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【五行を統べる半妖は】冷徹に異能学園の頂点を目指す――ⅩⅢ 現代群像戦線  作者: 神野あさぎ
一年生・文月

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case.53「天竜再び」

 放課後の陽射しが翳り始めた時刻。

 特異な空気を纏うⅩⅢ(サーティーン)の監察医療棟の入り口に、四人の生徒が立っていた。

 六大路辛(ろくおおじ・かのと)黒川玄(くろかわ・くろ)紺野爪戯(こんの・つまぎ)青藤葵(あおふじ・あおい)

 錆御納戸雫(さびおなんど・しずく)がこの施設で入院されているという情報に基づき、彼らは直接面会へと足を運んでいた。


「申し訳ございません。麻酔が効いており未だに、目が覚めていません」


 受付の職員から返ってきたのは、無機質な面会謝絶の通告だった。


「あの……どうして入院を? 教えてもらえますか?」


 葵がカウンターへ身を乗り出し、食い下がる。


「申し訳ございません。受付で教えることは出来ません」


 マニュアル通りの拒絶。


 葵の肩から力が抜け、短く息を吐いて後退する。

 その背後で、辛、玄、爪戯の三人は静かに視線を交わした。


「とりあえず、錆御納戸さんが目を覚ましたらまた来よう」


 重い空気を断ち切るように、玄が葵の肩へそっと手を置く。

 葵は無言で頷き、四人は監察医療棟を後にした。


「既読がつかないのも、入院してたから……か」


 帰り道を歩きながら、爪戯が視線を落として呟く。


「麻酔ってことは手術をした……?」


 玄が口元を覆い、思考を巡らせる。


「はあ……大丈夫かな?」


 葵の口から、深い呼気と共に不安がこぼれ落ちた。

 隣を歩く辛は沈黙を保っていたが、葵の肩に軽く手を置き、一度だけ静かに頷いてみせた。


 分岐点に差し掛かり、葵は三人へ向けて短く頭を下げる。

 彼らと別れた後、葵は胸の内に渦巻く嫌な予感を振り払うように、駅へ向かって歩調を速めた。


「青藤さん大丈夫かな?」


 遠ざかる彼女の背中を見送りながら、玄がぽつりとこぼした。


 駅へと続く道。

 早足で歩く葵の視界が、唐突に遮られた。


「ねえ……あんたは六大路君の何?」


 路地裏から歩み出てきたのは、一年B組の枯野(かれの)アカハだった。


「えっ……?」


 葵の歩みが止まる。

 脈絡のない問いに、彼女は首を傾げた。


「同じクラスってだけで、ずるい……」


 アカハの瞳の奥に、粘着質な熱が宿る。

 周囲の空気が不自然に歪み始めた。


 異能の励起。大気中の熱量が急激に上昇し、実体を持った炎へと変異する。

 その矛先は、真っ直ぐに葵へと向けられていた。


「きゃっ!」


 迫り来る熱波。

 葵の体が横方向へ弾き飛ばされた。

 間一髪で彼女を突き飛ばしたのは、偶然通りかかった火乃宮朱美(ひのみや・あけみ)だった。


「火乃宮さん!?」


 アスファルトに転がり、摩擦で肌を擦りむいた葵が目を丸くする。


「ぼーっとしてんじゃないわよ!」


 朱美は葵を背に庇うように立ち塞がり、前方を睨み据えた。


「あんたは何?」


 標的を逸らされたアカハが、苛立ちを含んだ低い声を漏らす。


 その直後、背後の車道に一台の大型車両が差し掛かった。

 ⅩⅢの監察医療棟から出発した移送車。

 大空蒼(おおぞら・そう)の異能によって能力を強制解除され、一時的に昏睡状態にあった天竜天色(てんりゅう・あまいろ)が意識を取り戻したため、移送する車両だった。


 アカハの視線が車両を捉える。

 彼女の唇の端が、不自然に吊り上がった。


 操られた熱量が軌道を変え、走行中の車両へと直撃する。


「!?」


 葵と朱美の視界で、爆発が起きた。

 装甲がひしゃげ、炎に包まれた車体から、人影が悠然と姿を現す。


「いや、まさか枯野さんに会えるとはね」


 天竜天色だった。


 異能を封じるための手枷は、爆発の衝撃によって無残に砕け散っている。

 炎上する車両からは、負傷したⅩⅢの職員たちが這い出し、苦悶の声を上げながら応援を要請していた。


「天竜君、ナイスタイミング!」


 アカハの口から、歪んだ歓喜が漏れる。


「天竜……」


 朱美の喉が上下した。


「で? 何してたのかな?」


 背後で燃え盛る炎を意に介さず、天色がアカハへ歩み寄る。


「そこの二人が気に入らない」


 アカハは冷淡な動作で、葵と朱美を指差した。

 天色の視線が、二人を品定めするように舐め回す。


 葵の脳内で、生存確率を上げるための演算が最高速度で開始される。

 自身の異能は、自分自身には適用できない。

 敵対する二人のいずれかに時使いの能力を行使し、その隙に撤退するか。


「なるほど……枯野さん、手伝うよ」


 天色が柔和な笑みを浮かべた直後、その口腔から莫大なエネルギーが放射された。


 竜のブレス。

 葵は即座に異能を励起させる。

 放たれた熱線の時間軸に干渉し、その進行速度を極限まで遅延させる。


「火乃宮さん、こっち!」


 葵は朱美の腕を強く引き、その場から駆け出した。


「ちょっ……!?」


 状況を把握しきれていない朱美が引きずられるように走る。


 葵の異能による時間遅延は、強大なエネルギーに対して長くは持たない。

 数秒後、干渉が破綻する。


 本来の速度を取り戻したブレスが、直前まで朱美が立っていた空間を焼き尽くした。

 アスファルトが融解し、破片が四方へ飛散する。


「っ!!」


 背後を振り返った葵の眼球に、抉り取られた地面の惨状が焼き付いた。

 朱美の背筋にも、冷たい汗が伝う。


「って! 大体なんで襲われてんのよ!!」


 朱美が走りながら声を荒げる。


「分かんない!!」


 理不尽な暴力の連続に、葵は叫び返すことしかできなかった。


 背後で空気を裂く音が響く。

 天色が竜化の異能を展開し、背部から生えた巨大な翼で上空へと舞い上がっていた。


「六大路君に構ってもらえる女子なんて要らない」


 アカハの独白と共に、彼女の周囲から放たれた熱量が葵と朱美の進行方向に壁を形成する。

 炎の障壁。

 退路を完全に断たれ、二人の足が止まった。


 上空からは天色のブレスが迫る。

 朱美は自身の炎の異能を励起させ、上空へ向けて迎撃の熱を放つ。

 二つの莫大なエネルギーが衝突し、空気を震わせる轟音が周囲一帯に響き渡った。


 同じ時刻。

 葵と別れた道を引き返していた辛たちの鼓膜が、遠方からの爆発音を捉えた。


「何?」


 爪戯の額に一筋の汗が浮かぶ。


 辛の足が、反射的に爆心地へと向かって地を蹴っていた。


「辛君!?」

「辛!?」


 玄と爪戯の制止を置き去りにし、辛の姿が加速する。


 炎に囲まれた空間。

 散乱するアスファルトの破片の中、葵と朱美の肉体は限界を迎えていた。

 時使いの異能で致命傷こそ避けたものの、蓄積した衝撃と熱傷が彼女たちの体力を奪っている。

 朱美は激痛に耐えながら、倒れ込む葵を背で庇うように立っていた。


「なんなのよ、あんた達……」


 朱美の唇から、血のにじむような声が漏れる。


「言ったでしょ、六大路君に構ってもらえる女子なんて要らないって」


 アカハは表情一つ変えずに歩み寄る。


「オレは六大路辛には恨みがある。けれど今は……枯野さんのお手伝いだよ」


 上空を旋回する天色が、愉悦を含んだ声を下ろす。


「何それ……六大路に振り向いてもらえない負け犬ってこと? ってか天竜の方は逆恨みじゃない」


 朱美の瞳は死んでいなかった。真っ向からの挑発。

 その言葉が、アカハの神経を逆撫でした。

 アカハの肩が僅かに跳ねる。


「こんなことする方が、よっぽど嫌われるってのが分からないわけ?」


 朱美の射抜くような視線が、アカハを捉えて離さない。


「煩い!!」


 アカハの感情が臨界点を突破する。

 異能の出力が跳ね上がり、周囲の空気が発火寸前の温度に達した。


 朱美の脳内で、絶望的な演算が繰り返される。

 葵を逃がすためのベクトル構築。

 しかし、上空には天色、正面にはアカハ。どの経路を選択しても致死率が極めて高い。

 圧倒的な力の前で、自身の無力さが苛立ちとなって胸を焦がす。


 上空の天色が、トドメのブレスを収束させる。


 その瞬間。

 空を裂く軌道で、一つの影が天色へと肉薄した。


 火の異能による爆発的な加速。

 空中に跳躍した辛の蹴撃が、天色の腹部へ正確にめり込む。


 想定外の衝撃に、アカハと朱美の視線が上空へ引き寄せられた。


「ろ、六大路君!?」


 アカハの喉から、震える声が漏れる。

 辛は空中で姿勢を制御し、追撃の蹴りを天色の体表へと叩き込んだ。

 硬質な竜の鱗が表面のダメージを弾くが、浸透した運動エネルギーが天色の内臓を直接揺らす。


「かはっ」


 天色の口から空気が搾り出され、その肉体が空中で大きく弾き飛ばされた。


 辛が、音を立てずに着地する。

 その背中は、倒れ伏す朱美と葵を守るように、アカハとの直線上に位置していた。


「六大路……」


 朱美の安堵の呟きが、熱気の中に溶ける。


 その死角。

 崩れた瓦礫の影から、爪戯と玄が息を潜めながら慎重に距離を詰めていた。

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