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これは責任婚のはずでしたが、初恋の騎士様の愛が重すぎます~部下の責任を取ると求婚してきた副団長が外堀を埋めて溺愛してきます  作者: 青海きのこ


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第90話 初恋の騎士さまの愛が重すぎます(前編)

北方研究所は、想定よりも順調な船出だった。


「次にサラが来るときは、新商品の試作ができるといいな。地元の若者が働きに来てくれているおかげで、市民の生活振りもよく分かるんだよね」


適応能力の高いジャックは、すっかり北方に馴染んでいた。火焔狐(フレアテイル)の毛が織り込まれているセーターがよく似合っていた。


「ねえ、マリアさんも試作品開発に協力してくれるって言うしさ」


研究所を出るとき、奥で作業していたマリアにジャックは話を振った。急に話を振られたマリアは手が止まった。作業を淡々とこなしている様子ではあったが、話は聞いていたのだろう。顔を上げてこちらをチラッと見たが、プイッとそっぽを向き作業を続けた。その様子にジャックは笑いをかみ殺していた。


「こういう感じでさ、まあ、うまくやっているから、心配しなくていいって課長にも言っておいてよ」


ジャックはそっとサラに囁いた。サラも苦笑しながら頷いた。「猛獣使い」を自称しただけはある。「こっちでは、焔耳兎っていう魔獣もかなり獲れるみたいだからラケル団長にお願いして王都への積荷に混ぜてもらったんだ。焔耳兎の骨と角も粉末状にしてくれると助かるよ」と、新薬開発に意欲的なジャックの依頼も受けた。

騎士団に寄って、火焔狐の骨と、焔耳兎の角と骨も積み込み、あっという間に王都への帰路となった。


場所の中から見るノーザンドの街は、雪に覆われた静かな白銀の大地だった。しかし、どことなく以前よりも活気を感じる気もする。ラリーが「ジャックさん、かなり馴染んでいましたね」とサラに声をかけた。王都の研究所のときよりも、伸び伸びとやっているようにも見えた。


「焔耳兎の骨と角は、成分分析をして早めに送ってあげた方がいいかも」


新薬開発に意欲を燃やしているジャックを思い、サラはそう言い微笑んだ。


「レスターももう王都に戻っているかしら?」

「今回の東の国境沿いの魔獣討伐は、大型魔獣が相当数目撃されているということなので、通常であれば1週間以上はかかりそうな気もしますが……」


サラの北部出張は予定通り3日で終え、明日には王都へと到着する予定だ。レスターたちの遠征が1週間以上はかかるという見込みなら、さすがに王都に先に戻っていることは無さそうだ。


「ただ、副団長ですから、ものすごい勢いで魔獣を殲滅させていそうな気もしますが……」


ラリーは帰りの馬車の中で、前回の緊急魔獣討伐の際の話を聞いていたらあっという間に時間が過ぎていた。


◇◇◇


「お帰りなさいませ、奥さま」


ナタリーやエリックなど、ヴィヴィアン侯爵家の使用人たちに出迎えられるとホッとするのが分かった。


(私にとっては、もうここが“家”なのだわ)


アンが用意してくれていたお風呂にゆっくりと浸かり、疲れが癒えていくのを感じていた。


(もしかしたら、レスターが帰っているかもと思っていたけど……さすがにまだ戻らないわよね……。ラリー様も通常は一週間以上かかるとおっしゃっていたし。いくら超人的な力のレスターと言っても、出発してまだ4日だもの)


アンはお風呂場でマッサージをしてくれながら「旦那さまがお戻りになられないと、寂しいですわね」と声をかけた。本音を言えば、アンの言う通りだ。家に帰って来ると、より強くレスターの不在を感じてしまっていた。


「うん、そうね」


ヴィヴィアン侯爵家はすっかりサラにとっても“家”だったが、やっぱり彼がいない家はぽっかりと穴が開いたような感覚はある。


「でも、あまり急いで怪我でもしても心配だし……。何事もなく帰って来てくれれば――……」


以前予定より帰還に時間がかかったときは、一団に多くの負傷者が出たこともあった。レスターは強いし、国王が言う通り“英雄にも近い”存在なのは間違いないのだと思う。でも、だからと言って怪我をしないわけではない。むしろ、責任感の強い彼は部下を守るために、危険を冒すこともありそうだ。そう思うと、早く帰って来てほしいという思いはあるものの、やはり安全第一で業務に当たってほしい思いが強い。


「そうですわね。旦那さまなら、ちょっとやそっとで、お怪我はなさらなさそうでもありますが……」


アンの言葉にサラもふふっと笑った瞬間――。階下からバタバタと慌ただしい音が響いた。ナタリーの「旦那さま!?」という驚きの声が聞こえ、アンとサラはパッと顔を上げた。


「え? まさか……」

「でも――」


(だって1週間以上はかかるはずだし……でも、いま確かに「旦那さま」という声が……。どういうこと?)


慌てて風呂から出ようと立ち上がると、慌ただしい足音が浴室に近付いて来たかと思うと、突然扉が開け放たれた。


「サラ! ただいま。いま戻ったよ!」

「レ……レスター……!?」


間一髪、アンがサラの裸体をタオルで隠してくれていた。夫婦と言えど、突然浴室の扉を開けるのはどうだろうかと思うよりも前に、「旦那さま、奥さまの許可も得ずに浴室の扉を開けるのは紳士のなさることとは思えませんね」とナタリーに叱られていた。


「ああ、すまない! サラにすぐに会いたくて、つい」


ナタリーに叱られたレスターは、バツが悪そうに口元をひとさし指で掻いた。眼前のレスターは、頬にも服にも血しぶきを受け、赤黒く汚れていた。サラは慌ててレスターに駆け寄った。


「また、どこか怪我を――?」

「あ、サラ、汚れるから……」


ペタペタとレスターの身体に触れ、異常がないかをサラは確認していた。そんなサラの様子に、アンとナタリーは微笑ましく微笑んだ。


「サラ……これは魔獣の返り血だから大丈夫だ。あんまり触ると、折角洗ったのに汚れるから」

「旦那さま、仕方ありませんから、このまま湯あみをなさってはどうですか?」


ナタリーはそうレスターに声をかけると、返り血で赤茶色に汚れるボロボロの騎士服を持って行くと「奥さま、申し訳ございませんが、旦那さまをお願いします」と、アンと共に下がった。サラはレスターと浴室に戻ると、彼の身体に新たな傷がないかを確認しながら丁寧に身体を洗った。先ほどアンにしてもらったように、急いで帰って来たであろうレスターの身体を少しでも癒したかった。


「ラリー様が……通常1週間以上はかかるとおっしゃっていたから、まさか今日お戻りになるとは――」

「君の戻りが今日だったから」


レスターは、なんでもないことのようにサラリと言った。


「だからと言って――。いくらレスターだって、無茶をして怪我をしたらどうするの? 私は子どもじゃないんだから、レスターの帰りを待つことはできるわ」


今回もまた尋常ではないスピードで魔獣討伐を終わらせて来たであろうレスターを嬉しく思いながらも、素直に喜べない部分もある。


「一緒に同行している騎士の方だって、こんな強行スケジュールでは……」


この前の強行軍のときも、同行騎士たちは自宅に戻る気力もなかったはず。馬車の中でラリーから聞いた魔獣討伐強行スケジュールは想像以上だった。レスターに同行させられる騎士たちの身体のこともある。


「それは……」


ナタリーにも、サラにも叱られ、レスターは反省したように眉を下げた。


「分かっては……いるんだが――。サラに、早く会いたくて……」


「止められなかった」というレスターに、サラの胸の鼓動が激しく高鳴った。


「そんなの……私だって――」


サラは後ろからレスターを抱きしめた。お互いの素肌が直接触れ、胸の高鳴りも、身体の熱も、全て隠すことができなかった。レスターは後ろから抱きしめるサラの唇に、自分の唇を寄せた。レスターの熱がそのまま伝わるような情熱的な口づけだった。そのままレスターに抱えられながら、主寝室のベッドへと連れて行かれた。レスターは壊れ物を扱うような慎重さで、そっとベッドにサラを横たえた。


「……レスター。今回は、怪我はなくて良かったけど――本当にあまり無理をしないで。魔獣の新薬だって万能じゃないんだし、そもそも痛い思いなんてしてほしくないの」

「分かっている。気を付けるよ」

「本当に、絶対約束よ」

「ああ。それより――もう、抱きしめていい?」


「限界だ」というレスターの掠れた声が、耳の奥で響いた。サラは、自らレスターの首に腕を巻き付けた。レスターはサラに応えるように、抱きしめる腕に力を込めた。


「北方では……何も、なかった?」

「うん。順調そうだったわ」

「君に近付こうとする不埒な男は?」


冗談とも本気ともつかない様子で、レスターは鋭い視線を向けた。

サラはそんなレスターに思わず笑ってしまった。


「大丈夫よ。ラリー様があなた以上に気遣ってくれていたわ」

「そうか。それは何よりだ。俺以上に警戒を怠らなかったとは、ラリーのことは褒めておこう」


満足そうにレスターは笑った。その後も、会えなかった時間を埋めるように、サラとレスターは話しながら、口づけを繰り返した。頬に、おでこに、まぶたに、肩に、首筋に――次々と優しい口づけがサラの身体に触れた。二人の体温を分け合うような時間の果てに、二人は溶けあうように眠りについた。

久しぶりに感じたレスターの熱に浮かされ、サラは朝日が差し込むと同時に目が覚めた。窓から漏れる朝日が、レスターの金色の髪をキラキラと照らしている。夜通し馬を走らせて帰って来たレスターは瞼を閉じていた。いつも警戒を怠らない彼の安らかな寝顔は、珍しい。身体は疲れているはずなのに、頭は妙に冴えていた。


(本当に――……無茶ばかりするんだから)


サラは陽光に照らされるレスターの髪にそっと口づけた。


「レスター……お帰りなさい」


サラがそう小さく呟くと、レスターの碧の瞳が静かに開いた。


「……ただいま、サラ」


そういうと、レスターはサラを抱きしめ再び瞼を閉じた。サラの腕に巻き付いたレスターの腕の重みが、これ以上ないほどサラに安心感を与えていた。

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