case.46「VIP護衛戦Ⅱ」
第一訓練場。
互いの陣地である白線で囲まれた正方形の空間を背に、A組とB組が対峙する。
A組からは灰塚こころ、B組からは花緑青小春がVIPとして選出され、それぞれの陣地内に立ち尽くしていた。
「問題は天竜の異能が何か、か」
六大路辛が微かな声で呟き、背後の佐倉真白が短く頷く。
「あっちは花緑青か……」
蘇芳レイヴンが敵陣の配置を視覚情報として処理し、確認する。
「中間のペナルティで異能が制限されている以上、攻撃には加われんからな……妥当じゃね?」
紅桔梗志紀がレイヴンへ向け、敵の戦術的意図を読み解いてみせる。
「各クラス、VIPが選出され位置についたな。では始める」
B組の担任が開始を宣告すべく、右手を上げる。
「A組の皆さん、お手柔らかにお願いします」
天竜天色が、親愛の情を装った笑みを浮かべ、右手を差し出した。
「やめとけ天竜。お相手さんは、そんな余裕ないって」
朱殷実果が天色の肩に腕を回し、A組への明らかな挑発を投げる。
天色は困ったような苦笑を作り、ゆっくりと右手を下ろした。
A組の生徒たちの視線は、既にその二人へと固定されていた。
「天竜、朱殷……始めるぞ。位置につけ」
「はーい」
担任の短い制止を受け、二人は前線から僅かに後退する。
張り詰めた空気が、訓練場を満たしていく。
「それでは、VIP護衛戦始めっ!!」
号砲のような声が響いた。
辛の身体が爆発的な速度で駆動する。
左手に金属生成で構築した刀を顕現させるのと同時、彼の眼前に朱殷が肉薄し、鋭利な剣を振り下ろしていた。
硬質な金属音が鳴り響き、辛の刀が朱殷の剣を正確に受け止める。
「へえ……反応するんだ?」
鍔迫り合いの至近距離で、朱殷が嗜虐的な笑みを浮かべる。
激突の余波が広がり、A組の生徒たちが一歩遅れて事態を認識した。
「速っ……!」
黒川玄の目が見開かれる。
朱殷は辛の刀を剣で弾き流すと、脚力を解放して上空へと飛翔した。
辛は即座に『土』の異能を励起させ、足元の地面を隆起させて自身を空へと射出し、追撃を図る。
朱殷の背部に、炎で構成された片翼が出現した。
重力から解き放たれた二人は、そのまま空中での高速戦闘へと移行する。
「辛!」
紺野爪戯が空を仰ぎ、声を張る。
「上ばっか見るな! オレ達も動く!」
レイヴンが爪戯の意識を地上へ引き戻し、地を蹴る。
強矢翠柳も腰の刀を抜き放ち、前線へ躍り出た。
二人の進路上に、B組の浅黄ゴウが巨体を立ちはだかせる。
「来いよA組ぃ!」
ゴウが自身の皮膚を鋼鉄の強度へと硬化させ、攻撃を受け止める構えを取る。
「迎撃」
冷徹な声と共に、真白が形成した光の珠から高圧縮のレーザーが放たれた。
閃光が空気を灼き、ゴウの巨体を正確に撃ち抜く。
「っ!?」
装甲を貫通する衝撃に、ゴウの身体が後方へと弾き飛ばされた。
その光景を前にしても、天色は微動だにせず、ただ微笑みを保っていた。
「ゴウ! 何やってんの!」
西森シルヴァが叫び、自身の異能を励起させようと構える。
だが、身体能力を極限まで強化した翠柳が瞬時に距離を詰め、刀の峰打ちでシルヴァを無力化した。
レイヴンが『結使い』の能力で自身の剣を引き寄せ、対象を天色に定める。
踏み込みと共に放たれた斬撃。
その軌道上に位置する天色の肉体が、瞬時に竜の鱗へと変貌を遂げた。
刃が鋼のように硬い鱗に弾かれ、火花が散る。
「おわっ!?」
想定外の反動に、レイヴンが体勢を崩す。
その隙をカバーすべく、玄が天色の足元の影を操作し、その動きを拘束した。
そこへ真白の追撃の光線が叩き込まれる。
しかし、竜化した天色の装甲は、その熱量を完全に乱反射させた。
「駄目か……」
玄が推測を口にする。
天色は小春の陣地の直前に陣取り、強固な盾として機能し始めていた。
レイヴンと翠柳は天色の突破を一時放棄し、左右から回り込んで背後の小春を狙う軌道を取る。
しかし、天色の背部から巨大な竜の翼と尾が顕現し、回り込もうとした二人を力任せに薙ぎ払った。
「こいつをどうにかしないと、届かないか」
地面を転がりながら、レイヴンが戦況を再評価する。
A組陣地。
灰塚こころは、胸の前で両手を固く握りしめ、顔面から絶えず冷や汗を流していた。
彼女の視界の端で、空間が不自然に歪んだ。
B組の梅重御影。
自身の影を極限まで薄めることで隠密性を高める異能。彼女は完全に気配を消し、こころの至近距離まで肉薄していた。
こころの瞳孔が収縮する。
その瞬間、猛烈な炎の壁が二人を分断した。
「トロ子! あんた立候補したんだから、ちゃんと戦いなさい!」
火乃宮朱美の怒号が響く。
こころは震える息を吐き出すと、自身の『念』の能力を励起させ、御影の身体を後方へと弾き飛ばした。
「色波ももっとちゃんと守りなさいよ!」
「ああ、もう! 煩い!」
朱美の叱責に、色波樹が苛立ちを露わにしながらも警戒のレベルを引き上げる。
真白は展開する光の珠の数を増殖させ、天色へ向けてレーザーの雨を降らせる。
だが、強固な鱗は貫けず、着弾の衝撃で巻き上がった土煙が視界を遮る。
真白が微かに目を細めた。
「佐倉さん! 任せて!」
錆御納戸雫が『浄化』の能力を発動させ、空間に漂う土埃などの不純物を強制的に排除する。
レーザーの威力を減衰させるブルーミング現象を未然に防ぐための戦術的サポート。
「私の時使いが、範囲広かったらなあ……」
青藤葵が悔しそうに唇を噛む。
彼女の異能は効果範囲が狭く、後方支援の位置から天色や小春まで干渉することは不可能だった。
「近づく? でもそうすると、灰塚を守る手段が減るか……」
志紀が戦力の再配置を思案するが、防御網の低下リスクがそれを躊躇わせる。
上空。
辛の刀を捌いた朱殷が、翼を畳んで急降下を開始した。
その直線上の標的は、陣地内に固定された灰塚こころ。
爪戯が瞬時に大気中の水分を凍結させ、こころの頭上に分厚い氷の盾を形成する。
落下する朱殷の剣が氷を穿つが、貫通には至らず弾かれた。
「ちっ」
朱殷が露骨な舌打ちを漏らし、再上昇へ転じようとする。
その軌道を予測したレイヴンが、跳躍して朱殷へと斬りかかる。
刃が交錯するが、朱殷は空中で姿勢を捻り、レイヴンの剣を巧みに受け流した。
レイヴンが着地するのと同時。
空中で辛が金属の足場を生成し、それを蹴って朱殷の頭上を取った。
重力を乗せた一撃が振り下ろされる。
朱殷は迎撃の態勢を取り、剣を交差させて辛の刀を受け止めた。
「……半妖!」
朱殷の口から、敵意を孕んだ言葉が吐き出される。
空中で再び、激しい刃の衝突音が連続して響き始めた。
「上のあいつは一旦良いか……オレ達は目の前の天竜君をどうにかしないと、だね」
玄が上空の戦闘を視界から外し、防衛線を維持する天色へと集中する。
玄と真白のもとへ、レイヴンが駆け戻ってきた。
「結びつけは出来たよ。後はタイミング!」
レイヴンは口角を上げ、親指を立てて合図を送る。
そして再び、B組の陣営へと向けて地を蹴った。




