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【五行を統べる半妖は】冷徹に異能学園の頂点を目指す――ⅩⅢ 現代群像戦線  作者: 神野あさぎ
一年生・皐月

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case.18「迎撃」

 宿泊研修の地、神ヶ山。

 初夏の陽射しが木漏れ日となって降り注ぐ森の中を、刃ケ丘(はがみおか)異能高等学校一年A組の生徒たちが列をなして進んでいた。


 先頭を歩くのは六大路辛(ろくおおじ・かのと)

 彼は後続の歩行を容易にするため、伸びた枝葉を折り払い、腐葉土の堆積した地面を踏み固めながら道を開拓していく。


 その細やかな配慮に気づくことなく、色波樹(しきなみ・いつき)は辛の真後ろを歩きながら冷ややかな視線を投げた。


「そうまでして点数稼ぎたいかよ」


 隠そうともしない嫌悪を含んだ声で呟く。辛は表情を一切変えず、無言のまま一定の歩調を保っていた。


 後方では、先陣を切ることができなかった火乃宮朱美(ひのみや・あけみ)が、自身の自尊心をひどく傷つけられていた。

 その苛立ちは、列の最後尾をのろのろと歩く灰塚(はいづか)こころに向けられる。

 朱美は露骨な舌打ちを響かせた。


「ほっんと! 足手まとい!」


 朱美が鋭く睨みつけながら言い放つ。

 こころは肩をびくつかせ、視線をすぐに地面へと落とすと、ただ黙々と歩幅を狭めて従った。


「ちょっと火乃宮さん……今は……ね?」

「そうそう」


 周囲のクラスメイトたちが宥めるように声をかける。朱美は鼻を鳴らし、不満げにそっぽを向いた。


「入学式の時──」


 その空気を縫うように、黒川玄(くろかわ・くろ)が小走りで辛の隣へと並んだ。


「ああ、ちょうど探ってたところだ」


 辛は玄の言葉の先を読み取り、即座に返答する。

 前方で密に言葉を交わす二人を見て、紺野爪戯(こんの・つまぎ)が「あ、ちょ……ずるい!」と声を上げた。


 辛は視線を前方に固定したまま、自身の持つ五行の異能「土」と「木」を静かに巡らせていた。

 足裏から伝わる土の振動、周囲の木々が発する微細なエネルギーの波長。それらを情報として読み取り、見えない地形や生物の配置を脳内で高速演算していく。


 大空蒼(おおぞら・そう)が大きな欠伸をしながら歩き、その前方では強矢翠柳(きょうや・すいりゅう)が腰の刀に手を当てて周囲を警戒している。

 翠柳の隣りを歩く佐倉真白(さくら・ましろ)は、前をまっすぐ見据えたまま、その顔に一切の感情を浮かべていなかった。


「迎撃」


 真白は視線を前に向けたまま、ぽつりと呟く。

 一瞬たりとも眼球を動かすことはなかった。

 彼女の身体の周囲に数個の光の珠が顕現し、刹那、そこから強烈な光線が飛び出した。


 進行方向に対して右側の空間へ。


 放たれた光線が、宙を舞う無数の「紙」を次々と正確に撃ち抜いていく。


「紙!? 誰かの異能?」


 樹が振り返りながら驚きの声を上げる。

 その直後、辛が強く地を蹴った。


「先導を頼む」

「あ、おい!」


 短い言葉だけを残し、辛は一瞬にして木々の奥深くに姿を消す。


「勝手に動くなよ!」


 樹が語気を荒らげて叫んだ。


「入学式の毒使いのことを考えれば当然──」

「使われる前にってこと、か」


 玄が推測を口にし、爪戯がその意図を正確に引き継いだ。


 入学式の際、重圧に耐えきれず毒の異能を暴走させた生徒がいた。

 その生徒がA組にいないとなれば、属しているのはB組である。


 今回の課題は、誰一人欠けることなく頂上へ到達すること。もしこの森の中で広範囲に毒を散布されれば、それだけで致命的な結果を招く。


「この紙もB組の……となれば」


 玄は視線を進行方向の右側へと向けた。


「しかし、単独行動は危険では!? 合流できるかも怪しくなる」


 後方から翠柳が懸念の声を張り上げる。

 玄は短く頷き、足元に力を込めた。


「オレが行くー! みんなは行ってて!」


 玄は背後へ向けて軽く手を振りながら告げた。

 そのまま辛の背中を追うように、木々の間へと消えていく。


 爪戯は「出遅れた!」とばかりにがっくりと肩を落とした。


 周囲の空間に、無数の紙が再び舞い始めた。

 それらは空中で鋭利な刃の形へと変容し、A組の生徒たちを完全に包囲する。

 だが、真白は一切表情を崩さない。

 前を向いたまま、周囲を取り巻く光の珠を精緻に操る。


 再び無数の光線が放たれ、迫り来る紙の刃を的確に穿ち、燃やし尽くしていく。

 あっけにとられるクラスメイトたちをよそに、真白は一人、一定の歩調で歩き続けていた。


「あっ! 真白さん!」


 翠柳が慌てて真白の後を追おうとした、その時だった。


翠柳(すい)、命ずる。殿(しんがり)


 真白は振り返ることなく、短く機械的に告げた。

 名前を呼ばれ、命じられた翠柳は元気よく返事をし、即座に列の最後尾へと身を翻す。


「し、しんがり……?」


 想定外の戦闘態勢に、朱美が冷や汗をにじませながら立ちすくむ。


「任務継続」


 真白は淡々と呟きながら、列の先頭へと躍り出た。

 樹が訝しげに眉をひそめ、彼女の背中を見つめる。


 すると、前方の茂みを掻き分けて異形の姿が現れた。

 光を呑み込むような禍々しい闇の塊。鋭い爪、赤く発光する眼球、そして剥き出しの牙が、目の前のA組を明確な獲物として捉えていた。


 魔物は大きく口を開き、先頭の真白を食い千切らんとばかりの勢いで突撃してくる。

 しかし、真白の表情は微塵も動かない。

 それどころか、迫る脅威に対して目線を向けることすらしなかった。


 強烈な光が、空間を埋め尽くすように魔物の巨躯を貫いた。

 瞬く間に、闇の肉体は形を保てずに霧散し、消滅する。


 樹を含むほぼ全員の眼が、限界まで見開かれた。


「この森は、簡単」


 真白は振り返ることなく、そのまま先頭を歩き続ける。

 クラスのほぼ全員がその圧倒的な制圧力にあっけにとられ、その場に立ちすくんでいた。


「こら! お前ら! 真白さんに続け!」


 後方に位置する翠柳が、早く歩き出せと声を張る。

 我に返った生徒たちが、ぽつぽつと歩みを進め始めた。


「六大路くんも不気味だけど、佐倉さんもちょっと……」

「怖いよね」

「でも前とか何あるか分からないし、歩いてくれるのは助かるかも」


 生徒たちの間で、ひそやかな声が交わされる。

 樹はその場に歩みを止めていた。

 クラスメイトたちが次々と彼の横を通り過ぎていく。


 オレは……何も出来なかった。


 自身の無力さを嘆き、両手の拳を強く握り込む。


 違う……何も出来ない。


 咄嗟の状況判断、未知の脅威への対応。そのどれもが、今の自分には不可能であるという冷徹な事実を突きつけられていた。


 決闘の場において、結果としてこころを守り切れなかった己の未熟さを思い返し、痛切な無力感が胸を締め付ける。


「行こう」


 爪戯が横に並び、軽く肩を叩いた。

 樹は小さく頷き、重い足を引き摺るようにして再び歩き出した。

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