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Cielhelina  作者: 仮定
PR
1/3

シェルエリナたち

Cielhelina


世界が存在し、その中で紡がれる誰かの物語。


この作品は、英雄だけを描く物語ではありません。


名もない冒険者も。

市場で働く人も。

酒場の主人も。


今日という一日を精一杯生きています。


その人生が交わり、

笑い、

悩み、

支え合いながら、

世界は少しずつ歴史を刻んでいきます。


主人公は、その世界を歩く一人です。


世界のために生きるのではなく、

自分の人生を精一杯生きる。


その歩みが、

誰かの人生と重なり、

やがて世界の歴史となっていく。


どうぞ、アルディアという世界を歩いてみてください。

「大きいねえ」


シェルエリナが言った。


返事はなかった。


王都アルディオンの大通り。


朝から人が行き交っている。


荷車が通る。


馬車が通る。


店先では商人が声を張り上げ、道の端では大きな木箱を抱えた男が、前を歩く誰かに向かって何かを叫んでいる。


その横を、籠いっぱいの果物を抱えた女が器用にすり抜けていった。


「大きいねえ」


シェルエリナがもう一度言った。


「聞こえている」


ノクトが答えた。


「じゃあ何か言ってよ」


「大きいな」


「そうでしょう!」


シェルエリナは満足した。


ノクトが少しだけ眉を寄せる。


「俺が言う必要はあったか?」


「あるよ」


「なぜ」


「一人で喋ってるみたいになるでしょう」


「いつものことでは?」


「いつもじゃない!」


「いつもだな」


ガイアスが言った。


「ガイまで!」


「俺は事実を言っただけだ」


「そういうところだよ!」


リゼリアは何も言わなかった。


ただ、少しだけ笑っていた。


「リセも笑った!」


「笑ってないわ」


「今、笑ったよ!」


「気のせいでしょう」


「絶対笑った!」


四人は歩く。


自由都市フェルムを出て。


王都アルディオンへ。


これから王都の冒険者ギルドを拠点に活動するために、四人はここまでやってきた。


けれど。


王都へ来た。


その実感は、城門をくぐったときよりも、こうして街を歩いている今の方が強かった。


人がいる。


とにかく、人が多い。


フェルムにも大きな通りはあった。


市場へ続く道。


冒険者ギルドの前。


祭りの日には、人で埋まることもある。


けれど。


ここは、何もない朝だった。


それなのに、人がいる。


通りの向こうから、荷車が来る。


「おい、そっちじゃない!」


声が飛ぶ。


荷車を引いていた男が何かを言い返す。


「昨日は――」


「今日はこっちだ!」


何が昨日で、何が今日なのかは分からなかった。


二人の横を、細長い包みをいくつも抱えた若い男が急いで通り抜ける。


その先では、店の軒先に布を広げていた女が振り返った。


「そこ、踏まないで!」


「踏んでない!」


「今、踏んだでしょう!」


「端だ!」


「端も商品!」


誰かが笑った。


その笑い声に混じって、別の店から呼び込みの声が飛ぶ。


シェルエリナの顔が動く。


右。


左。


右。


「前を見なさい」


リゼリアが言った。


「見てるよ」


「見てないわ」


「見てる」


「今、屋台を見ていたでしょう」


「道の途中にあったから」


「振り返ってまで見る必要はないわ」


「いい匂いだった」


「朝食は食べたでしょう」


「食べたけど」


シェルエリナは少し考えた。


「王都の食べ物は、王都でしか食べられないかもしれない」


「それで?」


「確認する必要があると思う」


ノクトが言った。


「何を」


「味を」


「食べたいだけだろ」


「違うよ」


「違わないわね」


リゼリアが言った。


ガイアスが振り返る。


「どれだ」


「え?」


「いい匂いの店」


シェルエリナの顔が明るくなった。


「あれ!」


「行くか」


「行こう!」


「行かないわよ」


リゼリアが言った。


二人が止まった。


「なぜだ」


ガイアスが聞く。


「なぜ、ではないでしょう。先にギルドへ行くの」


「店は逃げない」


ノクトが言った。


シェルエリナは屋台を見る。


「売り切れるかもしれない」


「そのときは諦めろ」


「王都って厳しいね」


「王都の問題ではない」


また歩き出す。


その横を、小さな荷物を抱えた少年が駆けていった。


少し先で人とぶつかりそうになり、身体をひねる。


「危ない!」


「ごめんなさい!」


そのまま走っていく。


向こうでは、道端にしゃがみ込んだ老人が何かを直している。


その前を通りかかった女が立ち止まり、少し話し、また歩き出す。


四人はその間を進んでいく。


誰も、四人を知らない。


シェルエリナたちも、誰も知らない。


それでも街は動いていた。


四人が来る前から。


ずっと。


大通りの先に、大きな建物が見える。


一つではない。


遠くには、さらに大きな建物がある。


塔。


屋根。


城壁。


その向こうにも、何かが見える。


シェルエリナは歩きながら、少しだけ上を向いた。


「フェルムだとさ」


「何?」


リゼリアが答える。


「だいたい、あっちに何があるか分かったよね」


「そうね」


「あそこ」


シェルエリナが指を差した。


「何があると思う?」


「知らないわ」


「私も」


「そう」


「その向こうは?」


「知らない」


「私も」


「そうね」


「すごいね」


今度は誰も茶化さなかった。


人がいる。


道がある。


建物がある。


その先にも、また道がある。


知らない場所が、見えているだけでもいくつもあった。


シェルエリナは少し笑った。


「全部行けるかな」


ノクトが言った。


「何日かかると思っている」


「分からない」


「なら言うな」


「でも行けるでしょう?」


「理論上は」


「じゃあ行ける」


「その理屈なら、大陸中どこでも行ける」


シェルエリナが止まった。


「……ほんとだ」


「気づいていなかったのか」


「ノクト」


「何だ」


「いいこと言うね」


「言ってない」


ガイアスが前を見る。


「着いたぞ」


三人が顔を上げた。


冒険者ギルド。


王都アルディオンの冒険者たちが集まる場所。


フェルムのギルドより、ずっと大きかった。


シェルエリナが見上げる。


「……大きいねえ」


ノクトが言った。


「大きいな」


シェルエリナが振り返る。


「今度は早い!」


「学習した」


「えらい」


「腹が立つな」


四人は中へ入った。



音がした。


たくさんの音だった。


話し声。


笑い声。


椅子を引く音。


紙をめくる音。


誰かを呼ぶ声。


奥の方で、何か重いものが床へ置かれた。


どん、と鈍い音がする。


「――だから東は」


人の間を抜ける。


「三日だって? 冗談だろ」


誰かが笑う。


「……まだ帰ってないのか?」


依頼書を持った女が横切る。


「それ、誰が――」


「知らねえよ。聞いたときにはもう――」


少し離れたところで、大きな声。


「だから嫌だって言ったんだ!」


何が嫌なのかは分からない。


その隣では。


「採取なら――」


人の声に消える。


「……五日?」


「聞いてないぞ」


「次の方」


受付から声が飛ぶ。


誰かが前へ進む。


誰かが戻ってくる。


依頼が貼られた大きな掲示板の前には、何人もの冒険者がいた。


一枚の依頼書を見ている者。


何枚も見比べている者。


掲示板ではなく、隣の冒険者が持っている依頼書を覗き込んでいる者。


「それ、楽――」


「報酬が」


「でも――」


人が通り、声が途切れる。


大きな荷物を背負った男が四人の前を横切った。


「悪い」


「あ、はい」


シェルエリナが一歩下がる。


男はそのまま歩いていく。


「――今度は長い」


「いつ戻る?」


「さあな」


人混みに消えた。


シェルエリナは周囲を見る。


「……人、多いね」


「そうね」


リゼリアも見ている。


ガイアスも見ている。


ノクトだけが、少し先にある案内を見ていた。


「王都での活動登録は、あちららしい」


「登録?」


シェルエリナが聞く。


「このギルドで活動するためのものだろう」


「私たち、もう冒険者だよ?」


「知っている」


「Dランク」


「知っている」


「結構すごい」


「自分で言うな」


「フェルムでは有名だった」


「それも自分で言うな」


「本当だもん」


「シェリ」


リゼリアが呼ぶ。


「何?」


「行くわよ」


「はい」


四人は受付へ向かった。


いくつも窓口がある。


すべてが開いているわけではなかったが、それでもフェルムのギルドとは比べものにならない。


人が並んでいる窓口もある。


妙に速く列が進んでいるところもある。


四人は比較的空いていた窓口へ向かった。


受付にいた女性が顔を上げる。


柔らかな雰囲気を持つ女性だった。


「おはようございます」


「おはようございます!」


シェルエリナが答えた。


少し大きかった。


近くにいた冒険者が一人、こちらを見る。


シェルエリナは少しだけ声を落とした。


「……おはようございます」


受付の女性は笑った。


「王都ギルドでの活動登録ですね?」


「はい」


「では、こちらへお願いします」


四枚の用紙が出された。


「所属していたギルド、名前、現在のランク。それから、パーティー内での主な役割をお願いします」


「役割」


シェルエリナが紙を見る。


「剣士、でいいのかな」


「それ以外に何がある」


ノクトが言った。


「前衛」


「なら前衛剣士でいいだろ」


「二つ書いていいの?」


受付の女性が答える。


「はい。普段の役割が分かれば大丈夫ですよ」


「じゃあ、前衛剣士」


シェルエリナが書く。


少しして。


「……字、これで合ってる?」


「自分の役割でしょう」


リゼリアが言った。


「前衛の『衛』が急に分からなくなった」


「見せなさい」


「これ」


「合ってるわ」


「よかった」


その隣で、リゼリアはすでに書き終えていた。


ガイアスも書いている。


ノクトは最後まで何も言わず、紙を受付へ戻した。


受付の女性が四枚を確認する。


「シェルエリナさん」


「はい」


「リゼリアさん」


「はい」


「ガイアスさん」


「ああ」


「ノクトさん」


「はい」


受付の女性が紙を揃える。


「皆さん、Dランクですね」


シェルエリナが少しだけ胸を張った。


ノクトが見る。


「何だ」


「別に」


「今、何か言おうとしたでしょう」


「何も」


受付の女性は、もう一枚の用紙を取り出した。


「では、パーティー名をお願いします」


四人が止まった。


「……」


「……」


「……」


「……」


受付の女性が待つ。


シェルエリナがリゼリアを見る。


リゼリアがノクトを見る。


ノクトがガイアスを見る。


ガイアスが言った。


「何だ」


シェルエリナが聞く。


「私たち、パーティー名あったっけ?」


「あるにはあるわね」


リゼリアが答えた。


シェルエリナが少し考える。


そして。


「あ」


思い出した。


ノクトが言う。


「以前のものでいいだろう」


「嫌だよ!」


即答だった。


受付の女性が少しだけ目を瞬く。


「あの時のだって、みんなの名前の頭文字をそのまま四つ並べただけじゃないか~! あんなのはいやだ!」


「お前も賛成しただろう」


「あの時は何でもよかったの!」


「今も決まっていない」


「それとこれとは違う!」


「何が違う」


「今は王都だよ!」


「場所の問題なのか」


「なんかこう……あるでしょう!」


「何が」


「格好いいのが!」


ノクトは少し考えた。


「ないな」


「考えるの早すぎない!?」


受付の女性は急かさなかった。


「後からでも登録できますよ」


「そうなんですか?」


「はい。ただ、パーティーとして継続的に活動されるのであれば、登録しておいた方が手続きは簡単です」


「じゃあ決めよう!」


シェルエリナが言った。


ノクトがペンを取った。


「そうだな」


さらさらと書いた。


「え?」


シェルエリナが見る。


ノクトは書き終えた。


そのまま用紙を受付へ差し出す。


「ちょっと待って!」


シェルエリナが手を伸ばした。


遅かった。


受付の女性が受け取った。


「何を書いたの!?」


「パーティー名」


「それは分かるよ!」


受付の女性が用紙を見る。


一度。


四人を見る。


もう一度、用紙を見る。


少しだけ不思議そうな顔をした。


「……『シェルエリナたち』」


沈黙。


「こちらで、正しいですか?」


「違いますっ!」


シェルエリナが即答した。


周囲の何人かが振り返った。


「声」


リゼリアが言った。


「だって!」


ノクトが言う。


「では決めてくれ」


「今!?」


「今だ」


「急すぎるよ!」


「今まで決めなかった結果だ」


「ノクトだって決めなかったでしょう!」


「だから今決めた」


「それは決めたって言わない!」


「書類上は決まっている」


「決まってない!」


受付の女性が、用紙を持ったまま二人を見る。


リゼリアは額に手を当てた。


ガイアスは用紙を見る。


「分かりやすい」


「ガイ!」


「シェルエリナたちだろ」


「そうだけど!」


「なら合っている」


「合ってるけど違うの!」


「難しいな」


「難しくない!」


ノクトが受付の女性を見る。


「変更は可能ですか」


「はい。今でしたら」


「だそうだ」


シェルエリナが止まる。


「……」


全員が見る。


「え」


「決めて」


リゼリアが言った。


「私が?」


「嫌なのでしょう?」


「嫌だけど」


「なら代案を」


ノクトが言った。


「う……」


シェルエリナは考えた。


腕を組む。


天井を見る。


少し横を見る。


受付の女性を見る。


また天井を見る。


「……」


「……」


「……」


受付の女性は待っている。


ノクトも待っている。


リゼリアも待っている。


ガイアスも待っている。


「……うーん」


何も出ない。


後ろから声が聞こえた。


「――まだ?」


誰に向けた言葉なのかは分からない。


シェルエリナが少しだけ後ろを見る。


列が増えていた。


「……」


前を見る。


「シェルエリナたちで」


ノクトが言った。


「待って!」


「では何だ」


「今考えてる!」


「どのくらいかかる」


「分からない!」


受付の女性が、少し困ったように笑った。


「変更がないのであれば、このまま受け付けますが」


「あります!」


「では、パーティー名を」


「……」


シェルエリナは再び黙った。


「……格好いいのがいい」


「条件が増えたな」


ノクトが言った。


「大事でしょう!」


「早くして」


リゼリアが言った。


「リセも考えてよ!」


「私は、以前のもの以外なら何でもいいわ」


「範囲が広すぎる!」


ガイアスが言った。


「腹が減った」


「今その話!?」


「朝の店」


シェルエリナが止まった。


「……あ」


「何だ」


「忘れてた」


「何を」


「屋台」


ノクトが目を閉じた。


リゼリアが小さく息を吐いた。


受付の女性が、とうとう少し笑った。


そして。


「では」


用紙を揃える。


「パーティー名『シェルエリナたち』で、登録します」


「えっ」


受付の女性の手が動く。


「ちょ、ちょっと」


書類が重ねられる。


「待って」


処理済みの書類が、横へ置かれた。


「待ってください!」


「受理しました」


「そんな!」


シェルエリナが受付台に両手をついた。


「本当に!?」


「はい」


「変えられます?」


「変更手続きは可能です」


「今!」


「一度登録されましたので、変更申請をお願いします」


「そんなあ……」


シェルエリナが崩れた。


ノクトが言った。


「決まったな」


「ノクトのせいでしょう!」


「決めなかったお前のせいだ」


「リセ!」


「私は何でもいいと言ったわ」


「ガイ!」


「分かりやすい」


「誰も味方がいない!」


「いるだろ」


ガイアスが言った。


シェルエリナが顔を上げる。


「どこに?」


ガイアスは三人を見る。


「ここに」


「……」


シェルエリナが止まった。


リゼリアも。


ノクトも。


ガイアスだけが、何を言ったのか分かっていないような顔をしていた。


シェルエリナが少しだけ笑った。


「……そういう意味じゃないよ」


「そうか」


「そうだよ」


「なら知らん」


「もう」


受付の女性が、四人を見る。


「登録は以上です」


「あ」


シェルエリナが姿勢を戻した。


「ありがとうございます」


「はい。王都ギルドへようこそ」


四人は受付を離れた。


すぐ横を、別の冒険者が通る。


「――南門は?」


「今日は――」


声が遠ざかる。


掲示板の前では、まだ誰かが依頼書を見ている。


「それ、昨日も――」


「違う、これは――」


誰かが笑う。


扉が開く。


新しい冒険者が入ってくる。


受付から声がする。


「次の方」


王都の冒険者ギルドは動いていた。


四人が来る前から。


そして。


四人が来たあとも。


変わらずに。


シェルエリナは少し歩いてから、振り返った。


受付を見る。


その向こう。


もう見えない場所に。


たった今、登録された名前がある。


「……シェルエリナたち」


小さく言った。


ノクトが答える。


「何だ」


「呼んでない」


「そうか」


「……変だよね」


「そうか?」


ガイアスが言った。


「変じゃないの?」


「俺たちだろ」


「そうだけど」


リゼリアが言った。


「嫌なら、あとで変えればいいでしょう」


「うん」


シェルエリナは答えた。


少し考える。


「でも、変更申請って面倒かな」


「知らん」


ノクトが言った。


「ノクトが書いたんだから、ノクトがやってよ」


「嫌だ」


「なんで!」


「俺は変更する必要を感じていない」


「私が感じてる!」


「ならお前がやれ」


「むう……」


シェルエリナは受付を見る。


それから。


大きな掲示板を見る。


知らない依頼が並んでいる。


知らない冒険者がいる。


知らない声が聞こえる。


その向こうには、まだ歩いたことのない王都がある。


シェルエリナは前を向いた。


「まあ、いっか」


ノクトが見る。


「いいのか」


「とりあえず」


「そうか」


「あとで格好いいの考えるから」


「期待しないでおく」


「なんで!?」


リゼリアが歩き出す。


「依頼を見るのでしょう?」


「あ、待って!」


ガイアスも続く。


ノクトも歩く。


シェルエリナは三人の後ろを追いかけた。


「ねえ、最初は何にする?」


「まず見る」


「討伐?」


「見る」


「採取?」


「だから見る」


「王都っぽいのがいい!」


「王都っぽい依頼とは何だ」


「分からない!」


四人は掲示板へ向かっていく。


王都へ来た。


新しいギルドへ登録した。


そして。


少し変な名前がついた。


シェルエリナ。


リゼリア。


ガイアス。


ノクト。


四人の冒険者。


パーティー名。


シェルエリナたち。


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