第74話 薬問屋の真実
「な、な、これは……一体、なんなんですか」
薬問屋の主人は北部の騎士団に囲まれ、顔が青ざめていた。
「少し中を調べさせてもらうだけだ。領主からの捜索権限も得ている」
北部騎士団長のラケルはそういって書面を主人に見せた。昨日のサラ達との話をデニスから聞き、ラケルは領主であるアドキンズ侯爵への報告を済ませていた。
(――……副団長殿が言うように、念のため捜索権限を得て置いて良かったな)
王都からの調査団の訪問と、薬の在庫調査をしたい旨を話すと、明らかに主人の顔色が悪くなった。
「在庫は処分したんだろう?」
「はい。危険な薬を置いておくわけには行きませんので」
「ないことを確認するだけだ。心配はいらない」
「しかし、こんな……騎士団の方々に踏み入られたとなると店の評判にも関わりますし」
「むしろ潔白が晴れて店の評判は上がるだろう」
そういって騎士団の者たちが店の奥へ踏み入ると、主人はラケルの背に縋った。
「ラケル様! その……何と言いますか――。少々事情が込み入っておりまして……」
「事情……とは?」
「その、私どもも中々難しい立場でして」
「どういうことだ?」
脂汗を腕で拭う主人をラケルは睨んだ。
その瞬間、奥から「在庫がありました!」というデニスの声が聞こえた。
主人を睨むラケルの眉根に深い皺が刻まれた。
「あの……それは――その……」
主人の額からは拭いきれないほどの汗が滝のように流れていた。
◇◇◇
「それで……薬問屋はなんと言っているんだ?」
応接室には、サラ、ハンネス、レスターと、北部騎士団報告者としてデニス、責任者としてラケルが同席していた。
「教会側の指示だという話です」
ラケルはレスターに答えた。
「教会? なるほどな……」
レスターはラケルの報告で何かを察したようだったが、サラはイマイチよく分からなかった。
「なるほどって……どういう――?」
サラのつぶやきをラケルは受け止め、丁寧に向き合った。
「ノーザンドは王宮よりも教会の権威・信仰が根強い地域です。ここは長年診療所に常駐する救護員もなく、ノーザンドの者たちの治療に当たっていたのが教会の治療師たちです。治療師の治癒魔法によって教会は権威を守り続け、信者たちからは多額の布施を得ていました」
ノーザンドの街中に進むと、大きな教会や聖堂がいくつかも建っていた。信心深い者たちが多い地域だとは考えていたが、そういう事情が潜んでいたことには気がついていなかった。
「しかし――……この薬の効果を知った教会が、これが流通するのを恐れたようです。薬が流通すると、教会への信仰心が衰えると考えたのでしょう」
「そんな……。そんなことで信仰心が衰えると考えるなんて……」
驚くサラにラケルは首を振った。
「北部の住民にとって、教会は逆らえない存在だったんです」
「逆らえない……?」
「教会の運営に不満を持っていても、異を唱えることができない。なぜなら、異を唱えると、困ったときに助けてもらうことができなくなりますから。それも自分だけではない。一族郎党です。お恥ずかしい話ではありますが、私たち騎士団も布施で私腹を肥やす関係者がいる情報を得ることもありましたが、踏み込むことができないまま時が過ぎてしまっていました」
ラケルは苦しい表情をした。
「――それだけ、北部の医療の状況が悲惨だということだな。騎士団こそ魔獣討伐で負傷する危険性が高い。そんな中、北部で唯一といっても良い治療機関となっている教会を糾弾することは難しいだろう」
レスターはラケルの苦しみを理解していた。
「不徳の……致すところです」
「それで、薬問屋は教会に言われるがままということか?」
「いえ。いまは教会の責任として言い逃れをしておりますが、薬問屋は薬問屋で、懐を肥やすことも考えていたかと」
ラケルが言うには、薬問屋は回復薬や鎮痛剤も容器だけを利用して劣化版を平民に販売し、豪農や貴族には通常版をより高値で販売し、余計に利益を得ていたという。
「血霞草の混入は塗り薬が最も混入させやすいということで、傷薬に混ぜ込んで騎士団に下ろしたそうです」
診療所で苦しんでいた騎士たちの姿を思い出した。
(そんなことのために……――)
サラはラケルの報告に言葉にできない怒りを感じていた。
◇◇◇
「思った以上に北部の状況は大変だということだね」
ハンネスは北部名物といわれる火焔狐のローストを食べた。
降雪の多いノーザンドには旅人や商人も少ないのか、宿泊先にも利用者が少ないようだった。
「これをきっかけに診療所にも常駐の救護員が派遣されると良いけれど」
「王宮には報告はするが――。すぐに成り手がいるかどうか……」
王宮からも離れ、自然も厳しい地域だ。
好んで訪れる人は確かに少ないのかもしれない。
そういう土地だからこそ、今まで教会が異常なほどの権威を維持し続けられたのだから。
「これからは教会も頼れなくなると……――」
北部住民の状況はますます厳しくなる。
良かれと思って動いたことが、本当に彼らのためになると言えるのか。
サラは自分のしたことに迷いが生じ、フォークを持つ手が重く感じられた。
「何か解決策があるといいけど――……僕ができることは人の役に立つ魔法の開発だし、サラができることは、新薬の開発しかないんじゃない?」
ハンネスはフォークを握りしめるサラを見た。
穏やかで優しいハンネスだが、信念をしっかり持っていることを感じた。
(それなのに、私……。自分がしたことに、揺れてしまっている。新薬の扱いについては王太子様も慎重だった。私はそんなこと、何も考えず……。ただ、レスターの少しでも役に立ちたいって、彼の隣に立っておかしくない力を持ちたいって、自分のことばかり考えていた。新薬を開発したことだって、本当に良かったことだったのか……)
「サラ、全然食事が進んでいない」
レスターがほぼ手つかずのサラの皿を見た。
「あ……うん。その――……なんか、色々考えてしまって」
「きちんと食べなさい」
レスターは、ぼんやりと答えるサラにぴしゃりと告げた。
その言葉にサラは顔を上げた。
「君は何も間違ったことはしていない。何をするにしても、考えるにしても、きちんと食べて、寝ることが資本だ。そういうことをすぐに疎かにするのはよくない」
レスターは落ち着いた口調で、サラを窘めた。
ハンネスは、「火焔狐のロースト、温まるよ。火属性だからかな」とサラに優しく微笑んだ。
サラはハンネスやレスターに促されるままに、気力を振り絞った。
止まったままだったナイフとフォークを持つ手を動かし、サラの一口ローストを口に放った。口の中に素朴な味わいが広がった。二口、三口と口に運ぶと確かに身体の奥底が温まるのを感じた。
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