第65話 深夜の帰還
(レスター……早く帰って来ないかな。この前の遠征のときも……予定よりかかっていたし……。きっと、しばらく帰って来ないのよね。この前みたいに重傷者なんか出ていたら……)
サラは暗い部屋で一人、ぬいぐるみをきゅっと抱きしめた。
子ども扱いされていると思ったぬいぐるみだったが、レスターがいない時間を慰めていた。
ぬいぐるみの碧の目が、昨夜のレスターの情熱的な目と重なった。
サラは昨夜このベッドの上でレスターにされたことを思い出して身体が熱くなった。
(レスター……お休みのときに、するって言っていたけど……次のお休みじゃないわよね)
サラとレスターの休みが重なるのは二日後だった。
(昨日行ったばかりだもの……)
サラはぬいぐるみをレスターに見立てて口づけをしたが、レスターとの違いに空しくなっていた。
(ぬいぐるみはぎゅって抱きしめてくれないし、あんな深い口づけも……触れてくれることもない……)
サラはレスターの力強さを思い出しながら、自分で自分の身体をぎゅっと抱きしめた。
(分かっていたけど――全然、違う……)
窓から外を見ると、月がぽっかりと浮かんでいた。
美しい月はサラの気持ちを紛らわせることはなく、ますますレスターの不在を感じさせた。
(レスター……。寂しい。早く、無事に帰って来て――)
違う場所で同じ月を見ているかもしれないレスターを思って、サラは願った。
◇◇◇
チュン、チュン――。
(なんか……苦しい?)
小鳥のさえずりにぼんやりと目を開けると、視界がぼやっと何かに塞がれていた。
しかも、身体が自由に動かない。
(な……なに?)
寝ぼけていたサラの脳内がはっきりした。
ぼんやりしていた視界がクリアになると、サラの前にはスヤスヤ眠るレスターの姿が目に入った。重いと思っていたサラの身体には、レスターの腕が乗っていてサラの身体を包んでいた。
「レ……レ、レスター……!?」
思わず、サラは呟いた。
サラの声に反応するように、寝起きの良いレスターはパチッと目を開けた。
レスターの碧の目がサラを捉えた。
くまのぬいぐるみの目とは違う。
「な……なんで? 一体いつ戻ったの? 緊急招集だったんじゃないの?」
サラは寝起きの働かない頭で湧いて来る疑問をそのまま口にしていた。
レスターは身体を起こしながら、戸惑うサラに「ただいま」と微笑んだ。
「……お、おかえりなさい」
しばらく会えないと思っていたレスターが、目の前にいる。
サラはレスターの首にきゅっと腕を巻き付けた。
(色々聞きたいことはあったけど、どうでもいいや。レスターに会えて……嬉しい)
レスターもサラの頭上にキスを落とした。
サラは頭上のキスに気付くと、レスターに甘えるように「……口に――して、ほしい」と言った。その言葉に重なるように、レスターの唇がサラの唇に重なった。
甘い口づけが、サラにレスターの帰還の実感を湧かせていた。
◇◇◇
「こっ……これは――一体……どういう」
騎士団の倉庫内にはさまざまな魔獣の角が小山になっていた。
レスターはサラに「好きなだけ持って行っていい」と告げた。
「好きなだけって……」
「お土産だって言っただろう? 内臓類は氷魔法で凍らせてとりあえず調理庫に預けてあるから」
レスターは上機嫌だった。
サラと一緒に着いて来たマチルダは「すっごい」と感嘆の声を上げていた。
「ベアロスやヴァルグの角まである! これだけ立派な角の魔獣だったら相当大型でしたよね? こんな魔獣相手に怪我一つしないなんて……」
そう。レスター一団は、今回は大きな怪我もない上に、市街付近の魔獣たちを異常な速度で討伐し、あっという間に帰還した。マチルダは尊敬のまなざしを通り越して、超人を見るような目でレスターを見た。
(いや、本当に……みんな超人だわ。一体これだけの魔獣討伐を……どんな速度に終わらせたの?)
「ヴォルグは群れで遭遇したから素材も多く手に入ったよ」
レスターはヴォルグの群れに遭遇したことが、さも嬉しいことのように話していた。
「ヴォルグの群れ!?」
サラは驚きながら、レスターの言葉を裏付けるようにヴォルグの角が複数入った袋がある。サラはそれを手に持つと、ずっしりと重みを感じた。
(こんな大量に……)
「サラが欲しかったものはあった?」
「欲しかったものって……想像の斜め上をいっていて……」
「え? 言っていたものと違った?」
サラはブンブンと首を振った。
「じゅ、十分過ぎるほどでよ! 想像以上に凄すぎて……。ありがとう、レスター。でも、課長の打診ってまだだったんじゃ――」
(こんな勝手なことをして、お咎めとか……ないかしら?)
サラの胸中にほんの少し不安がよぎった。
「それは心配しなくていい。団長の許可はきちんと取ってあるから」
サラはホッと胸をなでおろした。
「良かった……」
「サラ、これだけあれば試作もかなりできるわよ!」
マチルダは興奮した声を上げた。
「レスター、本当にありがとう。こんなに……すてきな材料、本当に嬉しいわ!」
騎士団の倉庫から3課へ素材を運び入れていると、噂を聞きつけたエルトンがひょこっと顔を見せた。次々と運ばれる魔獣の巨大な角に、片眉を上げた。
「想像以上だな……」
エルトンの突然の登場に、サラは少し驚いた顔をした。
「レスター、ずいぶん帰りも早かったな」
エルトンは少し呆れた様子でレスターを見ていた。
「ええ。今回は王都に近いエリアでしたから。それに、こういうものは集中して討伐した方が効率がよいんです」
レスターはエルトンの問いに清々しく答えた。
「集中してって……夜通し森にでも籠ったのか」
「――……まあ、そういうことですね」
エルトンは唖然としたように、レスターを見た。
「で、そのまま戻ったのか」
「まあ」
「……寝たのか?」
「まあ、少し」
「お前……――疲れてないのか?」
「疲れていますよ、それなりに……」
「そうか……。ちょっと期待していたのとは違うが……」
エルトンは懐から、回復薬の小瓶を取り出した。
「あ! エルトン様、それ!」
「ちょうどいいだろう」
エルトンは新薬を試すために、疲労困憊であろうレスターの様子を見に来たようだ。
「どうしたんだ? サラ」
「あれは……その――」
「新しい回復薬だ」
「ああ。あの言っていた」
「せっかくだから、疲労している人間で効果を試したかったんだが」
「そうですか」
「そうですかって……レスター。まだその回復薬、人で試してないのよ」
「人で試していないって、材料はいつもの回復薬だろう。魔力の質の変化くらいなら、おかしなことも起こりようがない」
「でも……」
試作に100パーセント安全なんて有り得ないのだ。
「それに――サラの役に立てるなら、本望だ」
レスターはエルトンの手から回復薬を取り、クイッと飲み干した。
レスターの喉がゴクリッと上下に動いた。
「どうだ? 効果は? 以前と変わりないか?」
「……これは――」
回復薬を口にしたレスターは、驚いたようにサラを見た。
「身体が……急激に――軽く、なった」
「――え?」
(じゃあ、成功ってこと?)
「今までの回復薬とは回復度が全然違う。すごいな、これは」
「そ……そう?」
「ああ。この回復薬はまだあるのか?」
「う……うん。3課にいけばまだたくさん」
「騎士寮に、ラリーたちがまだ休んでいるはずだ。あいつらにも飲ませたい」
レスターは改良された回復薬をラリーら部下に届けた。
疲労困憊でボロボロになって指も動かせない状態で眠っていたラリーたちは、新たな回復薬の効果によって起き上がって自宅へ自力で帰宅する体力まで回復することができた。
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