第68話 レスターの献身
目が覚めると、世界が変わっていた。
それくらいの、衝撃と、深い愛情とに満たされた夜だった。
サラは朝の気配を感じ、ゆっくりと重い瞼を開けた。
サラが目を覚ました瞬間に目に入ったのは、レスターだった。
「おはよう、サラ」
いつからそうやって見ていたのだろうか。
昨夜の熱情が嘘みたいに、レスターは穏やかな表情をしてサラを見ていた。
「お、おはよう……。レスター」
サラはどういう顔をして良いか分からず、ぎこちない挨拶を返した。
レスターがむくっと起き上がったので、サラも身体を起こそうとしたが――。
(……身体が……重くて――)
レスターはサラの身体の状況を察して、赤ちゃんを抱っこするようにサラを起こした。
「昨夜……いや、もう今朝か? 大分無理をさせてしまったから、身体が重いだろう? ごめん。俺が加減をしてやれなくて……」
昨夜のことを言われて、サラはカァッと顔を赤らめた。レスターは何度もサラを求めてくれた。レスターの情熱が嬉しくて、サラもレスターにずっと抱かれていたいと思った。でも、サラとレスターの体力にはあまりに差がある。あまりのレスターの激しさに、気が付いたらサラは意識を手放していたのだ。
「今日は何もしなくていいから。俺が全部、君の面倒は見る」
「え? ど、どういう……」
見ていたのかという絶妙なタイミングで、アンが寝室をノックした。
昨夜の名残がある部屋に朝の光が入り、侍女が現れるのが妙に気恥ずかしい。
が、彼女もハーヴィー伯爵家でも長年侍女として仕えてくれていた女性だ。
何事もないように朝の支度の声をかけた。
「アン、湯を沸かしてくれ」
「承知しました」
「サラの湯あみは俺が世話をするから、アンは着替えの用意を頼む」
「え!?」
サラの驚きはないもののように、レスターとアンは会話を進める。
湯の準備が整うと、レスターはシーツでサラの身体を覆うと、宝物のように抱き上げ、浴室へサラを運んだ。
「レ、レスター! 私、一人で……いや、アンにお願いするからっ」
「サラ、今日は俺が世話をするって言っただろう? 昨夜君に無理をさせたお詫びだ」
昨夜のことを指摘されると、サラの顔は赤く染まり何も言えなくなった。
「で、でも……レスターに明るい浴室で身体を洗われるのは……」
「今は、嫌らしい思いではない」
「そういうことじゃなくて……」
「じゃあ、なるべく見ないようにするから」
「ほ、本当?」
「ああ、見なければ良いんだろう?」
レスターはなるべくサラの身体を見ないように、サラの身体を洗った。
本当に身体を洗うことに集中してくれているようではあったが、どうしても恥ずかしい。
(レスターは……身体を洗っているだけなのに。レスターに触られると……どうしても反応しちゃう――)
サラは羞恥に耐えながら、レスターに身体を洗われることになった。
――そして、いま。
ドレスに着替え、何故か、食堂に着いてもレスターの膝の上に乗せられていた。
「レスター、別にご飯は食べられるから」
「俺が面倒を見たいんだ」
「でも――」
サラは居心地が悪そうにレスターの膝の上で小さくなっていた。
侯爵家の使用人たちは、プロ意識で完全に背景と一体化してくれていた。
が、こんな衆人環視の中でいちゃつけるほど、サラの神経は図太くはなかった。
何度目かの押し問答に、ナタリーが「旦那さま、旦那さまのお気持ちもよく分かりますが、奥さまもお困りのようですから。一度お膝から下ろして差し上げてはいかがですか」と声をかけてくれ、渋々レスターはサラを自席に下ろした。
「サラ、何を食べる?」
「レスター……ご飯は一人で」
そう言うサラの言葉をスルーして、レスターはスープを一掬いするとサラの口に運んだ。
膝からは下ろしてくれたが、食事の手伝いは譲れないようだ。
レスターは「あーん」と言いながら、サラの口にスープを運んだ。
「レスター……」
「今日は一日俺が君の世話をするって言っただろう」
「でも――」
何度言ってもその手を止める気配はない。
サラは根負けし、渋々口を開き、レスターの手からスープを飲んだ。
サラがレスターの手から食事をすると、レスターは蕩けるような笑顔を見せた。
そして、今度はパンを小さくちぎり、サラダやお肉も食べやすいように手際よく整え始めた。
(もう……。恥ずかしすぎる。今日は一日こんな状態だってこと……?)
サラの予想を上回り、レスターの献身的な世話は一日中続いた。
そのおかげで体力は確かに回復したが、サラは気の休まらない休日を過ごすことになった。
◇◇◇
翌日、サラが出社すると、また新たな新薬が開発されていた。
サラはマチルダが開発したという飲み薬――ヴァルグの鎮痛剤を手に取った。
「ヴァルグは氷属性の魔獣だから、炎症を抑える効果を狙ったんだけど」
「角を聖水に付け置きしたからか、そのまま粉砕させるよりも魔力の質が向上しているようだ」
ハンネスはヴァルグの鎮痛剤を鑑定し、そう教えてくれた。
(そうか。聖水の付け置きか。確かにその方が魔力も安定しそうだわ)
「聖水の付け置きは必須にした方が良いかもしれないわね」
「ベアロスは火属性だから、体温の上昇なんかに良いんじゃない?」
「角や骨は焙炒させた方が、魔力が安定するかもしれない」
1課3課合同開発チームの職員は、銘々に魔獣の素材を使って試作をしていた。
作業工程はそれぞれ工夫があり、まずは魔獣の素材を使用するのにどうすべきかを話した。
(思った以上に魔獣素材の効果が凄そうだわ)
「試薬の効果を試してみたいですね」
「また、騎士団に治験の協力を依頼する?」
「それなんだが――新薬についての扱いを王太子主催の会議で話すことになった。それまでは新薬開発の件は、このチーム内に留めてほしい」
課長がみんなにそう告げた。
(やっぱり、効果が高すぎて扱いに困っているんだわ)
お読みいただきありがとうございます。
ブクマの追加や下の☆☆☆☆☆を★★★★★にすることで応援いただけますと幸いです……!感想、リアクションもお待ちしています。




