第7話 鬼の副団長の訪問
「レ……レス、副団長!?」
「レスターでいいよ」
サラに向かって親しげな笑みを浮かべるレスターに、課内がどよめいたのが分かった。
婚約破棄のことはスルーした3課の人たちも、レスターの登場には好奇心が隠しきれていない。
サラの後ろにいたマチルダは、何かを察してすぐに自分の仕事へと戻っていった。
(このまま、ここで話し続けるのは……)
サラは周囲の興味津々の視線を一心に感じ、とりあえず場所を移したいと考えていた。
が、レスターはにこやかにサラに声をかけてくる。
「昨日の贈り物は気に入ってくれた?」
「あ……はい。ありがとうございます。兄と一緒にいただきました」
「ローレンス?」
「何か?」
「いや、君に余計なことを言ってないかなと思って」
「余計なことって……」
(――……団長の娘のことか!)
ローレンスに突っ込みたかったが、衆人環視の中で話題にするのは居たたまれない。
「あの、副団長、ハーヴィーにご用でしたら、応接室もございますのでそちらで……」
3課長が隙を見計らって、レスターに声をかけた。
「いや、いい。プライベートなことだから」
「プライベート?」
課長も課内の人間も、その言葉にますます興味を持ったのを感じた。
(やめて。これ以上、注目を集めないで……)
「サラ、今日の帰りは何時頃だ?」
「え?」
「迎えに来る」
「えっ?」
「何か問題が?」
「い、いえ……あの――問題は、ない、ですけど」
(なんで!? なんで急に迎えに来るの?)
「帰りは――遅いと思いますので」
「一昨日も徹夜じゃないのか?」
レスターは眉根を寄せた。
「それは……」
「この課は新人が頻繁に徹夜仕事をしなければ、回らないのか?」
レスターは暗に課長への苦言を口にした。
その顔はサラと話すときの柔和なものではなく、厳しい副団長のものだった。
「あっ! いえ! とんでもありません! ハーヴィーくん、今日は定時で上がりなさい」
「でも……納品ノルマも溜まっていますし」
「気にしなくていいんだ」
黙々と作業をする同僚を見たが、皆一様に「かまうな!」というオーラを出している気がする。
(本当に、いいのかしら?)
「戻りました~」
そのとき、マリアが課内の扉を開けた。
扉の近くに立っていたサラに顔を顰めた後、レスターの姿に顔を赤らめた。
(本当に――分かりやすい人)
「どっ……どうして、ここに副団長が!?」
マリアはぽーっとした顔で、レスターを見上げた。
(まあ、気持ちは分かるけどね。かっこいいわよね、レスターは)
「あ……騎士団への回復薬の納品でしょうか? 今朝、私が仕上げたものがありますので、すぐにお届けしますね」
マリアはとびきりの笑顔を浮かべて、レスターに声をかけた。
「結構だ。その件は別のものが約束の日に対応する」
「え? でも――。騎士団への納品分はまだお届けできていなかったはずでは。魔獣討伐もありますし、早めにご用意した方が良いですわよね。私は毎日残業続きなのですが、中々課内の足並みが揃わなくて」
マリアはサラの方をチラッと見ながら言った。
(何が足並みよ……。乱しているのはどっちよ。よくそんなことを言えるもんだわ)
「――そうか」
レスターは、マリアの上目遣いに無感情に呟いた。
「残業が前提になっているのは健全ではないな。本来は時間内に作業が終わるようになっているべきだろう。回復薬の需要が高いなら、捌けるだけの人員を確保しなければ」
レスターは、3課内を見回し、最後に課長をじっと見た。
「はっ……はい」
「上申はしているのか?」
「その……」
「下のものが無理せず働ける環境を整えるのが、私たちの仕事では?」
「はっ……ごもっともで――」
「人事には私からも申し添えておく」
「はっ……ありがとうございます」
課長は蛇に睨まれた蛙のごとく、身を縮めていた。
(課長は、人は良いけど、押しが弱いのよね……)
「副団長、さすがですね。3課のことまで気にかけてくださるなんて!」
マリアは無表情のレスターにめげず、ニコニコと話しかける。
「先ほどから許しも得ずに話しかけて来るが……――君は、誰だ?」
マリアはその発言に、自分に興味を持ってくれたと頬を赤らめた。
レスターに満面の笑みを浮かべると、ご令嬢らしく自己紹介をした。
「自己紹介が遅れて申し訳ございません。マリア・ダイアン・ランドンと申します。ランドン子爵家の次女でございます」
「――……ああ、君か」
レスターの言葉に、マリアは更にパァッと顔を明るくした。
(レスターの冷たい顔を見て、よく喜べるものだわ。自己肯定感が高いってある意味羨ましいわ)
サラはレスターとマリアのやり取りを、冷めた目で見ていた。
「私のことをご存じでしたの?」
「ああ、デニスの新しい婚約者だろう?」
「え? デニス様とは――親しくお付き合いさせていただいておりますが、婚約者では……」
「そうなのか? 私が聞いた話とは違うようだな」
「ご婚約者のことで、色々相談に乗っていて……。私は今、正式な婚約者はおりません」
マリアは得意の上目遣い攻撃でレスターを見つめているが、レスターの態度は固いままだった。
「ランドンと言ったか?」
「マリア、と呼んでください」
「君はなぜ先ほどからここに留まっている。休憩から戻ったのなら、すぐに仕事をするべきではないか? この課はただでさえ仕事量が多いようだが? 一人でも怠けるものがいたら、他の人間にしわ寄せがいくと考えないのか?」
レスターは無表情に、マリアを詰めた。
さすがのマリアもたじろいだが、サラの方を見て目を眇めた。
「サラは私が戻る前から、ずっと立っています」
「だから何だ?」
「私はいつも彼女の尻ぬぐいばかりさせられているのです」
「サラが?」
「はい」
「そんなわけ、あるわけないだろう」
「なんで……副団長が、そんなことをご存じで?」
レスターの冷たい態度に、マリアの愛嬌たっぷりの笑顔が僅かに引きつった。
「サラはアカデミーでも優秀な成績で卒業している。3課での仕事振りや評判も上々だ。残業もサラは頻繁にしている記録が残っている。ランドンくん、君の記録はほとんど見たことがない。先ほどの発言と記録に相違があるようだな。それに、君とサラは同期なのに、ずいぶん扱いに差があるんだな? 残業時間が全てではないが、君がサラの尻ぬぐいをしているなんて考え難い。――逆ならば、分かるが……」
マリアの顔は笑顔を維持したまま、青ざめていた。
(逃げ場がないほど、追い詰めている……。さすが、鬼の騎士団副団長と言われるだけあるわ。それにしても、どうしてそんなに3課の実情を知っているのかしら。私のアカデミーの成績まで知っているなんて……。また、お兄さまが話したっていうこと? でも仕事振りはさすがにお兄さまだって知らないわよね? 一体どうして、そんなこと?)
「そっ……そんなこと……」
「無駄なことを言っている前に、君は手を動かした方がいい」
「どうして、サラはっ」
「サラは私が声をかけたからここにいるだけだ」
「……え? どうして?」
マリアは怪訝な顔で、サラとレスターを見比べた。
「君に説明する必要はない」
マリアはレスターにそう言われると、持ち場へと逃げるように戻った。
その際、サラを忌々し気に睨みつけて――。
(どうして、私を睨むのよ……)
「課長」
「はい」
「私が口を挟むことではないが――……。頼みやすい人間にばかり仕事が行くような組織は健全とは言えないな」
「はっ……」
「サラ、じゃあ、また定時に迎えに来るから」
「あっ……はい」
レスターは、サラにだけ優しく微笑むと3課をあとにした。
レスターが出て行ったあと、緊張が解けた同僚たちは大きなため息をつくと、サラを取り囲んだ。
「どうして、副団長が迎えに来るの?」
「どういう関係なの?」
「どういうって……兄の――友人で」
「え? そうだったの? 全然知らなかった」
「それにしても、怖い人なのかと思っていたけど、私たちの残業のことまで気にしてくれているなんて……」
同僚たちは、突然現れた鬼の副団長にすっかり胸を鷲掴みにされたようだった。
おかげでマリア以外の全員の応援を受けて、定時5分前には帰り支度が整っていた。
定時に3課の扉が開くと、帰り支度をしたレスターが現れた。
「副団長」
「待たせたかな」
「いえ」
「じゃあ、帰ろう。私の馬車で送る」
レスターはサラにエスコートの腕を差し出した。
サラの代わりに残業を言い渡されたマリアは、怒りが抑えられないようだった。




