第57話 レスターの愛(後編)
サラを抱き締めるレスターの指先が、落ち着かないように微かに震えていた。
サラは思いがけない言葉に、頭が追いつかなかった。
(レスターが、私をずっと……好き?)
「サラ、口付け……してもいい?」
そう言って、レスターは熱っぽい視線でサラを見た。片手はサラの頬を撫でていた。
「口付け……?」
サラは頭が追い付かず、レスターの言葉をただなぞった。レスターはサラの問いに頷くと「本当は毎日したかったし、サラの身体中に口付けしたかった」と言った。
(身体、中……!?)
サラは思わず想像して、顔を赤らめた。
レスターはそんなサラの手を取ると、指先にちょんと口付けた。
「隅々まで、俺が知らないところは、無くしたいと……ずっと思っていた」
(嘘……だって……)
「でも――」
「君を大切にしたかっただけなんだ」
「え?」
「それに……俺の本当の気持ちを知られて、君に引かれるのも、怖かった」
「引くって……」
レスターは、少し憮然とした顔をしたかと思うと、観念したようにため息をついた。
「――アカデミーを卒業するとき、ローレンスに首席を取られて落ち込む俺を……君は慰めてくれただろう?」
「あ……」
(そういえば、レスターは前もそのときの話を……)
「結果にばかりこだわる俺に、君は優しく俺の努力を讃えてくれた。今まで侯爵家に恥じぬように完璧を求めていた俺の心は、君の言葉で楽になった。完璧なスペアでなければならないという呪縛から解き放たれた気がしたんだ」
レスターの告白は、サラには意外過ぎるものだった。
(レスターがそんなこと……考えていたなんて、何も気付かなかった。私はただなんとなく前世での失敗を思い出しながら言っただけだったから)
きょとんとした顔でレスターの話を聞くサラの柔らかな頬にレスターはちゅと口付けした。
その仕草にサラはカァと赤くなり、思わず頬を抑えた。
(さっきの……身体中に……って言っていたのを思い出しちゃう)
そんなサラの様子に、レスターは少し口元を和らげた。
「初めて君を1人の女性として意識したのは……そのときだ」
「え……」
(そんな……前から?)
サラの驚き顔を、レスターは別の意味として捉えたのか、自虐的な笑いをした。
「人妻好きも、男色も、事実無根だが……正直言って、幼女好きは……言われても仕方がない謗りとしても受け止めていた。でも、誤解しないでほしい! 俺は、確かに8歳の君に恋したが、それは君にだけだ。俺だって、まさか、8歳の少女に胸が高鳴るなんて……予想もしていなかった。勘違いだとも思おうとしたが、どうしても……君のことが頭から離れなくて……。結婚相手を探せと言われたときも、きみしか浮かばなかった! でも、君は成人もしていなかったし……。君の成人を密かに待とうと思っていたら、母が変な勘違いを起こしてユーニスに婚約を申し込むようなことに……」
レスターはそのときのことを思い出してか、頭を抱えながらため息をついた。
「だから……前も言ったが、ユーニスのことは何とも思っていない」
「は……はい」
「成人してからハーヴィー侯爵には君との婚約をそれとなく打診したんだが、ユーニスのことや年の差なんかもあって、本気にされなくて……。そしたらデニスが……」
話しているうちに、レスターの顔色が悪くなった。
「デニスとの婚約が決まったとき……諦めようとは思ったんだが……どうしても……その……諦められなくて……。デニスと君の様子を見ていても……君が大切にされているとは……とても……」
「見ていた?」
(レスターとは、お姉さまの件があってから、しばらく会っていなかったのに、なんで……)
レスターはサラの問いに一瞬怯み、何かを考えていたが観念したように口を開いた。
「ユーニスの件があって以来、ハーヴィー家に行くのは憚られた。それに……その、俺の思いを完全に自覚してからは、君と接していては……君が、危険だと、思った」
「……危険?」
(レスターの何が危険だと言うのか)
「だから……無防備だって言ってるんだ」
レスターは無自覚なサラを軽く睨むと、顎を引き寄せ唇を奪った。
頭がジンとするような、甘い口付けに酔わされて、レスターの唇が離れていくときは寂しさを感じていた。
「君が……大人になっていく姿を見ていると……段々と、抑えきれない欲望を抱くようになっていた。俺の婚約者でもないのに、君の周りにいる男には誰からかまわず憎悪した」
濡れたレスターの唇が、小さく動いた。
「早く手に入れたかった。でも中々その準備が整わなくて……。前も言ったが――デニスとマリアを出会わせたのは俺なんだ」
「それは……」
「違う。あれはわざとやった。デニスと君の婚約が……ダメになればいいと思って……。謝って済むことではないが……すまなかった」
レスターは悔恨の表情を浮かべた。
が、サラの胸は激しく高鳴った。
(じゃあ……本当に、レスターは、ずっと……私を……?)
「サラにこのことを知られて軽蔑されるのも怖かった。子どもの君に恋して、執着していたなんて……気持ちが悪がられても……」
サラは慌ててレスターの手を握った。
「好き!」
「……え?」
「私も……ずっと……レスターが好きだったの。私の初恋は……レスターよ」
「本当……? いまの話、聞いても気持ち悪くない?」
サラは大きく被りを振った。
「レスターが、そんなに思ってくれていたなんて……予想外で……嬉しい」
「そ……そっか」
レスターは拍子抜けしたような顔をした。
サラはそんなレスターを赤らんだ顔で、非難するように見た。
「……口付けも……身体中に、してほしい」
「……え?」
「レスターはいつも余裕ある様子だったから、私はいつまでも子ども扱いされているって思って……。レスターに大人になっていることを分かって貰いたくて、初夜に……用意したのに……レスターは……」
サラの目は、次第にうるうるとして来た。
レスターは慌ててそんなサラを抱き締めた。
「ごめん」
(レスターの謝罪は今日何度目なんだろう……)
「その……俺は……兄のように思われていると思っていたから……そんな男に、急に欲望丸出しに触られたら、君が驚くと思って……。少しずつ距離を詰めようと……。その……あの服は……君が用意したと思ってなくて……」
サラはレスターの言葉に身体の力が抜けていくのを感じた。
(私たち……一体今まで……何をしていたの?)
サラはレスターにきゅっと抱き付いた。
「レスター……キス、して」
そう言った瞬間、サラの身体はふわっと空中に持ち上がり、ベッドに横たえられた。
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