第8話 詐欺なの? 何なの?
門の前には、ヴィヴィアン侯爵家の家紋入りの馬車が待っていた。
(さすが侯爵家。いつも使っている乗り合い馬車とはえらい違いだわ)
平民職員や高位貴族以外は乗り合いの馬車を利用するものも多い。
サラも、兄のローレンスも、その一人だ。
ハーヴィー伯爵家の領地は狭い。
貧乏貴族とまではいかないが、裕福な家庭ではない。
サラやローレンスが王宮で働いているからこそ、わずかな領地収入でもそれなりの暮らしができているところもあるので、毎日の生活は質素倹約を旨としている。
「どうぞ、サラ」
レスターは、サラの手を取って馬車に乗せてくれた。
「ありがとう、レスター」
「ふふ、ようやく名前を呼んでくれたね」
馬車で二人になると、レスターが甘く囁いた。
(公私を徹底して分けているのかしら。副団長モードとは、全然違う)
「あ、職場では――副団長と呼んだ方がいいと思って」
「そうだと思ったよ」
レスターも合わせてくれたらしい。
良かった。あの場で名前呼びを強要されたら、どうなっていたか。
(それにしても、今日も隣に座るの……?)
不思議に思ってレスターを見る。
聞きたいことが山のようにあるが、何から聞けばいいのか……。
「昨日、お父さまにお手紙が……」
「ああ、あれは俺の気持ちをハーヴィー伯爵に先に伝えておきたくてね。サラからの、正式な返事はきちんと待つよ。もちろん――……良い返事を期待はしているけど」
レスターは真剣な瞳で見つめて来た。
ドキンッ……と胸が高鳴ると、冷静な判断ができなくなってしまう。
慌てて視線を反らした。
「レスター、騎士団長の娘さん」
昨日から気になっていたことだ。
「11歳だって、お兄さまが」
ちらっとローレンスを見ると、予想していた質問だったのか、彼の笑顔は全く崩れなかった。
「そうだったかな?」
「そうだったかなって……」
「11歳の女の子じゃ、さすがにあなたの婚約者候補にはならないでしょう」
「他からも色々言われるから、ごちゃごちゃしたのかもしれないな」
「そんな」
(自分のことなのに、ずいぶん雑な認識だ。3課の残業状況を細かく把握していた人とも思えない)
「それより、夜会の件なんだけど」
レスターはこの話を早く切り上げたかったのだろう。急に話題を変えた。
(怪しい。怪しさ満点だわ。私、壺でも買わされるの? 何か隠しているのかしら? ヴィヴィアン侯爵家も、レスターもお金には困っていなさそうだし、困っていたとしても我が家にはお金なんか……。そんなこと、知っているだろうし)
サラが「レスター結婚詐欺疑惑」に頭を悩ませ始めていると、レスターは追い打ちをかけるようにサラに言った。
「私にドレスを用意させてもらっていいかな?」
「えっ!?」
「折角の夜会だから、揃いの衣裳にしたい」
「でも、そんな……レスターに合うようなドレス、私」
(……買えない)
内心のつぶやきが聞こえたのか、戸惑いが伝わったようだ。
レスターは呆れたように眉を寄せた。
「何を心配しているんだ? 私がプレゼントするに決まっているだろう」
「なんで――」
(ただより高いものはない。ドレスの代わりに何か……あるの? いや、それともやっぱりお姉さまのことが忘れられないだけ? もうなんだかわけが分からない)
「なんでって、君が――……素敵だからだ」
照れたようにレスターが呟いた。
(そういえば、結婚詐欺師はやたらと褒めることが多いんだった)
ふと、前世の記憶がよみがえり、不安が過る。
「はじめて二人で行く夜会なんだ。最高の思い出にしたい」
ぐいっとレスターが距離を縮めて来た。
(急に距離が近くなるのも――……)
大好きな初恋の人が、なぜか怪しい結婚詐欺師と重なっていく。
(レスターが結婚詐欺師なわけは、ない。身元だってはっきりしているし、お金にだって困っていないはず。私に突然求婚しているのは、ただの責任感なのか、お姉さまへの執着心なのか、よく分からないけど……少なくとも詐欺では、ない、はず)
顔を上げると、あまりにレスターの顔が近くてパッとし下を向いてしまった。
「それは――……嬉しいけど。でも、夜会は1週間後でしょう? 今から作っても間に合わないわ。今回は残念だけど、手持ちのドレスの中でレスターに合うものを選ぶわね」
「問題ない」
「え?」
「実は――もうほとんど出来上がっているから」
レスターは驚いて顔を上げた私に、満面の笑みを見せた。
「は? え? なんで?」
「うん。まあ――……念のため?」
(念のため? 念のためにドレスって作るものなの? ヴィヴィアン侯爵家って二人兄弟よね? 私はこの前までデニス様の婚約者だったわけだし……。他の人のために作っていたドレスってこと? え? だれ? だれのために?)
他の人のためのドレスなのかもと思った瞬間、胸がチクリと痛んだ。
(やっぱり、私、レスターが好き、なんだ……。
レスターが自分のように思っているわけじゃないから、この求婚を素直に喜べないんだわ)
サラは自分の迷いの根底に何があるかが、すとんと落ちた。
ハーヴィー家に着くと、父が驚いて玄関まで迎えに来た。
「レスター、こうやって会うのは久しぶりだね」
「ご無沙汰しております」
「昨日の手紙も驚いたけど――今日は、娘を送ってくれたのか」
「はい、徹夜続きで体調を崩すといけないですから」
レスターと父はにこやかに挨拶を交わしていた。
微笑むレスターに、父は少し鋭い視線を向けたように感じた。
「そうか。てっきり乗り合い馬車に乗せるのが嫌だったのかと思ってしまった」
(乗り合い馬車に乗せるのが嫌?)
「どういうこと?」
「そんなこと、ありませんよ」
私の質問は、レスターの返答にかき消された。
レスターはにこやかな顔を崩さなかったが、有無を言わさぬトーンを声からは感じた。
「そうか。まあ、それでも私はいいんだが――。手紙の件は、娘の意思を尊重しようと思っているから」
「もちろん、私もサラの意思を第一に考えています」
「そうか。それならいいんだが――」
(なんか、にこやかに話しているようで、目が笑っていないのは気のせいかしら。お姉さまの件で揉めたとは言っていなかったけど、やっぱり何かあったのかも……)
「じゃあ、レスター。娘を送り届けてくれてありがとう」
「ええ、ついでですから。気にしないでください」
そういうと、ヴィヴィアン侯爵家の馬車は来た道を戻って行った。
(ついで? そういえば、レスターの家に戻るには、ここはずいぶん遠回りだったはず)
サラはレスターの発言に引っかかりを持っていた。
玄関に戻った父がぽつりと誰にともなくつぶやいた。
「レスターは……昔から、遠回りばかりするやつだったな」
「え?」
「いや、なんでもないよ」
父はそういうと執務室へと戻って行った。
私は少し不思議に思いながら、父の背中を見送った。




