第72話 北部へ
「サラ、寒くないか?」
冬用の外套を着こんでいるサラに、レスターは自分の外套もかぶせた。
「これじゃあ、レスターが冷えちゃうわ」
「俺は良いから」
「そういうわけには」
北部の都市ノーザンドへ近付いていた。空気が変わったと思ったら、雪に覆われた真っ白な地域が続いていた。ノーザンドは1年の半分以上雪に覆われた地域だ。そのため、雪解け水には恵まれているが、農作物は育ちにくく、家畜の飼育にも向かない。しかも、魔獣にとっては過ごしやすいのか、魔獣出没が多発する不遇の土地として知られている。
(雪はきれいだけど、生活するのは大変そうね)
サラは馬車の中ではヒヤッとする空気に身を震わせた。
サラの北部行きには、レスターとハンネスが同行した。
エルトンも同行すると騒いだが、回復薬作りにも人手が必要ないま、1課から何人も北部に送るわけには行かなかった。
(ハンネス様が来てくれたから、毒性があればすぐに分かるし……)
レスターはハンネスの目などお構いなしに、サラの世話を焼いている。
(北部に行くことになったと言ったら、何故かレスターが同行になっていたのよね。同行すると言われる気はしていたけど……)
出発時「サラ、同行騎士は本人たっての希望でレスターになったから」と、団長に笑って見送られた。
(レスターが同行してくれるのは嬉しいけど、それって公私混同にならないのかしら……)
サラは少し後ろめたいような気にもなったが、正直初めての北部出張にレスターが同行してくれているのは心強かった。
(デニスに会うのもそうだけど……マリアもいるわけだし――。ああは言ったけど、気まずくないわけはない。あっちだってそうだろうし……。はあ、薬の副作用も気になるけど、デニスやマリアにまた会わなきゃいけないのも……)
「ハンネス様は寒くないですか?」
「僕はさっきから熱いくらいだよ……」
「え?」
ハンネスは穏やかな様子ではあったが、少し呆れたようにサラとレスターを見ていた。
ノーザンドの街中に近付くと、王宮の教会にも引けを取らない歴史ある教会がいくつも聳え立っているのが見えた。
◇◇◇
「お待ちしていました」
ノーザンドの診療所に着くと、デニスが案内係と待っていてくれた。
デニスに会うのは、慌ただしく北部行きを報告されたとき以来だ。
北部の生活は厳しいものと聞く。
慣れない生活に苦労しているのだろうか。
王都にいた頃よりも、精悍な顔つきになっている気がした。
デニスに挨拶をしようとした瞬間、サラとデニスの間にレスターが立ちはだかり、デニスを見下ろすと「久しぶりだな。変わりないか」と無表情に声をかけた。
「は、はい。生活には大分慣れました」
「そうか。北部は魔獣の出没も多いし、休む暇もなく大変だろう」
「大変ではありますが――……良い修練になっております」
デニスは真摯なまなざしをレスターに向けていた。
(やっぱり――……北部に行くと決意したときも思ったけど、以前の……体裁ばかりを気にするレスターとは変わった気がする。いえ、変わろうとしているのを、感じる)
デニスは診療所のベッドに横になる騎士たちを案内する前に、3人を応接室へと通した。
「報告書にも記載しましたが――。重傷の騎士たちに特効薬処方シリーズの傷薬を試したところ、6名のうち4名に重篤な副作用が見られました。1名は高熱が、1名は全身に発心、2名は傷口が良くなるどころか爛れてしまい……。ここは診療所と言っても常駐の救護員もいない田舎で――。結局、教会所属の治療師を呼び、治癒魔法でなんとか症状を抑えて貰えたのですが、発心や爛れにはあまり効かない状況で、症状が治るまで診療所で処置を続けています」
サラは神妙な顔のハンネスをチラッと見た。ハンネスはサラにこくんと頷いた。
「6割に副反応が出ているのは異常な割合だね」
「しかも北部だけというのは……」
サラの言葉にデニスは目を見開いた。
「え!? 副反応が出たのは北部だけなのか?」
デニスは眉を顰めた。
「そうなの。他は良い報告だったんだけど……」
「それは……――おかしいな」
「まあ、考えていても仕方ない。その者たちに処方されている傷薬の在庫を見せてくれ」
ハンネスの要請に、デニスは余った傷薬を持ってきた。
ハンネスは鑑定魔法を使うと、難しそうに顔を歪めた。
「ハンネス様、どうしたの?」
「……この傷薬には、確かに毒性がある」
「え!?」
サラはハンネスが手にした傷薬を奪い取って確認した。
サラの手にある薬は、「王宮薬学研究所・特効薬処方シリーズ」の薬ケースそのものだったし、製造判も間違いなくサラのものだった。
(出荷したときには毒性がないことを確認したはずなのに……。やはり、途中で変出した?)
サラは傷薬の蓋を開け、使用途中の薬を確認した。
色合いは製造した薬と変わらないように見えた。
(香りは……?)
サラは手で仰ぐように薬の香りを確認した。
(製造した薬の香り……のようにも思えるけど――何か、違う……ような気も――)
「サラ、どうかした?」
ハンネスがサラに聞いた。レスターも、デニスも心配そうに様子を見守っていた。
「うーん……と。香りが出荷時と少し、違うような気もするけど……すぐには分からないわ……。あとで細かな成分分析をする必要があるかも……」
「そうか……。アドキンズくん、成分分析用の器具はある?」
「えー……詳しくは分かりませんが、一応2階には簡易的なものだと思いますが、そういったものも多少は……」
デニスの答えを聞き、ハンネスはサラに指示を出した。
「じゃあ、サラは患者の状況を少し見せてもらって? 僕はこの傷薬の成分分析をしてみるよ」
「ハンネス様、助かります。傷の状況からも何か分かることもあると良いのですが……。デニ、アドキンズ侯爵令息、診療所への案内をお願いできますか?」
「……もちろん、それは可能なんだが……実は――」
デニスは言いにくそうに、サラたちに切り出した。
◇◇◇
診療所では身体の多くの場所が包帯で巻かれている状態で、3人の騎士がベッドに横になっていた。騎士たちはサラに続き診療所に入ったレスターの姿に目を瞠った。
「副団長!?」と驚き、身体を起こそうとした騎士を手で制した。
「私のことは気にするな。今回はただの護衛で付いて来ただけだ」
「しかし――」
「それより安静にしていろ」
レスターの言葉に二人の騎士は、恐縮するようにベッドの上で大人しくなった。
騎士たちに挨拶をし、サラは包帯を解き傷口を見た。
爛れた傷口は腕や足などに渡り、赤く腫れあがっていた。
発心が出ている騎士の状況も似たり寄ったりだった。
「すまないな。お嬢ちゃんにこんなもん見せちまって……」
壮年の騎士は娘と接するような調子で、サラの診察を受けた。
「気にしないでください」
「王宮から俺たちのために治療院の人まで来てくれるとは有り難いよ。まさか王宮ブランドの傷薬でこんな目に遭うとは思わなくて……。よくなるどころかこんなことになるとは……。本当、とんでもないもんを作ってくれたもんだ」
騎士は最後に吐き捨てるようにそう言った。
サラはその言葉の重さに、思わずビクッと身体を震わせた。
「あっ、すまなかった。お嬢ちゃんに言ったわけじゃないんだ。その……製造責任者が許せないだけで。ずっと動けなくてイライラしちまってさ……」
「訓練にも出られないし、このままだと復帰もいつになるか……。家族にも迷惑かけちまうし」
騎士たちは全身をむず痒さや痛みに蝕まれているようだ。話ながらも搔きむしりたくなる手を抑えているようだった。
『副作用が出ている騎士たちが、かなり薬の製造者に苛立っていて、その……本人が来るとは言えなかったんだ』
デニスが診療所に入る前に、すまなさそうに現状を教えてくれた。
(薬のせいで、仕事もできず、家族にも会えず、不自由を強いられているんだもの。怒って当然だわ……)
発心や爛れた肌に触れるとかなり熱を持っているのが分かる。
「アドキンズ侯爵令息、冷水とタオルをいただける?」
サラの求めに応じ、デニスはタオルと洗面器に張った水を用意した。
サラは水につけたタオルを固く絞ると、騎士たちの傷口を拭った。
「ああ、冷たくて気持ちがいいな」
「包帯をずっとしていると蒸れて余計に悪化してしまいますから。こうして少し冷やした方が少し楽になるかと思います。根本的な解決ではないですが……」
「いや、助かるよ。ありがとう」
(すぐにタオルが温まってしまうわ。これだけ爛れていたら全身掻きむしりたくなるはず……)
サラがタオルを水で冷やしていると、デニスは水をてきぱきと入れ替えた。
また、レスターは魔法で洗面器に砕いた氷を入れてタオルを冷やしてくれた。
「ありがとう、レスター」
「俺も手伝おう」
「いや、副団長にそんなことをさせるわけには!」
騎士たちはタオルを持ったレスターに恐縮したが、レスターに押し切られ、3人で騎士たちの傷口を冷やし、ひとまず傷口には通常の傷薬を塗布し診療所をあとにした。
「サラ、申し訳なかった」
デニスは診療所を出るとサラに頭を下げた。
「君に嫌な思いをさせて……」
「デニス、あなたのせいじゃないわ。気にしないで。それに、薬害が出ているんだもの。怒るのも無理はないわ」
「でも――」
サラに頭を下げるデニスの前にレスターが立ちはだかった。
「アドキンズ、何度言えば分かるんだ?」
「え?」
なんだか不穏な空気を放つレスターをサラは見上げた。
「ヴィヴィアン侯爵夫人だ」
「あっ……! しっ、失礼しました」
「人の妻を、気安く呼ぶな」
(そっ、そこ!?)
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