第84話 レスターの焼きもち
「んっ……レスター……ちょっと、苦し……」
屋敷への帰路の馬車の中、レスターはサラを膝に乗せ、激しい口づけを続けた。
夜会の途中から、なんとなく不穏なオーラを放ち始めたと思っていたが、一体何があったというのか。戸惑うサラはお構いなしに、獰猛な獣のような目で迫っていた。
(なんで……こんな状態になっているの? 私、何かした? それとも――)
レスターの口づけは、お酒の味がした。
「もしかして……酔っぱらって……?」
レスターはサラの口を貪りながら、呆れたような目を向けた。
「前も言ったが――……これくらいで自分を失うほど酔わない」
「でも――」
(じゃあ、なんだってこんなに……)
サラの戸惑いに、レスターは唇をようやく離した。レスターの唇についたサラの口紅を、サラはハンカチでそっと拭った。サラに唇を拭われながら不服そうにしている姿は、少年のようにも見える。
「レスター、なんか……怒っているの? どうしたの?」
「……――から」
レスターはサラの問いかけに、ぼそっと何かを答えた。が、横を向いているうえに、声が小さすぎて何を言っているのか全く分からなかった。
(やっぱり不機嫌だったみたいだけど、理由はよく分からない。今日はエルトン様との絡みはあまりなかったし……)
レスターの目をじっと覗き込むと、レスターは少しバツが悪そうにした。
「……このドレスにしなければ良かった。やっぱり、ドレス選びなんて、口を出すんじゃなかった」
レスターは、自ら選んだドレスを忌々し気に見た。
「え? どうしてそんなこと……? 似合っていない?」
(マチルダも褒めてくれたし、レスターが選んでくれたかわいいドレスを、自分自身でも気に入っていたのに)
「似合っている! 可愛い!」
レスターは眉をしかめながら褒めた。
「しかし――……そのせいで、ろくでもない男たちが……」
「……ろくでもない……?」
「いただろう! 俺が少し目を話した隙に、君をダンスに誘ってきたり、声をかけたりしてきた馬鹿な男どもがっ!」
レスターは外にも聞こえるのではないかと思うほど、声を荒げた。
「え……でも、レスター、あれはただ新薬の話とか、レスターのこととかを聞かれただけで……」
レスターが言うように、国王への挨拶が終わったあと、何人かの男性には声をかけられた。普段の夜会ではないことなので驚きはした。しかし、考えてみれば今日は功労者として出席しているのだから、参加者にそのことを聞かれるのはけしておかしなことではない。もちろん、男性以外にも女性からも声をかけられた。女性の場合は、主にレスターのことを聞かれてしまったけれど……。
(まさか、そのことで怒っているとは思わなかった。……考えてみれば、レスターが近付くと、男性たちはあっという間にいなくなっていたような気も……。まさか、ラケル団長が言うような目を、夜会でもしていたのでは……)
「新薬や俺のことなんか、ただの口実だろう。あんなデレデレした顔で君に近付いているのに、君は全然警戒心がないし……。俺がどれだけ、くだらん虫を追い払ったと思っているんだ」
「そんな……――」
(“地味令嬢”と言われ続けた私が? レスターと婚約する前なんか、万年壁の花過ぎて王宮の壁の模様を覚えちゃった私が? それはいくらなんでも――)
「レスターは私のことになると、兄と同じで目が曇っちゃうのよ」
「――は?」
「自分で言うのも悲しいけど……。私をそんな目で見る男性なんて、今までも全然いなかったのよ。いまはレスターの妻だし、今夜は新薬のこともあったから少し声をかけられただけよ。正直、レスターがそんな嫉妬してくれるのは……ちょっと嬉しいけど、そんな心配しなくても本当に大丈夫よ」
レスターはそういうサラを見て、頭を抱えてため息をついた。
「……そんなんだから――」
レスターは恨みがましそうにサラを見た。
「なに?」
「いい。君がそんなだから、他の男に護衛を任せるなんてできないんだ」
「え?」
また、ぶつぶつとレスターが文句を言った気がするが、レスターのそのつぶやきはサラの耳には届いていなかった。レスターはサラの手を持ち上げると、サラの指にはまる自分の瞳と同じ石を確認するように見た。この指輪は、前の夜会のときにレスターにプレゼントされたものだった。
「この指輪が目に入っていない、馬鹿な男どもが悪い」
そういうと、サラの指輪にレスターは口づけを落とした。そして、視線をあげると妖精のように愛らしく、悪女のように妖艶なサラが目に入った。
(着飾るようになったサラは可愛いけど……――。前のように、化粧や流行に少し鈍感なサラに戻ってほしいと思うのは……愚かな夫の独占欲なのだろうか。彼女が可愛く着飾るから、見た目につられた愚かな男どもが寄って来るんだ。サラの目には、自分だけを映しておきたいのに……)
レスターはサラの胸に顔を埋めながら、ギラギラと独占欲を募らせていた。サラはそんなレスターの思いを分かっているのか、いないのか、子どもをあやすように、レスターの頭を撫でた。
「ね、レスター。ヴィヴィアン侯爵家とハーヴィー家を呼ぶ夕食会の件だけど、モンロー子爵を呼んでもいいかしら? お姉さまにもお会いしたいし。レスターは他に呼びたい人はいる?」
「……別に――」
レスターは、まだ不機嫌を隠さない声音で答えた。
(今日はずっとこうなのかしら? どうしたらいいか分からないけど、ちょっといつもと違ってこういうレスターも可愛いかも……)
レスターの思いとは裏腹に、サラは呑気な気持ちでレスターをあやし続けた。
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