第83話 王宮の夜会、ふたたび
「レスター・ウェズリー・ヴィヴィアン侯爵、サラ・ジャスミン・ヴィヴィアン侯爵夫人の入場です」
レスターと共に入場すると、会場中の視線が集中した。
(覚悟はしていたけれど、こんなに見られるのは、あのとき以来だわ……)
サラは婚約前にレスターと参加した夜会を思い出した。
「ヴィヴィアン侯爵は、長年に渡る魔獣討伐の功績を、ご夫人は新薬開発の功績を称えられご夫妻揃って栄えある功労者に選ばれております」
司会者の紹介で、さらに大きな拍手が会場で巻き起こった。サラは下を向きたくなる思いをこらえて、背筋を伸ばし軽く微笑んだ。
(ああ、顔が引きつりそう……。やっぱり社交は――……)
サラは社交用の微笑を称えたまま、隣に立つ夫を見た。レスターは相変わらず、全く動じた様子もなく、いつもの澄ました顔をしていた。
「副団長の奥さまがそんなに優秀な研究者だとは知らなかったわ」
「ただの地味な子なわけがないのよ。副団長と結婚できるくらいなんだもの」
「言うほど地味か? かわいいじゃないか。女たちのただのやっかみだろう?」
相変わらず、貴族たちの不躾な視線に晒され、彼らの囁き声が漏れ聞こえる。
(でも、あの頃よりは多少は好意的な声が増えた気もする……)
今日は王家主催の夜会だ。有力貴族たちや、王国への貢献度が高かったものが身分を問わず功労者として称えられる。だから、今日は――。
「マチルダ!」
会場ですぐにマチルダが目に入った。マチルダをエスコートしているのは、マチルダの夫のアーリーだ。マチルダは華やかな深紅のドレスを身に付けていた。アーリーは黒のタキシードにチーフやタイを深紅のものでそろえていた。
「サラ! レスター様」
マチルダは花のように微笑んだ。3課からは新薬開発功労者ということで、サラとマチルダが選出された。もちろん、1課からはエルトン、ハンネス、2課からは記録用魔道具の開発が評価されデリックも招待されていた。
「良かった。サラたちに会えて。こういう夜会は初めてだから、どうしたら良いか分からなくて緊張していたのよ」
マチルダの言葉にアーリーも「うん、うん」と頷いた。
「私だって、貴族だけど夜会は苦手よ。レスターと婚約する前は、大体壁の花だったから、マチルダの好きそうな食事は教えられるけどね。それにしても、そのドレス、やっぱり素敵ね」
功労者の衣裳は王宮で用意してくれることになっていた。王宮の仕立て室で、マチルダとサラは一緒に用意してもらっていた。
「サラのも可愛いわ」
サラのドレスは、レスターの瞳のグリーンと淡いピンクのグラデーションのものだった。パステルカラーのドレスはふんわり広がってかわいい印象だった。
(レスターと結婚してからは大人っぽいものを選ぼうとしていたから、こういうドレスは久しぶりだわ)
試着の際、もう少し大人っぽいデザインや色を選ぼうとしたら、珍しくレスターにこのドレスを強く勧められた。
(前だったら、子ども扱いされているって思ったかもしれないけど……)
サラは王子様のような白いタキシードに、淡いグリーンのチーフとタイを身につけるレスターをチラッと見た。
(本当にこういう服装だと、おとぎ話の王子さまみたい……)
「おお! サラ、マチルダ、レスター!」
エルトンの声が聞こえた瞬間、レスターの表情は心なしか固くなったが、エルトンはいつもと変わらぬ様子でデリックとハンネスを引き連れて賑やかに現れた。なんだかんだと、変わらぬメンバーと集まっていた。
「デリック様の複写用の魔道具は、一般利用はまだされないんですか?」
サラの質問にデリックは、「うーん」と難しい顔をした。
「上からは、まず記録用魔道具の方を進めるように言われているんだ。あれも一般利用というよりかは、限られた場所での活用になりそうだけど……」
記録用魔道具は、マリアのときのような例がある。犯罪を炙り出すことにも向いているだろうから、一般流通というよりは、そういう需要が優先されるのかもしれない。
(レスターがいないときの寂しさは、まだぬいぐるみで癒すしかなさそうだわ)
サラはデリックと話しながら、密かにそんなことを考えていた。
「レスター! サラ!」
ローレンスと、レスターの兄・シリルと、妻のアナベルが一緒にいた。
「サラ、寂しかったよ。全然家に帰って来ないから」
相変わらずのシスコンぶりを発揮して、ローレンスはサラを抱きしめた。と、思うと、レスターがすぐさまローレンスをサラから引き剥がした。
「なんだよ、レスター。少しくらいサラを補給させろよ」
「俺の妻に変なことをするな」
「俺はサラの兄だぞ。どれだけお前に協力したと思っているんだ」
レスターはローレンスから守るように、サラを自分の横に戻した。
「本当に嫉妬深い男だな。サラ、帰ってきたくなったらいつでも帰って来るんだぞ」
「余計なことを言うな」
「レスター、ローレンス殿の言うことも最もだぞ。お前、我が家にもサラを連れて来ないから母上がお怒りだ」
「なんだって母上の機嫌を取らなければならないんだ。こっちはこの前まで北部に行ってきたばかりで疲れているんだ」
「お前と来たらいつもそうだろう。遠征だ、出張だと言っては家に寄り付かない」
シリルはヴィヴィアン家の命を受けて来たのか、兄としての指導をしていた。
が、この小言は毎度のことなのか、レスターは聞き流しているようだった。アナベルは、サラに「新薬開発なんて、本当にすごいわ」と声をかけてくれた。そして、シリルの小言を「ごめんなさいね。レスターとサラにみんな会いたくて……ついね。二人が忙しいのは分かっているんだけど」と言った。
(レスターとの生活や、新薬のこと、北部研究所のことで、すっかり両家のことを忘れてしまっていたわ。本当は私が妻として、こういうことは取り仕切るべきだったのではないかしら……)
サラはハッと気が付いた。
「レスター」
シリルの小言を聞き流していたレスターが、サラのつぶやきには即座に「ん?」と反応した。
「屋敷に今度両家を呼んで、夕食会でも開いたらどうかしら?」
サラの提案に、ローレンス、シリルは満面の笑みを、レスターは引きつり笑いを浮かべた。
「さすがはサラ! 良い提案だな!」
「サラ~。嬉しいよ。俺は……! レスターじゃ全然話にならないから」
そう言って再びサラに触れようとローレンスは手を伸ばしたが、その手はレスターに払われていた。
「サラ、北方研究所の準備も忙しいのに、夕食会の準備までしたら……」
レスターが心配をして眉根を寄せた。
「私、レスターの妻としても頑張りたいって思っていたのに……新薬や研究所のことばかりにかまけていたことを反省しているのよ。家族を呼んでの夕食会だったら、他家を呼ぶ晩餐会よりも敷居は低いし。ナタリーにもニックにも手伝ってもらうから」
そう言うサラに、レスターははぁとため息をつきながら、両家の兄に「近いうちに招待状を送ります」と声をかけた。満足した兄たちは、上機嫌に去って行った。
「サラ、あまり無理をしないように。俺も一緒に準備をするから」
そう言いながら、国王への挨拶に赴いた。今回は功労者たちが集まり、国王ご一家が声を掛けてくれる形式だった。
「ああ、レスター。意中のお嬢さんとはめでたく結婚できたようで何よりだよ」
国王はレスターとサラの顔を見て、柔和な笑みを浮かべた。
(前回国王と話したときには、レスターはのうのうと『口説いている最中だ』と言い放ったんだった。覚えられていると思うと……恥ずかしい)
顔を赤らめていると、国王の後ろから王太子が何やら耳打ちをした。王太子の耳打ちを聞いて国王が声をあげて笑った。
「レスターがそんな甘い夫になっているとは……」
一体何を言ったのか、国王がさらに優しい笑みを浮かべて二人を見た。
「サラ、北方研究所の話も聞いている。君の発想には、多くのものが期待を寄せている」
「こ、光栄に、存じます」
「レスターのことも、頼んだよ。彼は我が国の英雄に、いま最も近い男だ」
国王はサラの耳にそっとそう囁いた。レスターにも、国王の声は聞こえたのだろうが、彼はその言葉に眉一つ動かすことはなかった。
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