case.47「VIP護衛戦Ⅲ」
刃ケ丘の第一訓練場にて。
A組とB組が対峙していた。
「まあ……やるならこれしかないかな……?」
黒川玄が右手を口もとに持って行き言った。
隣の佐倉真白は無言で頷いた。
無数に展開されていた光の珠が、一点へと急激に収束していく。
限界まで圧縮されたそれは、次なる瞬間に爆発的な膨張を起こした。
閃光。
空間のすべてが純白に塗りつぶされる。
訓練場にいる全員の網膜が焼き付くような光に晒され、視覚情報が完全に遮断された。
上空で朱殷実果と刃を交えていた六大路辛は、光の奔流の中で相手の剣を弾き返す。
視界の喪失は彼にとって致命的な枷にはならない。気配と空間の微細な変動から対象の座標を割り出し、空中に生成した金属の足場を力強く蹴り上げた。
光の残滓を置き去りにするように上空を滑空し、標的である花緑青小春の真上へと到達する。
一切の躊躇なく、そこから急降下を仕掛けた。
「待て!」
朱殷が後を追おうとするが、地上の蘇芳レイヴンが即座に異能を励起させる。
天竜天色と朱殷に対し、かつて剣を交えた際に『結使い』の能力を付与していた。
強固な結びつきが、朱殷の身体を天色の座標へと強制的に引き寄せる。
不可視の力に引かれた朱殷が、予期せぬ方向から天色の背へと激突した。
二人の体勢が大きく崩れる。
天色の背後に位置する小春は、完全に辛の射程圏内へと露出した。
辛の刃が、無防備な標的へと届く。
だが、その刃先を竜化した天色の尾が側面から叩き、軌道を逸らした。
「明順応で視えなくても、狙いが分かれば防ぐくらいは出来るよ」
天色は体勢を立て直しながら微笑んで言った。
白濁していた空間から光が収束し、徐々に全員の視界が回復していく。
辛は体勢を崩すことなくB組の陣地の傍らへ舞い降りる。
陣地内から一歩も動けない小春の額から、濃密な冷や汗が流れ落ちていた。
一連の洗練された動きを見せた辛を、枯野アカハは頬を赤くして見ていた。
「竜化……か。硬いな」
辛は分析し言った。
刀から伝わった反動が、物理的な斬撃への極めて高い耐性を示していた。
天竜君達を倒せなくても良い、この試験は『VIP』を倒せば良い……それなら!
玄の頭脳が最適解を弾き出し、斜め前方に位置する紺野爪戯へとアイコンタクトを送る。
爪戯は意図を瞬時に読み取り、小さく頷いて自身の異能を発動させた。
体勢を立て直したばかりの天色と朱殷。二人が一箇所に固まっているその隙を突き、足元の影が這い上がり、大気中の水分が瞬時に凍結して彼らの自由を奪う。
「枯野さん! ちゃんと仕事して、ね?」
天色が微笑みながら言った。
辛に見惚れていたアカハが我にかえり、慌てて自身の異能を励起する。
「ごめんごめん!」
そう言ってアカハが生み出した極度の熱が氷殻を融解させ、同時に発生した炎の光源が拘束する影の輪郭をかき消した。
「なっ!」
絶対の拘束を破られ、爪戯は目を見開く。玄の頬を冷たい汗が伝った。
「とりあえず、あの場から引きずり出すか」
レイヴンが再び異能を発動させようと構える。
強固な盾である天色さえ手元に引き寄せれば、後方の小春は完全に孤立する。
だが、レイヴンが異能を発動するよりも早く、天色が口から圧縮された衝撃波を放った。
暴風の直撃コースにいた灰塚こころの前に、色波樹が身を挺して立ち塞がる。
大気が激しく震動し、レイヴンを含むA組の前衛陣が後方へと吹き飛ばされた。
辛の視線が、体勢を崩したクラスメイトたちへ向けられる。
「もう一撃行くよ?」
天色は微笑み口から雷のブレスを放つ。
辛が反射的に動き、膨大な質量の金属の盾を広範囲に展開してA組への直撃を防いだ。
「A組でまともなのはキミだけだね」
天色は辛の方へ顔を向けて言った。
「どうかな」
辛は一言短く言うと地を蹴る。
『火』の異能による爆発的な推進力を得て、その身体が極限まで加速する。
蹴撃。
反応を許さない速度で放たれた一撃が、天色の胴体を正確に捉える。
装甲を透過し、衝撃波が対象の内部組織へと直接叩き込まれた。
「かっ!」
「表面は硬くても、内部まではそうじゃないだろ?」
辛が告げると天色は体勢を崩す。
そこへ、体勢を立て直した朱殷が剣を握り、辛への迎撃に向かう。
その瞬間、後方で態勢を整えていたレイヴンの異能が完了した。
空間の結びつきが機能し、朱殷と天色の身体がレイヴンの座標へと乱暴に引き寄せられる。
突如として視界が切り替わり、朱殷と天色の眼が見開かれる。
敵の主力二人を味方の陣地に近付けるのは、VIPであるこころを危険に晒すリスクを伴う。
だが、それを見越していた爪戯の氷と玄の影が、引き寄せられた二人へ間髪入れずに絡みつき、完全な拘束を完了させた。
主力二人が引き剥がされた空白の地。
その隙を逃さず、辛の刀の峰が小春の頸動脈を的確に叩いた。
小春の意識が刈り取られ、その身体が陣地内へと崩れ落ちる。
「試験終了! 勝者A組!」
訓練場に、終了の合図と判定の声が響き渡った。
A組の勝利という事実が確定した、その次の瞬間。
影と氷の拘束下にあった天色が、致死量の熱を伴うブレスをゼロ距離で放った。
氷殻が瞬時に蒸発し、影が焼き切られる。
拘束を強引に引きちぎった天色は、背部の羽を大きく広げて空へと飛翔した。
地に舞い降りた朱殷が、上空の天色を呆然と見上げる。
「天竜……」
「あーやだやだ。こんな終わり方……つまんないね」
朱殷が名を呼ぶが天色はそれが聞こえないと言った感じで言い放つ。
「天竜、終わりだ。直ぐに異能を……」
B組の担任が事態の収拾を図り制止の声を上げたが、その言葉を遮るように天色のブレスが地表を抉った。
A組とB組、両方の担任が容赦なく吹き飛ばされる。
地面が砕け散り、大量の土煙が訓練場を覆い尽くした。
「こうなったら、延長戦だよ」
上空から、再び高熱のブレスが広範囲にばら撒かれる。
勝敗の枠組みを無視した無差別の暴力。A組もB組も等しく巻き添えとなり、焦げた地面から高温の蒸気が立ち昇る。
「お前……覚悟をしろよ」
辛が地を踏みしめ、天色を見据えて低く言った。
「半妖ごときが、竜に勝てるとでも?」
天色は見下ろし言った。
辛の足元で『土』の異能が発動し、地面が鋭く隆起する。
それを足場として空を蹴り、一気に上空へと距離を詰める。
一瞬にして天色の死角となる背後を取り、『火』の推進力で姿勢を固定。
炎を纏い、熱量を極限まで高めた蹴撃が天色の背に叩き込まれる。
圧倒的な質量と熱を伴う一撃が、天色の巨体を一直線に地面へと叩き落とした。
激突の余波に晒されながら、A組もB組も地に伏せたままこの異常事態を見守っていた。
クレーターの中心で、天色が上体を起こそうと身を捩る。
そこへ重力に従い降下してきた辛が、追撃の左脚を無慈悲に振り下ろした。
天色の腹部へめり込む打撃。地面に深い亀裂が走り、周囲のコンクリートが粉砕される。
「かっ」
肺から空気が強制的に絞り出され、天色は息を吐く。
苦痛に顔を歪めながらも、彼はなんとか顔を上げた。
眼前に立つ辛の冷たい瞳が、足元の天色を感情なく見下ろしていた。
「は……はは……」
天色は身体を起こしながら笑う。
「オレを見下ろすなよ! 半妖!!」
平時の穏やかな態度からは想像もつかないほどの怒気を孕んだ絶叫。
天色の肉体がさらに変質し、竜化の進行が加速していく。
大気を震わせるほどの膨大な異能が、彼の周囲で臨界点へ向けて膨れ上がっていく。
伏せたまま事態の推移を見守る生徒たちの喉が、緊張に引きつって鳴る。
辛は刀を握り直し、目前の脅威をただ冷たく見据えていた。
「はー……ホント、熱をあげられる人って羨ましいね」
後方の安全圏から、大空蒼の気怠い声が響き、同時に乾いた指を鳴らす音が響いた。
その瞬間、天色の内側で膨張し続けていた異能が、嘘のように完全に空へと変退した。
辛と蒼を除く、訓練場にいる全員の眼が驚愕に見開かれた。
自身のエネルギーを根こそぎ奪われた天色は、その反動に耐えきれず、完全に意識を失って倒れ伏した。
「大空君、それ最初からやって欲しかったんだけど的な?」
玄が上体を起こしながら言った。
「これ、異能をある程度出力しないと出来ないんだよ」
蒼は悪びれるでもなく両手を頭の後ろにやって言った。
ってか、ⅩⅢはこれを見越してボクを復学させたのか……。
蒼の脳裏に、自身の復学に関する冷徹な演算結果が浮かび上がる。
対象の異能を空洞化させる空使いの能力。それこそが、天色の暴走に対する最も効率的なストッパーとして、彼がこの場に再配置された理由だった。
「ってか、六大路……あれでまだ──……」
蒼が言葉を途切れさせる。
辛は沈黙したまま倒れ伏す天色を見下ろしていた。
その瞳の奥には、冷たい演算の光が宿っていた。




