第80話 マリア
「どういうつもり……?」
忌々し気にマリアはサラを睨んだ。
再会は騎士団の応接室、デニスだけではなく、ラケルやレスターも同席した。
が、マリアは既に取り繕うつもりももうないとばかりに感情を露わにしていた。
「どういうって……――」
「マリア、ヴィヴィアン侯爵夫人は北部のことを思って……」
冷ややかな時間が流れたサラとマリアの間に、デニスが立った。
が、そのデニスの言動は火に油をそそいだ。
「私には関係ない! なんだって、こんな女の発案に従わなきゃらないのよ!」
サラを睨みつけると、マリアはデニスの上司であるラケルに挨拶もなく、応接室から飛び出た。デニスは上司に非礼を詫びながらも、婚約者のあとを追いかけた。
マリアとデニスが立ち去ったあと、ラケルがため息をついた。
「一筋縄では行かなさそうだな」
「思ったよりも元気そうで良かったです」
そう笑いながらお茶をすするサラにラケルは声をあげて笑った。
「確かにそうだ! 自宅に籠りっぱなしということだったが――……うん、中々元気そうで何よりだ」
レスターは二人が出て行った扉に目をやり口を開いた。
「デニスが……――北部にランドンを連れて行くと聞いたときも驚いたが、ああなった今も見捨てずにいるのは意外だったな」
以前のマリアは、分かりやすく男性に媚びを売る女性だった。でも、先ほどの様子を見ると、いまのマリアはそうでは無さそうだ。扱いにくい女性だと思われてもおかしくない。
「さほど絆は深いとは思わなかったが――……」
デニスが今もなおマリアを婚約者に置く理由は――。
「――好き、ということでしょうか」
サラはぽつりとつぶやいた。
「好き?」
「だって、婚約者がいる身で恋に落ちたわけですから」
サラはちらりとレスターを見た。
(そうだわ。デニスとマリアがあんな馬鹿丸出しの婚約破棄を宣言してくれなかったら、レスターと結婚することもなかった)
「――……理解ができんな」
顔にも「理解不能」とデカデカ書いてあるレスターに思わず笑ってしまった。
ラケルも同じことを思ったのだろう。笑いながら、「恋とは、そういうものなのではないですか? 頭では理解できないものに、突き動かされる……」と言うと、レスターは顔を手で覆った。そして、手を離したかと思うと、恨めしそうにサラを見ると軽くため息をついた。
(な……なによ、その反応……――)
◇◇◇
あれから二カ月後――。教会側の処罰が北方領土で決定したことをきっかけに、北方研究所の件は王太子が正式に裁可した。結局は教会の組織的な犯行であることの決定的な証拠は特定できず、直接関与が認められたものの追放が決まった。しかし、複数名の追放者を出した教会側としても全くの無関係を言い切ることはできず、北部に建立されていた教会の没収と罰金刑は逃れることはできなかった。今回北方研究所の設立にスムーズに裁可が下りたのは、研究所となる教会を無償で得られたうえに、研究所として改装する費用も北部が得られたことが大きい。
(結局、国が一銭も出さずに北部に研究所を設立することができるんだから、王太子殿下だって文句はないわよね)
サラは宿屋のバスルームから身支度を整えて出て来た。
既にレスターは部屋着になり、ソファでくつろいでいた。サラはレスターの隣に座ると甘えるように頭を寄せた。レスターもそんなサラを自然と受け入れていた。
眠る前に寝室でレスターと過ごす時間が、サラにとってはもっともリラックスができる時間になっていた。
「しかし、王太子もうまくやったな」
レスターは北部の麦酒で喉を潤した。
「え? うまくやったって……」
「教会側の処罰内容は、王太子からの指示があったとラケル殿が言っていたぞ」
「え!? そうなの?」
「ああ。この研究所のことを考えて、場所と改装費用を得ようという算段だったのだろう。人件費もしばらくは教会からの罰金で賄えるそうだ」
レスターは愉快そうに喉で笑った。
(まさかそんなことになっていたなんて……)
サラはあの食えない王太子を思い出していた。
「……――やっぱり、王太子殿下は、すごいのね」
「まぁ、王太子は策略家だからな。そういうことは任せておけば、勝手に良いようにしてくれるだろう」
「頼もしいというか……」
(敵にしたら、怖いタイプね)
甘い視線でサラを溶かすレスターを見ながら、サラは内心「レスターも、そうだけど……」と思った。
「俺としては、サラも十分頼もしいけどな。あの王太子と渡り歩いているんだから立派なものだ」
そう言いながら、レスターはぎゅっとサラの肩を抱いた。
「あれは……――。急に言われて、私も必死で答えていただけで……」
レスターは、くすっと思い出し笑いをした。
「本当に、俺は君に振り回されっぱなしだな」
「そんなこと……」
「まさかこんな短期間に再び北部に来ることになるとは想像していなかったよ」
レスターにそう言われると、サラは黙るしかなかった。王太子命で北部研究所の話が進んだため、発案者のサラが北部へと一度赴くこととなった。そして、またロージャー団長には「本人の強い希望によって、護衛はレスターになった」とにやにやと送り出された。
「レスターがまた北部に着いて来てくれるなんて思ってなくて……」
レスターとて、副団長だ。騎士としての仕事のほかに、管理職としての仕事もあるはず。そう何度もこんな護衛に任命されるわけがないことはサラにだって分かっていた。
(こんな……公私混同のようなこと――許されるのかしら?)
「俺が君の護衛を他の男に任せると思うのか?」
レスターは洗い立てのサラの髪を一筋掬い、唇に寄せた。
「いつもと香りが違うな……」
「宿の備え付けのものを使用したから……。雪涙という花の香りだと思うけど」
「甘いな……」
サラは香りよりも甘い、レスターの視線に胸がトクンと高鳴るのを感じた。
「頭では分かっているのに、抗えない思いというのは厄介だな」
昼間のラケルの言葉を思い出した。
非難がましいレスターの視線に、サラが少し挑むようにレスターを見た。
「それは――……私も、です」
「そうか?」
レスターは疑わしそうにサラの瞳を覗き込んだ。
「デニスが、君に感謝していた」
「え?」
「ランドンは怒ってはいたが、ああやって感情を露わにするのも、部屋から出たのも、北部に来てから初めてだそうだ」
レスターはサラの頬に優しく触れた。
「――……え?」
今日見たマリアは、そんな様子は感じなかった。
「ランドンのことは、急がなくていい。君に急に素直になれるものでもないだろう」
そう言って、レスターはサラの頭を撫でた。
サラの頭を撫でるレスターを見ると、レスターが不思議そうに「なんだ?」と言った。
サラは大きくかぶりを振ると「レスターに頭を撫でられるの、久しぶりだなって思って」と笑った。
「そうか?」
「うん」
(――……前は、子ども扱いされているみたいだって思っていたけど、今は……愛情の表れだって分かるようになったわ)
レスターはそんなサラを不思議そうに見た。
「レスター……」
「ん?」
「北部に来る前、少しデニスと話したときに、デニスが言っていたの。『愛かは分からないけど、マリアを見捨てられない』って」
「……」
「でも、私、今日のデニスを見て思ったわ。やっぱり、デニスとマリアは惹かれ合っているのよ。だって、同情だけでここまでしたりしないわ」
「……そうか? 俺は、デニスは……」
レスターがじっとサラを見つめた。
「何かあった?」
レスターはふいっと目を逸らすと「いや、なんでもない。――……まあ、デニスもランドンも、似たもの同士というか、分かり合える部分もあるのだろう」と言った。
「うん。あの二人が婚約破棄を宣言してくれなかったら、レスターとは結婚できなかったかもしれないし。あの二人には……まあ、幸せになってほしいような気もするわ」
レスターも同感だというように、サラの言葉にくすっと笑った。
「ねえ、ところで、レスター」
サラはレスターの顔を甘えるように見上げた。
「ん?」
「あのね……今日の夜着なんだけど」
サラは北部仕様の冬素材のものを着ていた。
「ああ、ずいぶんもこもこして可愛いな」
「うん。……――あの、中も……可愛くしてみたんだけど……」
そういうと、サラはもこもこの夜着の下に隠された妖艶なランジェリーをレスターにチラッと見せた。レスターはそんなサラに驚いて目を開いた。
「もう少し、よく見せてくれ」
そういうと、サラの夜着をサラッと脱がした。
サラのランジェリー姿に、レスターの喉元がごくりと上下に動いた。
サラはそんなレスターの首に腕を巻き付け、甘えるように「寒いから……レスターにあっためてほしい」とくっ付いた。その瞬間、サラはそのままレスターに抱き上げられるとあっという間にベッドに押し倒された。
「やっぱり――……俺は、君に振り回されっぱなしだ」
そう言って、サラに覆いかぶさった。
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