第66話 レスターの怪我
「えっ! 何この傷!?」
レスターが夜着の上を脱ぎサラに覆いかぶさった瞬間、サラの熱が急速に冷めた。
レスターの広い胸には、生々しい鉤爪の跡が残っていたから。
サラはレスターに押し倒されていた身体を起こすと、レスターの胸の傷を確認した。
右肩から左腰に向かって走る傷跡は、まだ生々しい。
サラがレスターの傷跡をマジマジ確認していると、レスターは「大した傷じゃない」と、サラの肩に手を置いた。
「大したことって……。回復薬を飲んでもこの状態なら――かなり、痛かったんじゃないの?」
回復薬は体力の回復には効果があるが、傷の治療に特化しているわけではない。
「サラからもらった塗り薬を使っていたから、そんなに傷も酷くならなかったんだ」
「でも――……」
騎士であるレスターの身体は筋肉も鍛えられて美しいけれど、消えない小さな傷跡は身体中に残っていた。
(やっぱり、今回の討伐も大変ものだったんだわ……)
サラは今日レスターが“お土産”だと称した魔獣の角や内臓を思い出していた。
(あれだけの魔獣を、こんな短期間に討伐して疲れていないわけない)
「サラ――本当に、この傷は大したことはないんだ。薬も効いているし、そんなに心配するほどのものではない……。俺は騎士だし、こんな傷は日常茶飯事で」
「でも……」
サラはレスターの傷をそっと撫でた。
「痛い?」
「痛く、ないよ」
サラはレスターの傷に唇を寄せた。
「サラ……?」
「レスター……私、もっと傷に効く薬を作るわ」
「くれた塗り薬も、本当に助かったよ。サラ、あのさ、それより――」
レスターはサラの姿を見て、ゴクッと喉を鳴らした。
レスターの傷を見るまでは、レスターの愛撫に素直に反応していたサラの夜着はレスターの手によって既に開けていた。夜着はサラの肘の位置で辛うじて引っかかっているだけで、胸も露わになっているし、先ほどのレスターの愛撫によって、サラの胸の頂は赤く花開いていた。
(早く、もっと触りたい……そのために、早く帰って来たのに……)
レスターは自分の傷を心配して、いまの状況を忘れ去っているようなサラを無碍にもできなかった。とは言え、自分の欲望も抑えることもできない。
「ね、サラ――」
レスターはサラの耳元にそっと囁き、露わになるサラの肩にちゅと口づけを落とした。
「続き……」
レスターの手がサラの胸に触れようとした瞬間、サラはレスターにきゅっと抱きついた。
「レスター」
レスターの裸の胸にサラの柔らかな胸の感触が伝わった。
「昨日も全然寝ずに馬を走らせたんでしょう?」
サラが心配そうに眉間にしわを寄せている。
「え……あ、ああ。でも、別に大したことじゃ……」
「この傷も……酷いし……」
「か、回復薬も飲んだから――」
(――……むしろ、元気なんだよ)
レスターは内心思ったが、この状況ではサラに受け入れて貰えないのはなんとなく察していた。サラは完全に職業人の顔をしていた。
「傷を早く治すには身体を安静にしないと……」
(……サラの、善意が、つらい)
サラは悶々とした状態で押し黙っているレスターの心情を理解しているのか、小さく決意をするように訴えた。
「私もレスターに触りたかったけど、我慢する」
(我慢しないでくれ……)
レスターは心の中でそう呟いたが、こう言い始めたらもう今夜はサラに甘く触れるのは無理だと悟った。レスターは自分の身体の熱を冷ますように、大きく息を吐いた。
「……分かったよ」
レスターはサラの開けた夜着を整えて、サラを抱きかかえて布団に入った。
(明日は……絶対、何を言われようと――)
レスターの決意を知ってか知らぬか、サラはレスターの胸に顔を寄せて安心しきった顔で寝入っていた。
◇◇◇
「うん、間違いないね。魔獣の角や骨にはその魔獣の秀でた属性の魔力が残っている。元々魔力量が多い魔獣のものには、魔力の残滓も多そうだな」
エルトンに連れられて来た1課の職員――ハンネスは穏やかな口調でそう言った。
ハンネスは1課でも珍しい鑑定魔法を得意とする職員だ。
少し長い前髪を斜めに分けた細身のハンネスは、少し女性のようにも見える。
レスターのようなゴツゴツした感じがなく、線の細いハンネスは、見た目を裏切らない物腰柔らかな人だった。
ハンネスが教えてくれたことを3課職員たちはメモを取りながら聞いていた。
(だからきっと、エルトン様に無理矢理連れて来られたのよね……。申し訳ないけど、正直助かる)
エルトンは1課の仕事は大丈夫なのか分からないが、3課の新薬づくりに相変わらず協力してくれていた。
「臓器類はどうなんだ?」
エルトンはハンネスに訊ねた。
「臓器には強い生命力が宿っているけど、魔力の属性はあまり関係なさそう。それよりも、臓器の役割によって効能は違いそうだけど」
「ハンネス様、そこまで分かれば十分です。お忙しい中、わざわざありがとうございます」
サラたち3課職員はハンネスに頭を下げた。
ハンネスは「いいんだ。僕も新薬作りには興味があったから。また必要なときはいつでも呼んでくれて構わないから」と優し気な笑みを浮かべた。そのままハンネスは、1課へと戻っていった。
ハンネスの情報を手掛かりに、3課職員たちは銘々に試作に取り掛かろうとしていた。
サラは――まず、ベアロスの肝臓を手にした。
「ベアロスか。この中だと一番魔力が高いな」
「はい。傷口の再生に効果があるのではないかと思って……」
レスターの昨日の傷口が気になっていた。
「ふむ」
「エルトン様、この臓器の水分を吸着することはできますか?」
「水分の吸着?」
「はい。乾燥には風魔法を使用しますが、エルトン様の場合は水魔法がご専門なので“送風”よりも“水分吸着”の方が早く乾燥状態になるかと思って」
魔力を使う際にはイメージが重要になるし、コントロールする属性との相性も大きい。
「なるほどな。じゃあ、ちょっとやってみるか。“水分吸着”」
そういうと、エルトンはベアロスの肝臓に左手をかざした。
ふわっとエルトンの手が発光すると肝臓からどんどん水分が抜けていった。
3分ほど待つとカラカラの状態の肝臓になった。
(すごい。さすがエルトン様の魔法。めちゃくちゃ時短になる)
「こんなもんか」
「すごい! 十分です!」
サラはエルトンの魔法によって完全に水分を奪われ縮んだベアロスの肝臓を乳鉢に入れ、乳棒で丁寧に細粉した。そして、既に作り置いてある傷薬にベアロスの肝臓の粉末を混ぜ合わせていった。
(とりあえずはこんな感じで……)
混ぜ合わせた軟膏をサラはケースに詰めた。
「もうできたのか?」
「はい。通常の傷薬をベースにしているだけですから」
エルトンは興味深そうにサラが作った軟膏を手にした。
「特に通常の傷薬と変わりは無さそうだが、ハンネスに鑑定させるか」
エルトンは当たり前のようにそう言った。
「え? い……良いんですか? さっき戻ったばかりなのに」
「いつでも呼んでいいって言っていただろう」
「それは……そうですけど」
「ハンネスに鑑定させて毒性がなければ、騎士団に治験させよう」
「え!?」
「なんだ。違ったか?」
エルトンはきょとんとサラを見た。
「いえ。その通りではありますけど……。騎士団の方に治験をお願いするなんて良いんでしょうか?」
「別に良いだろう。回復薬だってレスターが嬉々として試していただろう。それに、傷薬なんだから、怪我しているヤツの方がいいに決まっている。日常的に怪我をしている課なんて、王宮では騎士団くらいだ」
「そ、それはそうですけど……」
(エルトン様の言うことは全部正しいけど、超合理的過ぎて本当に良いのか少し躊躇うわ……。不敬じゃないかしら)
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