第89話 ラリーの苦悩
「ラリー様、申し訳ありません……」
サラは身を小さくするラリーに頭を下げた。北部出張に急遽同行できなくなったレスターに代わり、サラの出張にはラリーが同行してくれることになった。レスターは先ほどサラを見送ってくれていた。北部出張には毎回当たり前のようにレスターが着いて来てくれていたが、今回ばかりは仕方がない。そう頭では分かっていると思うのだが――……。
「ラリー、サラのことを頼むぞ」
レスターが威圧的に、そうラリーに声をかけていた。引きつるラリーの笑顔と、笑っていないレスターの目を見て、当事者でないサラですらプレッシャーを感じた。
(あんな目で見るなんて――。久しぶりに「鬼の副団長」の顔を見た気がするわ。でも、あんなに厳しい顔を見せた理由は……――)
おそらくは自分が原因だろうと思ったサラは、ラリーに申し訳なく思いつつも、レスターの重苦しい愛を心地よくも感じていた。とは言え、萎縮するラリーは気の毒だった。
「レスターの言うことを、そんなに気にしなくて良いですから」
サラはラリーにそう声をかけた。しかし、ラリーは真面目な性格なのだろう。サラの言葉に緩むことなく、唇をぐっと引き締めていた。
「とんでもありません。副団長の指示通り、サラ様に近付くものはすべて切り捨てる勢いで参りますのでご安心ください!」
ラリーは真顔でそう言った。
「いえ、切り捨てる必要はありませんし、そもそも北部はそんなに危険な場所ではありませんから……」
サラはラリーの真面目さに呆れるように苦笑した。レスターの執務室を訪ねるといつも案内してくれるラリーが気になっていたが、こうして話をする機会はなかった。
(お姉さまとレスターとの仲を疑ってしまったときも、ラリー様が「大丈夫だと思いますから」と勇気づけてくれたんだった。レスターとの付き合いは、長いのかしら……?)
サラはレスターの職場の人間はロージャー団長と、デニスくらいしかよく知らない。
「ラリー様は、レスターとはずっと一緒に仕事をされているんですか?」
「はい! 副団長には私が新人の頃からお世話になっておりますので、6年ほどになります。いまは副団長付きの業務を拝命しておりますので執務室にもよく――」
「そうなのですね。その……いつもレスターを支えていただき、ありがとうございます」
そう言いながら、サラは「妻っぽいせりふ」に自分で顔を赤らめた。
「とんでもございません。副団長は尊敬する上司ですから!」
「そ……そうなのかしら。さっきもずいぶん……その、威圧的だったので、皆さんを怖がらせているのではないかと――」
「――……その、副団長は確かに厳しい方ではありますが、そういうストイックさも尊敬しておりますので」
「そう、ですか。それなら良かったです」
「ただ……サラ様とご婚約されてからは、副団長も大分変わられて」
「――……え?」
「今までは、本当に業務にストイックだったのですが、最近は……。何よりも、サラ様を優先されているのが――。一人の男としても、目指すべき境地と考えております」
ラリーがポリ……と頬をかいて俯いた。サラはラリーの告白に、顔を赤らめた。
(そんな……職場の方にも、丸わかりな態度を――!?)
「そっ……それは、その――。なんというか、ご迷惑を……」
「いえっ! 迷惑ではありません! 副団長の最愛の奥さまをお守りするのですから、身の引き締まる思いです。副団長ほどではありませんが、私もそれなりに剣技も鍛錬しておりますのでご安心ください」
ラリーの真面目さに触れ、彼がどれほどレスターの信頼を得ている部下なのかがサラにもよく伝わっていた。
(信頼できる方を……私の護衛に付けてくれたってことよね)
◇◇◇
「今回はレスター殿ではないのだな」
ラケル団長は馬車から降りたサラとその横に控えるラリーを見てそう漏らした。
「ええ、レスターは緊急の魔獣討伐に」
「そうか。それは……――。なんというか、よく納得されて……」
「レスターも、子どもではありませんから」
サラは顔を赤らめながら、どこでもそういう認識を夫がされていることを自覚した。
(一体どういう風に見えているのかしら……)
「僕はずっと睨みつけられないから良かったよ」
ジャックは「久しぶり」とサラに声をかけた。
「ジャックさん、揶揄うのはやめてください」
ジャックとラケルは目を見合わせて笑っていた。
「王太子殿下は、今回は魔獣討伐で護衛の数が足りませんのでご遠慮いただきましたが、次の機会には同行したいということで」と、ラリーはラケルとジャックに告げた。
「王太子殿下までお越しになるのは緊張するなぁ」と、ラケルは大きな身体を小さくしていた。「そうですね」と、ジャックの方は言葉と裏腹に、あまり緊張しているような様子は見えなかった。二人に案内され、教会を改装した研究所へと赴いた。以前打ち合わせした通りに、もとの教会を生かした作りに改装されていた。
「休みの日には、憩いの場として地域の人も集まってくれているんだ」
以前「祈りの場」として使われていた場所は、いまは「診察室」兼「憩いの場」の役割を担っているようだ。物陰から心配そうに教会の様子を伺っていた地域住民を思い出していた。
(あの人たちにとっても、ここが新たな居場所になっているのかしら……?)
生き生きとした笑顔で説明してくれるジャックの横顔を見ると、地域住民に受け入れられるのは時間の問題だと思っていた。
(ジャックさんに来てもらえて良かった)
研究室には地域採用した若者たちが6名ほど作業をしていた。薬草を天日に干したり、乾燥させた薬草を丁寧に刻んだりと、回復薬作りの下準備を手際よくしている。ラリーに運んでもらった火焔狐の骨粉も倉庫にすべて納品した。これだけあれば、回復薬作りにしばらく困ることはない。
「マリアや僕では回復薬に魔力を込めるだけで精一杯だから、それ以外の作業は手作業にしているんだ。薬草の乾燥には時間はかかるけど、こういうのも案外良いもんだよ」
いそいそと身体を動かす若者たちを、ジャックは穏やかに見た。
「そうね」
サラたちが奥へと足を踏み入れると、鍋を掻きまわしながら魔力を込めるストロベリーブロンドの女性が目に入った。鍋は彼女の魔力に包まれ、ふわっと発光していた。意志の強い瞳は、瞳を閉じられていて見えない。目を開いた瞬間、サラ一団と目が合ったが思い切りプイッと目を反らされた。挨拶もなく、つーんと無視する姿はマリアらしかった。しかし、その後は地域採用の若者たちに作業の指示を手際よくしていた。マリアに質問している姿を見て、彼らの教育はジャックだけではなく、マリアも関わっているのだということが聞かずとも分かった。
お読みいただきありがとうございました!まもなく完結です。ブクマやご評価で応援いただけると嬉しいです。どうぞよろしくお願いいたします。




