。
話を聞き終えたエレオノーラは、この世の終わりのような顔をして、ふらりと額に手を当てて崩れ落ちる。
「お、お姉様!?」
凛としたエレオノーラの滅多にない姿にリリアーヌが焦る。
一瞬の空白。
「……その庭師、解雇にしましょう」
「お姉様?」
不穏な言葉に、リリアーヌが恐る恐る声をかける。
エレオノーラはいつもの慈愛に満ちた微笑みでリリアーヌを見つめた。
「解雇に…」
「ダメです!お姉様!!」
聞き間違いではなかった!
被せ気味に叫ぶと、エレオノーラが扇子を口許に当てて黙り込んだ。
「……冗談よ」
目をそらして小さく呟く姉に、リリアーヌが息を漏らす。
「冗談でも酷いですわ、お姉様」
「ふふ。私がリリアーヌにそんな酷いこと、するわけないじゃない」
……やりかねない。
だけど、そこを突っ込むのはちょっと面倒くさい。…リリアーヌはそっと聞かなかったことにした。
「…それでね、お姉さま。胸が苦しくて、でも嫌なわけではなくて…」
一息ついて、リリアーヌはもう一度エレオノーラに問い直した。
エレオノーラが苦虫を噛み潰したような顔をする。
「リリアーヌ。それは恋かもしれないわね」
「…恋?」
深刻そうなエレオノーラの顔に、リリアーヌが首をかしげる。
恋とはこんなに胸が苦しいものなのかしら?
「もちろん気の迷いとか、勘違いとか…、ええ、そうよ勘違いとか。とにかく違う可能性もありますわ」
やたら「勘違い」を強調されたが、リリアーヌは胸に手を当ててぼんやりと考えた。
「ロビンの作る薔薇を見ると心が明るくなります」
「美しい花はそういうものよ」
「ロビンが笑うと、私も嬉しくなるのです」
「リリアーヌは人の喜びを共に喜べる天使ですからね」
「ロビンの…」
「リリアーヌ、もういいわ」
エレオノーラが片手をあげて、ふらふらと立ち上がった。
「お姉様?」
「あなたの気持ちはよくわかりました。今後のことを考えますので私は一度ギルドに戻りますわ」
今後のことを考えるのにギルドに行く必要はない。
分かってはいたが、エレオノーラの物騒な気持ちが、無意識に自室ではなくギルドを選択する。
「少し、頭を冷やさないと…」
リリアーヌは目を瞬かせて、こくりと頷く。
「いってらっしゃい、お姉様」
リリアーヌに見送られて、エレオノーラはいまここにいる。
「――分かったかしら?何だか分らないあなた達の危機より重大な危機が訪れているということが」
「分かってたまるか!」
「比較対象がまずおかしいよ!!」




