第6話 針のむしろの出勤日
「おはようございます」
(職場の扉がいつもより重く感じたのは気のせいかしら)
極力いつもと同じトーンで挨拶したつもりだが、職場中の視線を集めた。
と、思ったら急に目を伏せ、仕事をしている感を出してきた。
(分かりやすい……。知らないはずないわよね。昨日、職場の前であんなこと言われたんだから……)
サラが所属する「魔法課3課」は主に回復薬の製造を請け負っている。
「魔法1課」は魔法の研究、「魔法2課」は魔道具の制作が担当だ。
1課、2課、3課の順番に、仕事は地味で地道になる。
回復薬のニーズは高く、3課は前世で言えばブラックな課だ。
そういうことだからか、3課は貴族の職員もいるが平民職員も多い。
(大変だけど、私は前世は製薬会社の研究員だったし、今の仕事は合っているのよね)
仕事の準備をしていても、誰も何も聞いて来ない。
貴族のごたごたに巻き込まれたくないと思う平民職員は多い。
(腫れ物扱い、ということなのかしら? まあ、あれこれ聞かれるより、知らないふりを通された方がやりやすいわ。マリアもまだ来てないみたいだし……)
白衣を着用して、いつも通り乾燥した薬草の重さを図っていると、この課の雰囲気には全く合わない能天気な挨拶が響き渡った。
「おはよーございまーすっ」
顔を見なくても分かる。――マリアだ。
(私の出勤のときと同じように、みんな知らない振りを通すつもりなのね)
特に何のリアクションもない。
が、そんなことで大人しくするマリアではない。
マリアに背を向け作業をしているサラの横にやって来た。
「あら、サラ。今日はお休みするかと思ったわ」
「……そう」
「サラは強いのね! 私だったら、あんなことがあったら倒れてしまうわ~」
マリアは周囲に聞かせたいのだろう。
部屋の隅々まで響き渡りそうな声量だ。
(本当に鬱陶しい女ね……)
マリアはアカデミーの同級生でもある。
(腐れ縁というか……。何かと絡んでくるのよね。私に成績で負けていたのも、デニスと婚約したのも、彼女の勘に触ったみたいね)
デニスはレスターほどではないが、家格や容姿からも、有望株とされていた。
マリアはふふっと勝ち誇った笑いを浮かべている。
サラはそんなマリアを一瞥した。
「私が、仕事を休む理由がある? 休むなら、不貞を働いた方ではない?」
私は得意満面なマリアを、無表情に見た。
(こんなこと言っても、マリアは得意になるだけだろうけど)
「あら、不貞だなんて人聞きが悪い。私たちはそういう関係ではないもの。自分の魅力の無さを私のせいにして、変な勘ぐりはやめていただきたいわね。私はただ彼が婚約者のことで悩んでいたみたいだから、相談に乗ってあげただけ。地味で、無能で、愛嬌もない婚約者と結婚が進むのが恐ろしかったみたい」
マリアは自慢のストロベリーブロンドの髪を触りながら、豊満な肉体を誇示するように胸を張った。
マリアは饒舌に反論し、悦に入った顔でサラの様子を観察している。サラが傷つく顔が見たいのか。
(反応すると、喜ばせるだけってことね)
黙って諦めることを選ぼうとした瞬間、先輩のマチルダが二人の間に割って入った。
「マリア様、無駄話はそこまでにしてください。ノルマが溜まっているんですから、製造に入っていただけますか?」
「私が悪いの? サラが意地悪なことを言ってきたのに……」
甘えモードに声をかけ、マリアはいじらしい雰囲気を漂わせる。
「どっちが!?」と顔に書いてあったのだろう。
マチルダは、「我慢しろ」という顔でサラを制した。
「いいから。あちらで、ケント様たちと作業に入ってもらえますか?」
マリアはチラッと私を見ると、「分かりました」とマチルダの指示に素直に従った。
にこにことケントのもとで製造作業を始めるようだ。
彼女は貴族の男性職員には分かりやすく愛嬌を振りまく。
(いつもながら、変わり身の早さがすごいわ)
サラはマリアを視界に入れないよう、作業に集中した。
(今日は、いつも以上に疲れそう……)
◇◇◇
「なんなの、あの女は!? デニス様もどういう趣味してんのよ」
いつもは適当に課内で済ませるランチだったが、今日はマチルダに引っ張られてカフェテリアへ出た。サンドウィッチを頬張りながら、マチルダは顔を顰めていた。
座席は端の目立たない場所を陣取ったが、なんだかチラチラ見られている気がする。
マチルダは、不機嫌に周囲を睨みつけた。
サバサバしたタイプの美女であるマチルダは、睨まれると結構迫力がある。
「本当、人の噂ばかりするのも、品がないわね!」
マチルダの大きなつぶやきのおかげで、周囲からは人が減っていった。
サラはそんなマチルダに思わず笑った。
「サラ、笑っている場合なの? どうするのよ」
「どうするもこうするも……」
「デニス様との婚約破棄の話、相当噂になっているわよ。しかも、なんでかサラが悪く言われているし」
マチルダは自分のことのように怒ってくれている。
「やっぱり、私を悪者にして噂を広めているんですね」
「なんで達観しているのよ」
「そういう人たちだろうなとは思っていましたから」
「じゃあ、サラの方も手を打たなきゃ。言われっぱなしじゃ、あなたの立場が悪くなるでしょう」
「そうかもしれませんけど。そういう噂を信じる人は、言っても無駄っていうか。そんな人たちにどう思われてもあまり……」
「あまりって……。貴族社会はそういう噂が大切なんじゃないの?」
「まあ、そうかもしれませんけど。マチルダさんみたいに、分かってくれる人はいますから」
マチルダは平民出身の職員だ。
王宮で働く8割はアカデミー出身の貴族だが、2割は試験を通過した優秀な平民だ。マチルダ自身、無能な貴族たちからやっかみを受けるものだから、こういうことには敏感だ。
マチルダの表情には、共感と叱咤が滲む。
「そんなこと言っていると、いいようにされるわよ!」
マチルダは本当にサラのことを心配してくれているようだった。
サラはというと――デニスやマリアへの怒りは消えないものの、マチルダのように本気で心配してくれている人が身近にいることへの有難みも感じていた。
(こういう人がいるっていうのは救いだわ)
マチルダと話したことで、少し気持ちが晴れた。
廊下で見知らぬ人と通りすがると、クスクス笑われてはいるが一々気にしていられない。
(3課の扉も、朝より軽く感じる。やっぱり人と話すって大切ね)
そう思いながら扉を開くと、青ざめた顔の3課長が駆け寄って来た。
「ハーヴィー、どこへ行っていたんだ?」
「どこって……お昼ですけど」
(ブラックな課ではあるけど、昼ご飯くらい、課外で食べて何が問題なのかしら。
残業がデフォルトなのに、休憩まで取れなくなったら最悪だわ)
不思議に思っていると、聞きなれた声が聞こえた。
「課長、私が勝手に来たんです。そんな責めるような言い方は……」
「しかし、副団長をこんなにお待たせしてしまって――」
(――副団長?)
扉の影から、鬼の騎士団副団長・レスターが柔らかな微笑を称えて現れた。
3課の職員たちは、私の婚約破棄の話より、突如降臨した騎士団副団長に興味を持っていた。




