第87話 溢れる思い
「サラ、本当に幸せそうで良かったわ」
ヴィヴィアン侯爵家の面々を見送ったあと、帰り際にサラはユーニスに抱きしめられた。隣では「俺も、俺も」と騒がしいローレンスは、父に押さえつけられていた。
「ようやく誤解が解けたようで良かったわ。私も長年レスターにあなたのことを相談され続けて困っていたのよ」
ユーニスがサラにそっといたずらっぽく耳打ちした。
「ドレスのサイズや指輪のサイズもぴったりだったでしょう?」
「ドレスのサイズ……?」
初めてプレゼントされた夜会のドレスが、短期間にも関わらず自分のサイズで用意されていたことも思い出した。不自然なほどにぴったり自分の指にはまる指輪の謎が、ユーニスの意味深な笑みで解けた。
(そういう……こと?)
「いつ渡すのか分からないドレスやあなたへの贈り物が、溜まっていたんじゃない?」
サラは自分の部屋に用意されていたドレスや宝飾品を思い出していた。
(確かに、すごい量だと思っていたけれど――)
「ちょっと重たいかもしれないけど、あなたへの愛は本物だわ」
そう言うと、ユーニスはサラに微笑んだ。
「じゃあね、サラ。今度は我が家に来てちょうだい」
そういうと、シミオンの腕を愛しそうに抱きしめた。「サラ、俺の執務室にもたまには顔を出してくれ」と騒ぐローレンスを父は引きずるように馬車に乗せた。
「相変わらず騒がしい男だな」
レスターはモンロー子爵家とハーヴィー伯爵家の馬車を見送りながらそう呟いた。
『ああ。君が思うより、ずっと前から、俺は君に恋していた』
以前、レスターに受けた告白の言葉を思い出していた。確かにレスターは私をずっと好きだったと言ってくれていた。あの告白はもちろん、サラの言葉の奥深くに響いていた。あれ以来、以前のようにレスターの思いに不安を感じることは、もうない。サラは自分の私室に戻り、クローゼットの中のドレスを、引き出しの中に用意された宝飾品を、眺めた。不自然なほどに自分好みに整えられた部屋を隅々まで見た。贅を尽くされたその贈り物の全てが、サラの中で新たな意味を持ち始めた。サラはレスターが初めて贈ってくれた夜会のドレスを抱きしめた。サラはずっと見守り続けてくれたレスターの愛を、心の底から感じることができていた。
◇◇◇
「サラ、今日は夕食会の主催、お疲れ様」
レスターはサラを膝に抱き、頭に口づけを落とした。サラはレスターの愛の深さを改めて実感していた。
「ヴァルグの料理は、みんな気に入ってくれたようで良かった。母上がお茶会でレシピを広めてくれるって話だったし、貴族たちの中でも魔獣料理が広がっていくだろうな。ああいうことは得意な人だから」
レスターは嬉しそうに今日のことを振り返った。
「薬の製造のためにも魔獣の解体はすることになるから、肉も無駄なく使えた方が良いし、魔獣を解体する言い訳にもなる」
新薬に魔獣を利用していることは戒厳令を敷いている。魔獣を食料に利用するということが一般化すれば解体することに対する疑問も回避することはできる。レスターはどこか上の空のサラを不思議そうに見た。
「サラ、どうかしたか? 疲れたか?」
「え? あ……ううん」
サラはレスターに顔を覗き込まれて、顔を赤らめた。レスターの碧の瞳に、ぼんやりとした顔を自分が映っているのが見えた。「体調でも悪いのか?」と、レスターはサラのおでこに手を当てた。
(今日の夕食会でも、私のことをずっと気にかけてくれていた。あまりに褒めるからちょっと恥ずかしかったけど……)
「今日は早く寝た方がいいかな?」
サラは小さくかぶりを振った。
「あまり無理はしない方がいいぞ」
「無理じゃなくて……」
「どうかしたか?」
サラは潤んだ瞳で、レスターの唇にそっと自分の唇を寄せた。レスターはそんなサラの様子に驚いたようだった。触れるだけのキスを繰り返したあと、サラはレスターに自ら深い口づけをした。レスターもサラの熱情に応えた。しばらくして唇を離したとき、サラもレスターも呼吸が苦しくなっていた。「サラ」と呼ぶレスターの擦れた声が、サラの耳に心地よく響いた。
「レスター……ほしいの」
サラの細い指がレスターの背中に食い込んだ。
「いいのか?」
レスターの興奮した声が、サラの鼓膜を震わせた。サラの返事を待たず、レスターの手はサラの夜着を脱がせにかかっていた。サラもレスターの情熱に応えるように、レスターの夜着のボタンを外した。
このまま、レスターの愛に満たされたかった。諦めていたはずの恋だった。でも、こうして彼の愛を実感し、彼の愛で心は満たされていた。いまは――。器から溢れだす愛を、もうどうして良いか分からなかった。レスターの愛で溺れてしまいそうだった。いや、もうずっと前から溺れていたのかもしれない。サラの心に、止められない思いが宿るのを感じた。上着を開けさせたレスターの胸を、サラは唇を寄せた。サラの動きに合わせて、レスターの身体に律動を感じた。
「あっ……サラ、どうか……したのか?」
サラは「どうもしてないわ」と答えた。しかし、レスターはいつもと様子の違うサラを不思議に見た。サラはそんなレスターを見ながら、「ただ……あなたのことを、愛していると思っただけ」と笑った。レスターはサラの告白に、顔を赤らめた。
「そっ……そうか。それは――……嬉しいけど、何かあったのか?」
「何もないわ。ただ、あなたの愛に……今更気が付いただけ」
「……気が付いた?」
「お姉さまが、ずっとレスターの相談に乗っていたって……」
「あ……ああ、そのことか」
「不思議なことがたくさんあったの。初めてくれたドレスも、指輪も、この屋敷の私の部屋も――」
サラは主寝室に並ぶ二匹のくまのぬいぐるみを見た。
「ずっと、恋していたと言っただろう?」
サラはこくんと頷いた。
「――……贈るか分からない君へのプレゼントをずっと作っているなんて、怖くなった?」
サラは自嘲気味のレスターに、大きくかぶりを振った。そして、ぎゅっとレスターを抱きしめた。熱いレスターの体温に、安心感を得た。
「私――……あなたに相応しい女性に、少しは慣れているかしら?」
「……それは、俺の台詞だよ。サラ」
レスターはサラの細い身体が折れるほど、抱きしめた。
「君がどんどん色々なことを成し遂げて行くから、置いていかれないように俺も必死だ」
“英雄に最も近い男”と国王に言わしめた男が、「絶対に離さない」とでもいうように、サラをきつく抱きしめた。その腕の強さを、サラは心地よく感じていた。
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