表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【五行を統べる半妖は】冷徹に異能学園の頂点を目指す――ⅩⅢ 現代群像戦線  作者: 神野あさぎ
一年生・文月

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

52/57

case.52「欠席」

 夜の帳が下りたⅩⅢ(サーティーン)の実験棟。

 無機質な白で統一された廊下に、硬質な靴音が規則的に反響する。

 四月(しづき)レンの双眸は、周囲の空気を凍てつかせるほどの冷気を帯びていた。


 彼女の足取りは淀みなく、その攻撃は極めて正確だった。


 貴重な研究資料や精密な実験器具の並ぶ軌道を完全に避け、白衣を纏った研究員たちの肉体のみを的確に蹴り飛ばしていく。

 特異な構造を持つ辛の身体。もし彼が未知の病に侵された時、これらの研究データが命綱になる。

 その計算が、レンの怒りに満ちた一撃に冷徹な制御をかけていた。


 放たれた蹴りには高圧の電流が纏わされている。

 肉体を打つ物理的な衝撃と同時に、神経を直接焼くような痛覚が研究員たちを襲った。


「かっ……四月! 何を!!」


 床に這いつくばった研究員が、蹴り上げられた腹部を押さえながら呻く。


「反乱か!?」

「乱心したか」

「貴様っ!」


 周囲から次々と非難の声が上がる。


六大路辛(ろくおおじ・かのと)が、お前らのせいで倒れた」


 レンの唇からこぼれたのは、絶対零度の怒りを孕んだ宣告だった。


「何を」

「半妖は我わらの管轄、貴様の出る幕では……!」


 反論を試みる声が、再び上がる。

 それが、レンの逆鱗に触れた。


 踏み込みと同時に、主任研究員の腹部へレンの右足が深く食い込む。


「かっ!」


 空気が肺から搾り出される音が響く。

 レンは足を振り抜かず、そのままの姿勢で床に沈んだ主任を見下ろした。


「あまりオレ、いや……私を怒らせるなよ。お前らが六大路辛へしてきた仕打ちの数々……それが彼への負担になっていた」


 靴底で肉体を踏みにじりながら、低い声で告げる。


「次にまた、彼が倒れることがあったら……私は容赦はしない」


 凍てつくような殺気が空間を満たす。

 その場にいた研究員たちの呼吸が止まり、誰一人として言葉を発することができなくなった。


「言っておくが、私は本気だからな」


 眼下の男から視線を外さず、レンは静かに言い放つ。


「四月レン、そのくらいで……」


 静寂を破ったのは、落ち着き払った声だった。


 通路の奥から姿を見せたのは藤原。かつて大空蒼(おおぞら・そう)に取引を持ち掛けた、眼鏡の男である。

 研究員が襲撃されているとの報告を受け、即座に現場へ駆けつけていた。


「彼らの研究が、六大路辛の病気を治療するのに必要という点は無視できない。貴方もそれを分かっているから資料などには手をつけなかった、違うか?」


 藤原は中指で眼鏡のブリッジを押し上げ、状況を俯瞰する。

 床に伏した研究員たちの視線が一斉に彼へと向かった。


「だったら何をしても良いというのか?」


 レンは藤原に一瞥もくれず、踏みつけた主任の首筋を睨み据える。


「勿論、六大路辛は将来我々の戦力になる。あまり過剰なことは辞めさせる」


 藤原は、足元で痛みに耐える研究員たちを見下ろし、冷淡に告げた。

 その言葉に含まれた暗黙の圧力に、白衣の男たちが僅かに肩を震わせる。


「健康維持の為の定期検査にしろと言っておいたのに……特に今回のはやりすぎだったな」


 再び眼鏡の位置を直し、藤原は短く息を吐いた。

 レンは主任の腹部から足を離し、一つ深い呼気を漏らす。


「次はない。主任は変えろ」


 短い要求を空間に置き去りにし、レンは踵を返して実験棟を後にした。


 ◇


 翌日。刃ケ丘(はがみおか)異能高等学校、一年A組の教室。


 辛の体温は少し下がっていたが、肉体の底に澱む疲労感は拭い切れておらず、彼は欠席していた。

 そしてもう一つ、空席があった。錆御納戸雫(さびおなんど・しずく)が欠席している。


 青藤葵(あおふじ・あおい)の視線が、主のいない机を何度も彷徨っていた。


「期末の実技は良い。しかし筆記の方、紅桔梗・蘇芳(すおう)・強矢……お前らは補習決定だ」


 教壇に立つ担任から、無慈悲な結果が突きつけられる。


「ぬおおおおおおおん」


 紅桔梗志紀(べにききょう・しき)が両手で頭を抱え、机に突っ伏した。


「マジか、夏休み終わった……」


 蘇芳レイヴンが天を仰ぎ、力なく呟く。

 対照的に、強矢翠柳(きょうや・すいりゅう)は自らの危機的状況を理解していないのか、前の席の佐倉真白(さくら・ましろ)の姿を熱心に目で追っていた。


 張り詰めた空気が緩み、教室に小さな笑い声が広がる。


「プールとか遊びに行きたかったあ」


 志紀が机に額を擦り付けながら恨み言を漏らす。


「にしてもまた辛君一位か~」


 成績表を確認した黒川玄(くろかわ・くろ)が、感嘆の息を吐く。

 後ろの席の紺野爪戯(こんの・つまぎ)も、同意するように首を縦に振った。


 ◇


 それから数日後の昼休み。

 辛は疲労から回復し、出席を果たしたが、雫の机は依然として空のままだった。


「雫……」


 葵の唇から、不安に満ちた呟きがこぼれる。


「青藤さん……」


 その様子を見かねて、玄が声をかけた。


「……連絡もないの。既読にもならないし」


 葵が手元のスマートフォンを握りしめ、ここ数日の状況を明かす。

 メッセージアプリの画面には、返信のない緑色の吹き出しが並んでいた。


「家は?」


 爪戯が解決策を探るように問う。

 葵は力なく首を左右に振った。


「まだ行ったことなくて、場所……知らない」


 俯く葵の視線の先で、辛も静かに雫の空席を見つめている。


「ただの体調不良では?」


 大空蒼が大きな欠伸を噛み殺しながら口を挟む。


「そう……なのかな……」


 葵の表情は晴れない。直感的な胸のざわつきが、彼女の表情を暗くさせていた。

 灰塚(はいづか)こころが静かに寄り添い、葵の背中にそっと手を添える。


「そのうち来るでしょ」


 火乃宮朱美(ひのみや・あけみ)が腕を組み、強気な声で空気を変えようとする。


「どう思う?」


 玄が辛へ意見を求めるが、辛は無言のまま短く首を横に振った。


「先生に家聞いても教えるわけないか~う~ん」


 玄が腕を組み、天井を仰いで思考を巡らせる。


「あ。一つ方法ある」


 不意に、爪戯が人差し指を立てた。

 周囲の視線が、一斉に彼へと集まる。


「B組の炭野(すみの)るか……彼の異能なら情報を知れる」


 爪戯が提示した解決策。

 宿泊研修においてA組の動向を正確に把握し、中間テストでも特異な能力を見せた情報屋。


 葵、爪戯、玄、そして辛の四人は、連れ立って一年B組の教室へと向かった。


「ボクの異能? 良いですよ」


 訪ねてきた四人に対し、紺野るかは柔和な笑みを浮かべてあっさりと了承した。


「意外、何か見返りを求められるかと思ったけど……」


 葵が思わず本音をこぼす。


「まあ、出来ることなら天竜君を呼び戻す……その手伝いになるようなことを、お願いしたいんですけどね」


 るかは伏し目がちに言い、右手の人差し指を自身の頬に当てた。


「天竜君を? 恐怖で支配されてたんじゃ? そんな人を呼び戻したいの?」


 玄が純粋な疑問をぶつける。


 B組を恐怖で統治していた天竜天色(てんりゅう・あまいろ)

 彼は期末の実技試験で辛に敗北し、暴走の末に蒼の異能によって鎮圧された。

 現在はⅩⅢによって身柄を拘束されている。


「ボクは一人も欠けずに卒業して、ⅩⅢに入りたいんです」


 るかは屈託のない笑顔で答えた。

 しかし、その目の奥には計算高い光が潜んでいる。


「でも方法が思いつかないので良いです。錆御納戸雫さんのことを知りたいんですよね、今見ますね」


 るかが異能を発動させる。


 空間が僅かに歪み、何もない空中に一枚の水鏡が形成された。

 波紋が広がり、やがて映像が像を結ぶ。


 そこに映し出されたのは、白いシーツに包まれたベッドで眠る雫の姿だった。


「雫!?」


 葵が弾かれたように身を乗り出し、名を叫ぶ。


「入院してる?」


 爪戯も予想外の光景に目を丸くした。


「多分、ⅩⅢの監察医療棟かと」


 るかが映像の背景から情報を抽出し、補足する。


「放課後行ってみるか」


 辛が静かに決断を下し、三人がそれに頷いた。


 教室の入り口付近。

 そのやり取りを、枯野(かれの)アカハが壁に寄りかかりながら静かに観察していた。

 彼女の視線は辛の姿に固定されており、その横顔には微かな熱が帯びている。


 四人がるかに礼を言い、教室へと戻っていく。

 その後ろ姿を見送るアカハの胸の奥に、黒い靄のような不快感が膨らんでいく。


 アカハはゆっくりと歩み寄り、るかの前に立った。


「A組はなんて?」


 無関心を装いながらも、四人の動向を探る言葉が口を突いて出る。


「なんか一人、休みが続いているらしくて……」


 るかは水鏡を消し、いつも通りの微笑みを浮かべて答えた。


「ふーん……ちなみに誰? そしてさっきの女子は誰?」


 アカハの唇には笑みが張り付いている。

 しかし、その瞳には一切の温度がなかった。


 るかは、アカハが抱く辛への執着を正確に把握している。


「女子だよ。休んでいたのは錆御納戸雫、さっきのはその友だちの青藤葵」


 るかは淡々と名前を告げた後、一歩距離を詰め、アカハの肩に軽く手を置いた。


「六大路君、心配してたね」


 意図的に毒を含ませた囁きが、アカハの耳元へ落とされた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ