第81話 教会
今回明け渡す予定の教会は、ノーザンドの都市の中心にあるこのエリアの中では3番目に歴史が深い教会だった。
「すばらしい作りですね。ステンドグラスもこんなに惜しみなく……」
教会の窓枠には、教会の権威を示すように高価なステンドグラスが惜しみなく使用されていた。室内に描かれた女神の壁画や女神像も、王都の教会とも引けを取らない、いや――それ以上のものだった。
「ええ。北部は王都と比べると、芸術に触れる機会も少ないですから。この教会の建設を勧めた当時の司教は、この教会が領民たちの心を癒す場所になれば……ということで、教会全体の作りもそうですが、壁画やステンドグラス、彫像にまで拘ったと言われています」
この教会を管理していた司教が、そう一団に説明した。手放すこととなった教会を、アネス司教は眩しそうに見上げていた。
「そういったものは残るようなかたちで、改装するのも良いかもしれませんね」
サラはアネス司教の言葉を受けて、ラケルにそう言った。一団と同行した職人頭も「この場所を生かした改装は問題なくできますよ」と愛想なく言った。アネス司教はそんな言葉にホッとした顔を見せたが、「まあ、私は改装には口出しはしませんが、研究所の機能を優先させてお考えください」というラケルの言葉には口元を引き締めた。
教会に入る前、教会から少し離れた位置から、地域住民たちが心配そうに様子を伺っているのが見えた。
(私たちは、この地域の人にとっては教会を奪い去る悪人に見えているのかもしれないわ)
サラは住民の視線からそんなことが過った。レスターやラケルが、集まった住民にチラリと視線を向けると、怯えたような目をしていた。サラはそんなことを思い出しながら教会の室内を見回した。
「この広さはいいですね。多くの領民が来ても対応できそうです」
「はい。いまも地域住民や騎士たちの治療は、まずはここで行っていますから」
「そうでしたか」
この教会は騎士団から最も近い。だからこそ、この教会が研究所として使用されることになったのだ。魔獣討伐で傷ついた騎士も、ここで彼ら司教たちの治癒魔法を受けていたのだろう。
「ラケル団長にも、治療にお越しいただいたことはありましたね」
「――そうだな」
アネス司教は懐かしむようにラケルを見たが、ラケルは情にほだされることはなかった。
「ここの椅子は撤去して、フラットな空間が良いかもしれません」
「祈りのための椅子を取り外すのですか?」
アネス司教は、サラの言葉に反応し眉根を寄せた。
「……多くの人々を教会内に入れるためです」
「しかし、この椅子ひとつ一つにも彫刻が刻まれていて非常に価値のある……」
アネス司教がいうように、椅子の背には北部の植物をモチーフにした柄が彫られており、美しい椅子であることは間違いなかった。
「アネス司教、あなたにはここの案内を頼んだだけだ。あなたの意見は、求めていない」
ラケルはアネス司教にぴしゃりと告げた。
「……――失礼、いたしました……」
アネス司教は、あふれ出す思いを飲み込むように口をつぐんだ。
「この椅子は……――確かに素敵な椅子ですね」
サラの言葉にアネス司教がパッと顔を上げ、ラケルは眉根を寄せた。
「サラ殿、一々司教の言葉組んでいては……」
「ラケル団長、この椅子はここから撤去はしてもらいます。でも、撤去した椅子は待合の椅子としても活用できるのではないでしょうか?」
サラが職人頭に確認するように目を向けた。
「椅子を別で活用することは可能です。かなり頑丈な椅子なので、新たな椅子を作るよりも良いかもしれませんね」
サラの思いが伝わったのか、職人頭の目尻の皺が刻まれた。
「では、その方向でお願いします。同時に治療をすることや、重篤者のためにも、ベッドや衝立もほしいですね」
サラのその言葉に、アネス司教は少し明るい表情で、「衝立は奥の部屋にかなりの数があります。この椅子と対のなるようなデザインで作られたもので……」と嬉々と語った。
そんなアネス司教の様子に、ラケルは「やれやれ」という顔をしながらついて行った。アネス司教や職人たちと相談をして教会を出ると、外は陽が暮れ始めていた。朝日に照らされる教会も美しかったが、夕焼けに染まる教会はまた幻想的だった。
サラ達一行が教会を出たとき、朝見かけた住民たちとはまた違う住民たちが様子を伺っていた。アネス司教や職人たちと別れを告げ、サラが馬車に乗り込もうとした瞬間――。少年少女が連れだって3人こちらへ駆けて来た。レスターはすぐにサラと少年少女の間に立った。レスターの視線に少年少女は怯えるように目配せをしたが、そのうちの一人の少女がサラに「教会を――……壊すのでしょうか?」と聞いて来た。少女は祈るように手を前で組んでおり、その手が微かに震えているのが分かった。サラはレスターに目配せをし少し離れてもらい、少女に向き直った。
「教会を、壊す予定はないわ」
サラの言葉に少年少女たちは喜んだ顔をしたが、すぐに疑いの表情を向けた。
「でも……お父さんが、あの、教会を没収して……王都の人たちが、北部に何かを作るつもりだって……。軍事施設を新たに作られると……、ここはますます他国に狙われる地域になってしまうし……。この教会だって、ずっと地域の人たちの治療に当たってくれていて。そういうものがなくなってしまうと、私たち――」
消え入りそうな声で、大人たちから聞きかじった噂を少女は説明した。
(そうか――。この地域は、常にそういう危険に晒されていたんだ。新たに、何かを作るといえば要塞としての施設しか想像ができないほどに……)
夕陽に赤く照らされた少年少女の顔を、サラは優しく見つめた。サラはラケルをチラッと見た。ラケルはサラの意図を理解するように、こくんと頷いた。
「……ここには、診療所ができるのよ」
サラの言葉に、少年少女は驚きに目を見開いた。
「診療所……? でも、そういうものができたって……司教様や司祭様のように治療魔法を使ってくれる人がいなければ……」
「ここでは、薬で治療をする施設を作るの。貴族や騎士たちだけではなくて、あなたたちも利用できるような診療所にしたいと思っているの」
「でも、薬は高額だし……」
「そうね。それは……私たちも頑張らなきゃいけないわね」
サラは少年少女たちの不安を振り払うよに、にこっと笑った。
「司教様や司祭様の治療魔法は、引き続き他の教会でも受けられるわ。でも、ここでは薬による治療もできるようになる。安心して。みんなの教会を壊す目的じゃないわ」
「本当?」
サラはこくんと頷いた。
「じゃあ、あなたたちが大人たちも伝えてくれる?」
木陰から様子を見ている大人たちを、サラはチラッと見た。サラの言葉に、少年少女たちは大きく頷き、「分かった!」と駆けて行った。子どもたちを見つめるサラの傍らに立つレスターが「また、勝手に住民たちを味方につけたな」と声をかけた。その声音に呆れたものを感じ、サラがパッとレスターを見上げると、レスターは眩しそうにサラを見つめていた。夕陽に照らされたレスターは、彫刻のように美しかった。
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