第75話 火焔狐の回復薬
「本当にありがとうございました」
ラケルたち北部の騎士たちがサラ達の帰りを見送ってくれた。
薬問屋や教会の聴取は続いていたが、彼らの処罰は北部の判断に委ねることとなった。
(私はともかくとして、いつまでもハンネス様やレスターを北部に滞在させるわけにはいかないし……。北部の課題は気になるけど、仕方ないわよね)
レスターに手を取られ、馬車へと乗り込もうとした瞬間だった。
「ヴィヴィアン侯爵夫人!」
振り返ると、そこには診療所で治療にあたった3人の騎士がいた。
「あの……あなたのことを知らず――大変失礼な発言をしてしまい、申し訳ございませんでした!」
サラに向かって、大袈裟なほどに身を縮めながら頭を下げた。
「あなたが開発した薬で……あっという間に回復しました」
そう言いながら、騎士はひどく爛れていた肌を腕まくりして見せた。
見せられた肌は確かに爛れも発疹も消えていた。
「デニスに……あなたのことを聞いて――」
新薬に問題がないということが分かってすぐ、王宮から持参した新薬を塗布するようデニスに頼んでいた。
「薬が効いたようで……良かったです。私の方こそ、身分を偽ってしまい大変失礼しました」
サラが頭を下げると、二人の騎士は恐縮していた。
「いえ、それは……俺、いや私たちの思い込みで……本当に――」
二人の騎士が恐縮していると、他の騎士たちもサラに「新しい回復薬も、鎮痛剤も、非常に高い効果で驚きました」「今まで治療に苦労していたので、本当に助かります」と口々に声をかけてきた。ラケルは、そんな騎士たちを穏やかな笑みを浮かべ眺めていた。王都から念のため持参していた“特効薬シリーズ”は、本来使用してほしいと思っていた人に届いたようだ。
(新薬の効果は報告書では聞いてはいたけど……こうやって、実際に声を聞けると――)
サラは先日感じた無力感が、少し薄れるような気がした。
サラやハンネスを囲むように騎士たちが集まり、出発は予定より押していた。
しかし、レスターはその様子を輪から外れたところでじっと待ってくれていた。
サラを囲む騎士たちから少し離れた場所に立つデニスは、輪の中心にいるサラと目が合うと、ほんの少し表情が和らいだ気がした。
昨日、デニスとは出発前に少しだけ二人で会話を交わした。
「新薬を塗布したら、爛れも発疹もあっという間に治ったよ。ありがとう。助かった」
「ううん。少しは役に立ったようで良かったわ」
「少しどころじゃない。君たちが来てくれなければ、このまま大変なことになっていた。その――君には、また嫌な思いをさせたかもしれないけど……」
「そんなこと……」
「でも――……なんだか元気が……」
そう言ってデニスは黙り込んだ。すぐにレスターが現れたから。
(もしかしたら、この騎士たちの声掛けは、デニスから私へのエールなのかもしれない。そんな風に考えるのは、私の勘違いだろうか)
もう二度と交わることがないと思っていたデニスとの縁が、王都で別れたときよりも少しはマシなかたちで交わった気がした。
馬車に乗り込み、遠ざかるノーザンドの街を眺める。
雪に覆われた静かな街に、伝統的な教会の姿が見えた。
(初めて見たときは、あの美しさに目を奪われたけど……。いまは――)
教会の際立った美しさが、ノーザンドの街に影を落としている、そんな気がした。
◇◇◇
「なんなんだ、その粉末は?」
「火焔狐の骨よ」
「え? サラ、今回は薬害の調査じゃなかったの? まさか、魔獣討伐までしてきたの?」
エルトンとマチルダは、サラが持ち帰った魔獣の骨粉を見て目を丸くした。
王都の研究所に戻って早々、サラは新薬開発に意欲を燃やしていた。
「まさか、魔獣討伐なんかしていないわよ。これは火焔狐の骨で、泊まっていた宿の主人に分けていただいたの」
「火焔狐? 北部によく出没する魔獣?」
「そう。宿泊先でも食べたんだけど、火属性だからか結構身体がポカポカして……」
ノーザンドの地域性のためだろうか。
火焔狐は他の火属性の魔獣よりも、身体を温め持続させる力が強い気がした。
「で、それをどうするの?」
「回復薬に混ぜてみようと思って。北部地域では身体を温められる回復薬は需要が高い気がして……」
「北部限定品、ということか」
「まあ、確かに。北部では需要があるかもしれないけど、それって限られているんじゃない? やっぱりいまの回復薬を量産した方がニーズも高いし」
「うん。私たちはいまの回復薬の製造に専念するでいいと思うわ」
サラは火焔狐の骨粉を焙煎しながら、会話を続けた。
「え、どういうこと?」
回復薬の鍋に焙煎した骨粉を入れると、エルトンが魔力を込めようとしてくれたがサラは断った。
「この回復薬は、エルトン様みたいな特殊な魔力はいらないんです。私たちが以前作っていた回復薬の効果を少し高めるくらいで……」
サラが作る新たな回復薬の製造を、マチルダとエルトンは不思議そうに見守った。
「これは私みたいな、普通の人が作れなければいけないから」
「普通の……人?」
マチルダの言葉に、サラは鍋を掻きまわしながら小さく微笑んだ。
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