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Cielhelina  作者: 仮定
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2/3

王都のワイルドボア

王都で最初に受けた依頼は、ワイルドボアの討伐だった。


「結局、知ってる相手を選んじゃったね」


王都を出て、森へ向かう道。


シェルエリナが依頼票を見ながら言った。


「選んだのはお前だろ」


ノクトが答える。


「みんなも反対しなかったでしょう?」


「反対する理由がなかった」


依頼対象は二体。


農地の近くに現れたワイルドボア。


危険度はDランク相当。


フェルムでも何度か戦ったことのある獣だった。


「二体なら、今日中に帰れるかな」


「見つかればな」


「見つけてよ」


「探すのは全員だ」


「ノクトが一番得意でしょう?」


「だからといって、お前が探さなくていい理由にはならない」


「探すよ」


「何を?」


「ワイルドボア」


「さっきから道の先ばかり見ているが」


シェルエリナが少し黙った。


「……何か食べるところ、ないかなって」


「探してないな」


「お昼は持ってきたでしょう」


リゼリアが言った。


「でも王都の外にも、美味しいものがあるかもしれない」


ガイアスが頷く。


「あるかもしれないな」


「ガイは分かってる!」


「依頼が先よ」


「分かってるよ」


シェルエリナは依頼票を畳んだ。


「ワイルドボア二体」


「そうだ」


「倒したら、帰りに何か食べる」


「増えているな」


「何が?」


「依頼の目的が」



森へ入る。


頭上を枝葉が覆う。


土と草の匂い。


葉の隙間から光が落ちていた。


シェルエリナは少し前を歩いている。


ふと、足元へ目を向けた。


「これ、薬草」


誰に言うでもなく口にする。


ガイアスが覗いた。


「そうだな」


少し先。


また目に留まる。


「これも」


「そうね」


リゼリアが答えた。


さらに歩く。


「これも薬草」


ノクトが見る。


「合っている」


シェルエリナが振り返った。


「どう?」


「何が?」


「成長したでしょう?」


「してるわ」


リゼリアが言った。


「もっと驚いてもいいよ」


「毎回見ていたもの」


「でも昔は、もうちょっと間違ってたでしょう?」


「もうちょっと?」


ノクトが言った。


「……結構?」


「かなりだな」


「そこまでじゃないよ!」


「食べられる草と、食べられない草を何度も間違えていた」


「食べてないよ!」


「食べようとした」


「止められたから食べてない」


「それを自慢するな」


シェルエリナは歩き出した。


少しして。


小さな葉が目に入る。


足を止める。


「これは……」


三人が見る。


シェルエリナは少しだけ考えた。


「薬草」


「雑草だ」


ノクトが言った。


「早い!」


「雑草ね」


リゼリアも言う。


ガイアスが頷いた。


「雑草だな」


「三人とも判断が早すぎるよ!」


「見れば分かる」


「私はちゃんと見たの!」


シェルエリナは葉を指で軽く触った。


「でも、ちょっと似てる」


「どこが?」


「緑色」


「大半の草がそうだ」


「じゃあ仕方ないでしょう?」


「仕方なくないわ」


リゼリアが言った。


シェルエリナは立ち上がる。


「成長したと思ったのに」


「してるわよ」


「本当?」


「以前よりは」


「やった!」


「褒められ方が弱いな」


ノクトが言った。


「褒められたからいいの!」


また歩く。


今度は木の実に気づいた。


シェルエリナが手を伸ばす。


ノクトが手首を掴んだ。


「食べるな」


「まだ何もしてない」


「食べようとした」


「見るだけ」


「嘘だな」


「ちょっと味を見るだけ」


「熟していない」


「少しなら」


「腹を壊す」


シェルエリナは木の実を見る。


「王都の木の実は厳しいね」


「王都は関係ない」


「昨日も聞いた」


「今日も同じだ」


シェルエリナは名残惜しそうに手を離した。


「帰りには熟してるかな」


「数時間で?」


「分からないでしょう?」


「分かる」


「ノクトは夢がない」


「腹痛にもならない」


「それは大事」


森の中。


四人の声が続く。


シェルエリナが何かに気づく。


三人が答える。


正しいこともある。


間違えることもある。


それでも、少し前より迷う時間は短くなっていた。


「次は分かるから」


そう言って、また歩いていく。


リゼリアがその背中を見る。


「楽しそうね」


「依頼を忘れていなければいいが」


ノクトが言った。


「忘れてないよ!」


シェルエリナが振り返る。


「ワイルドボア二体!」


「聞こえていたのか」


「聞こえるよ!」


「雑草に夢中だったからな」


「もう間違えない」


その直後。


シェルエリナが足を止めた。


「これは――」


「雑草だ」


「まだ何も言ってない!」



森を抜ける。


視界が開けた。


緩やかな草原。


その向こうに農地が見える。


風が草を揺らしていた。


「この辺りね」


リゼリアが言う。


ノクトが足元を見る。


「跡がある」


土が抉れている。


蹄の跡。


まだ新しい。


「二体?」


シェルエリナが聞く。


「少なくとも」


ノクトは少し先を見る。


その時。


草原の向こう側から、人が走ってきた。


一人。


その後ろに、もう一人。


肩を貸されている。


さらに二人。


服は裂け、装備は泥に汚れていた。


腕から血を流している者もいる。


「おい!」


ガイアスが声を上げた。


先頭の男が顔を上げる。


四人を見る。


「逃げろ!」


息を切らしながら叫ぶ。


「来るな! 戻れ!」


男の制止を聞き入れず、ガイアスは背負っていた盾を左腕へ通した。


「何がいた」


「ワイルドボアだ!」


男が振り返る。


「だが、あれは――」


遠くで。


低い鳴き声がした。


続いて。


地面が震える。


どどどど、と。


傷ついた冒険者の一人が顔を青くした。


「逃げ切れなかった」


「走れ!」


「無理だ、こいつが――」


肩を貸されている男の脚は動いていない。


ガイアスが一歩前へ出る。


ノクトは長弓を手に取った。


リゼリアが杖を握る。


シェルエリナが剣を抜く。


「ここにいて」


傷ついた冒険者が彼女を見る。


「何を――」


「リセ」


「分かってるわ」


リゼリアは負傷者の方へ向かった。


その背後。


草原の向こうに、黒い影が見えた。


地面を揺らしながら近づいてくる。


ワイルドボア。


遠目に見た時より。


はるかに大きい。


肩が高い。


身体が厚い。


牙には土がこびりつき、背中の硬い毛が逆立っている。


「一体?」


シェルエリナが言った。


「今はな」


ノクトが矢を番える。


ワイルドボアがこちらを見る。


鼻先から白い息。


地面を掻く。


ノクトが弓を引く。


矢の先から。


ワイルドボアへ。


細い導線が伸びる。


風に揺れる糸のように。


リゼリアが振り返り、指を動かした。


淡い光が導線へ重なる。


光が矢へ届いた刹那。


弦が鳴り、矢が走る。


右前脚の付け根。


深く刺さった。


ワイルドボアの身体がわずかに傾く。


傷ついた冒険者の一人が息を呑んだ。


「当たった……」


違う。


当てたのだ。


ワイルドボアが咆哮する。


顔を振る。


脚を踏み鳴らす。


怒りが四人へ向いた。


「来るぞ」


ガイアスが前へ出る。


「ガイ」


シェルエリナが呼ぶ。


「いつも通りだ」


「あれ、大きいよ」


「少しな」


ガイアスは脚を開いた。


腰を落とす。


盾を構える。


息を吸う。


その身体が。


ほんの少しだけ、重くなる。


足元の土が沈んだ。


ワイルドボアが走る。


地面を抉る。


草を跳ね上げる。


真っ直ぐに。


速い。


傷ついた冒険者たちが息を呑む。


「避けろ!」


誰かが叫んだ。


ガイアスは動かない。


ワイルドボアが迫る。


牙。


顎。


盾。


ぶつかった。


鈍い音。


ガイアスの腕が沈む。


肩が押し込まれる。


足がさらに土へ食い込む。


重い。


盾の縁が顎の下へ滑る。


腕が軋む。


それでも。


一歩も下がらない。


「上!」


ガイアスが叫ぶ。


盾を振り上げる。


ワイルドボアの前脚が浮いた。


身体が持ち上がる。


「分かってる!」


シェルエリナがガイアスの脇から滑り出る。


わずかに前へ傾けた身体のまま。


浮き上がったワイルドボアの喉と同じ高さを。


水平に近い軌道で。


すっ、と横切る。


剣に緑色の光が流れた。


刃が喉を一閃する。


シェルエリナはそのまま抜けた。


血が飛ぶ。


ワイルドボアが地面へ落ちる。


大きくもがいた。


ガイアスが盾を構え直す。


ノクトが二本目の矢を番える。


リゼリアも周囲へ目を向けた。


シェルエリナは振り返る。


ワイルドボアはまだ動いている。


首の傷から血を流しながら。


脚で土を掻いていた。


シェルエリナが近づく。


「危ない!」


傷ついた冒険者の声。


シェルエリナは止まらない。


剣を両手で持つ。


傷口へ刃を当てる。


何かを小さく呟いた。


緑の光が、わずかに濃くなる。


突き立てる。


ワイルドボアの身体が一度跳ねた。


それから。


動かなくなった。


風が吹く。


草が揺れる。


ノクトが周囲を見る。


ガイアスは盾を下ろさない。


リゼリアも警戒を続けている。


その様子を見て。


シェルエリナが聞いた。


「……すぐ来る?」


ノクトが少し耳を澄ます。


「今のところは来ない」


ガイアスが盾を下ろす。


リゼリアも視線を戻した。


シェルエリナは負傷者を見る。


リゼリアはすでに一人の前へ膝をついていた。


裂けた服を避け。


腕の傷へ手をかざしている。


淡い光。


傷ついた男が息を吐いた。


「大丈夫?」


シェルエリナが聞く。


リゼリアが答える。


「命に関わる傷ではないわ」


「ほんと?」


「ええ」


シェルエリナの肩から力が抜けた。


「よかった」


それから。


倒れたワイルドボアを見る。


少し考える。


「王都のワイルドボアって、大きいんだね」


ノクトが言った。


「王都に住んでいたわけではない」


「王都の近くだよ?」


「森だ」


「王都の森」


「森は森だ」


「でもフェルムのより大きい」


「シェルエリナ」


ガイアスが呼ぶ。


「何?」


「あれは――」


シェルエリナがワイルドボアへ近づく。


「お肉も多いかな」


ガイアスが止まった。


「……」


「バルドさんに持って帰ったら喜ぶかな?」


「王都からか?」


ノクトが言う。


「無理かな」


「腐る」


「じゃあ送る?」


「肉を?」


「美味しかったら」


「まず依頼を終わらせるぞ」


「あ」


シェルエリナが顔を上げた。


「もう一体いるんだった」


傷ついた冒険者の一人が言った。


「いや」


四人が見る。


男は倒れたワイルドボアを指す。


「こいつは、俺たちが追っていたやつだ」


「同じ依頼?」


シェルエリナが聞く。


「違う。俺たちは調査だ」


男は息を整える。


「農地の奥で、妙な足跡が見つかった。ワイルドボアにしては大きすぎるって」


シェルエリナの顔が明るくなった。


「よかった。じゃあ、倒したのは私たちでいいんですよね?」


男が少し止まる。


「あ、ああ」


「よかった」


ガイアスがゆっくり頷いた。


「やはりか」


「何が?」


シェルエリナが聞く。


ガイアスが答えようとする。


その前に。


「解体しないと!」


シェルエリナが立ち上がった。


「傷むよ!」


「今、話を――」


「あとで聞く!」


「あとでか」


「あとで!」


リゼリアが負傷者を見る。


「今日はもう戦わないで」


男が顔を上げる。


「でも、調査が」


「終わりよ」


「……分かった」


リゼリアは次の傷を見る。


シェルエリナは安心したように頷いた。


そして、倒れたワイルドボアを見る。


「じゃあ解体しよう!」


「切り替えが早いな」


ノクトが言った。


「お肉が傷むから!」


「依頼は?」


「明日!」


「決まったのか」


「今決めた!」



解体が始まった。


シェルエリナとガイアスが進める。


ノクトは周囲を警戒する。


時々だけ手を貸す。


「そこ持って」


「嫌だ」


「さっきも聞いた!」


「答えは同じだ」


「じゃあこっち」


「何をする」


「引っ張る」


「ガイアスに頼め」


「ガイはこっちやってる!」


ノクトが見る。


ガイアスは大きな刃を扱っていた。


「待て」


「もう!」


ノクトは結局手伝った。


少し離れたところ。


治療を終えた冒険者たちが、その様子を見ている。


倒れたワイルドボア。


右前脚の付け根に刺さった矢。


盾へ残った深い擦れ跡。


喉の傷。


「……なあ」


一人が小さな声で言う。


「ああ」


「今の」


「ああ」


「矢が、途中で勢いづいたように見えた」


「俺もだ」


「どうやって?」


「分からない」


二人はリゼリアを見る。


彼女は傷の状態を確かめていた。


その隣。


別の二人がワイルドボアの喉を見る。


「一回だったよな」


「矢。盾。剣」


「三人か」


リゼリアを見る。


「……四人だ」


「何をした?」


「分からない」


シェルエリナが振り返る。


「何か言いました?」


「いや」


「お肉、分けます?」


「え?」


「一緒に解体してくれたら」


「俺たちは――」


「遠慮しなくていいですよ!」


「シェリ」


リゼリアが呼ぶ。


「何?」


「治療した人を働かせないで」


「ごめんなさい」


シェルエリナは解体へ戻る。


一人が仲間へ顔を寄せる。


「Dランクだよな」


「ああ」


「昨日登録してた」


「フェルムから来たって」


二人はもう一度、四人を見る。


ガイアスが肉を切り分ける。


ノクトが必要な時だけ手を出す。


リゼリアが負傷者の歩ける状態を確認する。


シェルエリナは肉の大きさを比べていた。


「こっちの方が大きい」


「同じだ」


ガイアスが言う。


「絶対こっち」


「同じだ」


「じゃあ私こっちもらう」


「大きい方か?」


「同じなんでしょう?」


ガイアスが止まった。


「……そうだな」


シェルエリナが満足そうに頷く。


冒険者たちは黙った。


「……変なやつらだな」


一人が言った。


誰も否定しなかった。



日が傾き始めていた。


傷ついた冒険者たちだけで帰らせるわけにはいかない。


依頼対象のワイルドボアは、まだ一体も倒していない。


「もう一匹は明日だね」


シェルエリナが言った。


ガイアスが彼女を見る。


少しだけ間を置く。


「……だな」


「場所は分かったし」


「まだ見つけていない」


ノクトが言う。


「跡はあったでしょう?」


「あった」


「じゃあ見つかる」


「なぜ」


「いるから」


「説明になっていない」


シェルエリナは切り分けた肉の一部を背負っていた。


少し重そうだった。


「持とうか?」


ガイアスが聞く。


「大丈夫」


「ふらついてるぞ」


「ふらついてない」


その直後。


石に足を取られる。


ガイアスが荷物を掴む。


シェルエリナの身体が止まった。


「ほら」


「今のは石が悪い」


「石は動いていない」


ノクトが言った。


「王都の石、出っ張りすぎ」


「王都は関係ない」


「みんなそればっかり!」


結局、ガイアスが半分持った。



王都ギルドへ戻った頃には、空が暗くなり始めていた。


朝とは違う賑わい。


依頼帰りの冒険者。


報告を待つ者。


酒場へ向かう者。


負傷した四人が入ると、何人かが振り返った。


「戻ったか」


「何が――」


「……でかくないか?」


「肉?」


「どこで――」


声が重なる。


助けられたパーティーが先に受付へ向かった。


髪をきちんとまとめた女性が、書類から顔を上げる。


「帰還報告ですか?」


「はい」


男が依頼票を出した。


「調査対象を確認しました」


「状況をお願いします」


「足跡を追って、個体を発見しました。想定より大きく、戦闘になって――」


男は一度、シェルエリナたちを見る。


「俺たちだけでは逃げ切れませんでした」


受付の女性も四人を見る。


「こちらの方々に?」


「助けられました」


「討伐したのは私たちです!」


シェルエリナが一歩前へ出た。


受付の女性が少し目を瞬く。


「シェリ」


リゼリアが呼ぶ。


「何?」


「報告中よ」


「あ」


シェルエリナが少し下がった。


「ごめんなさい」


男が苦笑する。


「でも、本当です」


「討伐素材はありますか?」


「あります!」


シェルエリナがまた前へ出る。


今度は止まらなかった。


素材が確認される。


牙。


毛。


皮。


受付の女性が少し黙った。


「こちらは、ワイルドボアを基礎とした魔獣化個体です」


「魔獣化」


シェルエリナが繰り返す。


「推定危険度はCランク相当です」


周囲が少し静かになった。


ほんの少しだけ。


しかし。


近くで依頼書を見ていた男が、その前半を聞き逃していた。


「倒したのは一体だろ?」


誰かが笑う。


「依頼は二体じゃなかったか?」


「明日倒します!」


シェルエリナが即答した。


笑い声が広がる。


「王都最初の依頼で持ち越しか!」


「怪我人がいたんです!」


「言い訳か?」


「違います!」


「その肉どうすんだ?」


「食べます!」


「即答だな!」


さらに笑いが起きる。


シェルエリナは頬を膨らませた。


受付の女性が言う。


「静かに」


声は大きくなかった。


それでも、近くの笑い声が少し収まった。


女性はシェルエリナを見る。


「依頼は現時点で未達成です」


「はい……」


「ただし、魔獣化個体の討伐と、負傷した冒険者の救助については別途記録します」


ノクトが聞く。


「報酬は」


「調査依頼の内容と照合した後になります」


シェルエリナが顔を上げる。


「お肉は?」


受付の女性が止まった。


「所有権は、調査依頼を受けていた方々との確認が必要です」


助けられた冒険者の一人が言う。


「俺たちはいらない」


「いいんですか?」


シェルエリナの顔が明るくなる。


「ああ」


「ありがとうございます!」


「礼を言うのはこっちだ」


男は四人を見る。


「助かった」


ほかの三人も頷いた。


シェルエリナが少し照れる。


「でも、みんなで倒したから」


「……」


男が何か言おうとする。


やめた。


その隣で仲間が小さく言った。


「みんなで、か」


「何ですか?」


シェルエリナが聞く。


「いや」


受付の女性が書類へ何かを書き込む。


「依頼の継続を希望しますか?」


「します!」


「明日、再出発する予定で?」


「はい!」


「本日の内容を記録します。明日の朝、再度窓口へ来てください」


「分かりました」


シェルエリナは少し考える。


「失敗ですか?」


「現時点では未達成です」


「失敗じゃない?」


「期限内に達成できなければ失敗です」


「じゃあ大丈夫!」


「明日倒せれば、ね」


受付の女性が言った。


シェルエリナは胸を張る。


「倒します!」


ノクトが横から言う。


「まず見つける」


「見つけます!」


「朝寝坊は?」


「しない!」


リゼリアが見る。


「本当に?」


「……起こして」


「自分で起きなさい」


「リセ」


「駄目よ」


「まだ何も言ってない」


「分かるもの」


周囲から笑いが漏れる。


少し離れた場所。


助けられた冒険者たちは、四人を見ていた。


「笑われてるな」


一人が小さく言う。


「ああ」


「言わなくていいのか?」


何を。


誰も聞かなかった。


倒した相手が何だったのか。


どう倒したのか。


受付には記録される。


今、声を張る必要はない。


男は首を振った。


「そのうち分かる」


「何が?」


「知らん」


四人を見る。


シェルエリナは、持ち帰った肉について受付の女性へ何かを聞いている。


ガイアスは疲れた顔で待っている。


ノクトは周囲を見ている。


リゼリアは傷ついた仲間の様子を確かめていた。


「……変なやつらだな」


「パーティー名もな」


「何だっけ」


「シェルエリナたち」


「誰たち?」


「だから、シェルエリナたち」


「ほかの三人は?」


「知らん」


二人は少しだけ笑った。



宿は、ギルドから歩いてしばらくの場所にあった。


一階が酒場。


二階が客室。


一階の奥に湯浴み場。


規模はフェルムの宿より大きい。


けれど。


階段が少し曲がっている。


酒場から、その階段がよく見えた。


「似てるね」


シェルエリナが言った。


「何が?」


リゼリアが聞く。


「フェルムの宿」


「そう?」


「一階がお風呂で、二階が部屋で、酒場がここ」


「宿なら珍しくないでしょう」


「でも階段も曲がってる」


「そこ?」


「大事」


「何が?」


「分からないけど」


宿の主人は、大きな男だった。


肩幅が広い。


腕が太い。


声も大きい。


バルドとは顔も背格好も違う。


それでも。


「似てる」


シェルエリナが小声で言った。


「聞こえてるぞ」


宿の主人が答えた。


「何が似てるんだ?」


「知ってる人に」


「誰だ」


「料理が上手な人」


主人が腕を組む。


「俺の料理はまだ食ってないだろ」


「匂いで分かります」


「そうか」


「はい」


「なら期待してろ」


シェルエリナが少し笑った。


「やっぱり似てる」


「聞こえてるぞ!」



湯を浴びる。


部屋へ戻る。


身なりを整える。


それから四人は、少し曲がった階段を下りた。


シェルエリナが先頭だった。


酒場に料理の匂いが広がっている。


「今日、何かな」


「肉だろう」


ガイアスが答える。


「匂いで分かる?」


「ああ」


「何肉?」


「知らん」


シェルエリナが止まる。


「……ワイルドボアかな」


「違うんじゃないか?」


「どうして?」


「俺たちが持ち込んだ肉は、まだ向こうだ」


「あ」


「忘れていたな」


「忘れてない!」


「では今の顔は何だ」


「思い出した顔」


四人は空いていた卓へ座った。


主人が料理を運んでくる。


大皿の肉。


煮込んだ野菜。


パン。


スープ。


シェルエリナが身を乗り出す。


「何肉ですか?」


「豚だ」


「普通の?」


「普通じゃない豚がいるのか?」


四人が一瞬黙った。


主人が眉を寄せる。


「何だ」


「今日、大きいワイルドボア倒したんです」


「知ってる」


シェルエリナが目を瞬く。


「もう知ってるんですか?」


「お前らが持ち込んだんだろ」


「あ、そうだった」


ガイアスが言う。


「あれは魔獣化個体だ」


「そうみたい」


「そうみたい、ではない」


「でも倒したでしょう?」


「ああ」


「じゃあ大丈夫」


「依頼は終わっていない」


ノクトが言った。


「明日終わらせるから大丈夫!」


主人が料理を置く。


「依頼失敗祝いか」


「失敗してないです!」


「終わってないんだろ?」


「明日終わります!」


「じゃあ今日は何の祝いだ」


シェルエリナは少し考える。


「……無事に帰ってきた祝い?」


主人が頷く。


「それなら食え」


「はい!」


シェルエリナはスープを飲んだ。


止まる。


もう一口。


主人を見る。


「美味しい」


「知ってる」


シェルエリナが目を見開く。


三人を見る。


「似てる!」


主人が言った。


「だから誰にだ!」


四人の卓に笑いが起きた。


食べる。


話す。


森のこと。


薬草のこと。


雑草のこと。


傷ついた冒険者のこと。


戦いのこと。


シェルエリナが身を乗り出す。


「それでね!」


ノクトが水を飲む。


「見ていた」


「でも話したいの!」


「そうか」


「ノクトの矢が、びゅーっ! てしたの、すごかった!」


「矢はだいたいそう飛ぶ」


「いつもより、びゅーっ! だったの!」


「違いが分からない」


「リセも何かしたでしょう?」


「少しだけ」


「矢が光ったところ、あれすごかった!」


「矢が光ったわけではないわ」


「でも光ってた」


「通り道を少し整えただけよ」


「それがすごいの!」


リゼリアは少しだけ目を伏せた。


シェルエリナは次にガイアスを見る。


「ガイも!」


「何だ」


「あれすごかった!」


「どれだ」


「下から、どんって!」


「どん、ではない」


「ワイルドボアが、ぶわって浮いた!」


「ぶわ、でもない」


「でも浮いたでしょう?」


「ああ」


「重かった?」


「重かった」


「どのくらい?」


ガイアスは少し考える。


「重かった」


「それしか言わない!」


「重かったからな」


シェルエリナは頬を膨らませる。


ノクトが言った。


「お前も説明できていない」


「私はできてるよ!」


「びゅーっ、と、どん、と、ぶわ、だけだ」


「伝わるでしょう!」


「伝わらない」


リゼリアが言う。


「私は分かったわ」


シェルエリナの顔が明るくなる。


「ほんと?」


「あなたが楽しそうだったことは」


「そこじゃない!」


主人が笑った。


「酒はいるか?」


シェルエリナが顔を上げる。


「少し!」


リゼリアが言う。


「いらないわ」


「リセ!」


「明日、依頼でしょう」


「一杯だけ」


「駄目」


「薄いやつ」


「駄目」


「前より強くなったかも」


「前もそう言っていたわ」


「今日は大丈夫」


「根拠は?」


「王都だから」


「王都は関係ない」


三人が同時に言った。


シェルエリナが止まる。


「みんな息ぴったりだね」


「お前が同じことを言うからだ」


ノクトが答えた。


主人が笑う。


「酒はなしだな」


「そんなあ」


代わりに果実水が置かれた。


シェルエリナは両手で杯を包む。


少し不満そうな顔のまま、一口飲んだ。


止まる。


もう一口。


「美味しい」


「ならいいだろ」


「お酒も飲みたかった」


「明日の依頼を終えてからにしろ」


「終わったらいいですか?」


リゼリアが言う。


「駄目よ」


「なんで!?」


また笑いが起きた。



食事が終わった。


部屋へ戻る。


シェルエリナとリゼリアは同じ部屋だった。


王都へ来て二日目。


荷物はまだ完全には片づいていない。


壁際に置かれた鞄。


畳みきれていない服。


窓から見える、知らない街の灯り。


シェルエリナはベッドへ座った。


「疲れた」


「そうね」


リゼリアは髪を梳いていた。


「でも楽しかった」


「依頼は終わってないわよ」


「明日終わるから」


「朝、起きられればね」


「起こして」


「嫌よ」


「リセ」


「自分で起きなさい」


シェルエリナはベッドへ倒れた。


「王都の朝、早いよ」


「どこでも朝は同じでしょう」


「人が多い」


「それと起きることに何の関係があるの?」


「なんとなく疲れる」


「今日は歩いたからよ」


「戦ったし」


「ええ」


「大きかったね」


「そうね」


シェルエリナは天井を見る。


「でも」


「何?」


「ガイが止めてくれるって分かってた」


リゼリアの手が止まる。


「そう」


「ノクトが先に当ててくれたし」


「ええ」


「リセもいたし」


「いたわ」


「だから」


少し考える。


「いつも通りだった」


リゼリアは鏡越しにシェルエリナを見る。


「そうね」


「明日は普通のワイルドボアだよね」


「依頼書が正しければ」


「今日より小さい?」


「たぶん」


「じゃあ楽だね」


「油断しないの」


「しないよ」


「本当に?」


「たぶん」


「シェリ」


「しません」


「よろしい」


シェルエリナは毛布を引き寄せた。


「ねえ、リセ」


「何?」


「今日の私、格好よかった?」


リゼリアが振り返る。


シェルエリナは期待した顔をしていた。


「……」


「どう?」


「悪くなかったわ」


シェルエリナが起き上がる。


「本当?」


「ええ」


「どのくらい?」


「寝なさい」


「もうちょっと言って」


「嫌よ」


「すごく?」


「寝なさい」


「かなり?」


「シェリ」


「はい」


シェルエリナは毛布へ戻る。


少しして。


「リセ」


「何?」


「おやすみ」


「おやすみなさい」


灯りが消える。


窓の外。


王都はまだ明るい。


遠くから声が聞こえる。


馬車の音。


誰かの笑い声。


フェルムとは違う夜。


けれど。


隣にはリゼリアがいる。


別の部屋にはガイアスとノクトがいる。


明日も四人で依頼へ行く。


シェルエリナは目を閉じた。


「……明日はちゃんと倒そう」


「そうね」


「二体」


「ええ」


「普通の」


「たぶんね」


「王都のワイルドボアじゃなくて」


リゼリアが小さく息を吐いた。


「王都は関係ないわ」


「……そうだった」


少しして。


シェルエリナの寝息が聞こえ始めた。


早かった。


リゼリアは暗闇の中で目を閉じる。


王都で最初に受けた依頼。


ワイルドボア二体の討伐。


その日。


シェルエリナたちは。


傷ついた冒険者を四人助け。


Cランク相当の魔獣を一体倒し。


大量の肉を持ち帰り。


そして。


依頼対象は一体も倒さなかった。


明日こそ。


たぶん。


ちゃんと依頼を達成する。


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