第76話 新たな研究所
「うん。毒性は確認できないね」
火焔狐の回復薬の成分分析のためにハンネスが3課へ訪れてくれた。
「良かった。ありがとうございます。ハンネス様」
「さっそく出来たんだね」
ハンネスは火焔狐の回復薬を嬉しそうに見つめた。
ハンネスとレスターには、火焔狐の回復薬の案を帰路の馬車の中で話していた。
そして、この薬の使い道も――。
「はい。あとでレスターにも確認してもらいます」
「うん、うまくいくといいね。そうだ。ノーザンドから持ち帰った薬の分析なんだけど――」
ハンネスは分析メモをサラに見せた。薬問屋が意図的に劣化させていたことが主因ではあったが、王都の研究所で分析すると僅かに環境変化もあることが分かった。
「北部みたいな地域では、保存方法なんかは少し検討した方がいいかもしれないな」
「なるほど。薬の管理には専門的な知識を持った人が必要かもしれませんね」
マチルダとエルトンは作業をしながら、サラとハンネスの会話を不思議そうに聞いていた。
◇◇◇
「火焔狐の回復薬か」
レスターに付き添われ、ロージャー団長にも新薬を手渡した。
団長は「試してもいいか?」と聞くと、返事を待たずにグイッと飲んだ。
「うん。特効薬シリーズみたいな即効性はないんだな。でも、なんか……じわじわと身体が温まるな」
「半日くらいは持続するかと思います」
「王都では暑いくらいですよ」
レスターの言葉に、団長は「え!?」と声をあげた。
「返事を聞く前に飲むからです」
「まずいな。ただでさえ暑がりなのに……」
「氷魔法で冷やしましょうか?」
「……――いざというときは、頼む。まあ、それにしても、北部ではこの回復薬の需要は高いだろうな」
「はい。老若男女問わず、需要があるのではないかと思って……」
「うん。地域特化型の回復薬も面白いな。でも、こういうものを作り始めたら、1課と3課だけでは手が回らないだろう。また人手を増やすのか?」
「それ……なんですけど――」
レスターは躊躇うサラの一言を促すように、頷いた。
「北部に……研究所を作れないかと、思いまして……」
「北部に?」
サラの提案に団長は顔を顰めた。
「しかし――北部へは中々行きたがるものが少ないからな……。騎士団だって、北部異動希望者が少なく困っているんだ。研究所となると、ますますだろう」
「それ、なんですけど……。できれば、現地の人を雇えたら……と。ノーザンドに実際に赴くと、仕事も少ないので若い人が外へ出てしまうという話も聞いて」
「……――まあ、冬が長いからな。農業もできる時期が限られるし、観光産業も厳しいと聞いている」
「そういう人たちのためにも、研究所があれば……少しはお役に立つのではないかと思いまして……。規模は大きくなくても良いんです。例えば農業閑散期だけでも、作業ができれば――」
「素人の集まりでは研究所にはならないだろう。指導者はどうしたって王都から派遣する必要がある。まさか、君が行くというわけではないだろう? そんなことになったら……」
団長がサラの横に立つレスターをちらっと見た。
「――何ですか」
「いや、レスターが許さないだろうなと思って」
「サラがどうしても北部に行くというなら、私も異動しますよ」
「いや、それはこっちが困る! サラ、北部行きは少し考えて……」
狼狽え始める団長に、サラは思わず笑ってしまった。
「いえ。私ではなくて……。もちろん、私も定期的に訪問すると思いますが、そうではなくて……」
「だったらどうするつもりだ?」
「北部には――……マリア・ダイアン・ランドンがいます」
「マリア……?」
「アドキンズ侯爵令息の話では、北部に赴いてからマリアは屋敷に籠っているだけで特に何もしていないということです」
デニスの話では抜け殻のように、日々を過ごしているという。
「しかし――……マリアは……」
「マリアは罪人です。が、既に処罰は受けました」
団長はサラの目をじっと見た。
「君は――それで……いいのか?」
サラはこくんと頷いた。
「火焔狐の回復薬であれば、マリアが以前作っていたものと同じ作業工程で作ることができます。通常の回復薬作りについては、マニュアル化も進んでいます。そのノウハウと指導者や多少魔力を使えるものがいればノーザンドの住民でほとんど作ることができるのではないかと思います」
「マニュアル……」
回復薬作りの研修の際に、マチルダがマニュアルを作ってくれていた。
おかげで効果の高い回復薬を、多くの人が作ることができるようになっている。魔力を込める段階は、マリアなど魔法が使えるものに任せれば特殊な工程はさほどない。
「ただ、この新薬の作り方は1課・3課で秘匿するということを王太子がおっしゃっていたということですので、北部に新たに製造拠点を作ることを許可されるか……。北部で製造するものは火焔狐の回復薬のみと限定しても、王太子の許可が下りるかは分かりません」
サラの懸念にロージャーは首肯した。
(面白い発想だが、リスクもある。北部雇用のために王太子がそのリスクを犯すか。ましてや、ランドンが関わるとなると……)
頭を悩ませるロージャーにサラは続けた。
「ロージャー団長には、橋渡しを……お願いできればと思っております」
「橋渡し……」
「今回のような薬の問題が起こったのは、北部のさまざまな問題が絡み合っているのではないかと思いました。薬問屋や教会を処罰して本当に解決するのかというと――……私にはそうは思えませんでした」
「新たな研究所が……解決策、ということか」
「その……すべてを解決できるとは、想ってはいませんが……」
サラは少し自信がなさそうに俯いた。そんなサラを見て、団長はくすりと笑った。
(豪胆なんだか、小心なんだか、分からない女だな)
レスターも、急に身を小さくしたサラを目を細めて見ていた。
(全く、鬼の副団長もずいぶん甘くなったもんだ)
団長は「はぁ」と息を吐いた。
「――アイデアとしては、悪くはないと……俺は思ったぞ」
そういうと、サラは分かりやすく微笑んだ。
「ただ、王太子に話すにはもう少し細かな点も詰めておかなければならないな」
団長はそういうと、わざとらしいウインクをサラに投げた。
お読みいただきありがとうございました!
「ブクマに追加」や下の☆☆☆☆☆を★★★★★変えて応援いただけると励みになります!!




