第55話 サラの胸
「本当にこんなものを巻くんですか?」
アンは何度目かとなる確認を、自分の主人にした。
「そうよ。このさらしをぐるぐるに巻きたいの」
アンは自分の主人の希望が全く理解できなかった。
(今日は旦那さまとの乗馬デートだって言っていたのに、なんだってこんな。バストをわざとつぶすようなことを……)
アンは主人の美しいバストをさらしでつぶすように言われていた。
意図が理解できないアンは、何度も確認したがサラの意思は変わらなかった。
仕方なくさらしで胸を巻いていると、「もう少しきつくしてほしいの」と言って来た。
「でも奥さま。そんなことしたら、苦しいですし……」
「多少苦しくてもいいのよ。少し胸を平らにしたいの」
「平らに? 折角美しいバストなのになんでそんなことを……」
何度目かになる疑問を口にしても、サラは「いいの」と言うばかりだ。
「これでいいですか?」
アンは主人の指示に従い、しぶしぶさらしで主人の豊満な胸を平らに近づけた。
胸を平らにし乗馬服を身に付けたサラは、満足そうに自分の姿を確認している。
(うん。これなら胸が目立たない。この前のレスターは、私の胸に触れて表情が険しくなっていた。デリック様の説も信じたい気がしたけど、やっぱり――)
サラの胸にうっかり触れたときのレスターの態度に、エルトンの説が有力なような気がしていた。
(もしかしたら、女性っぽい身体付きも……嫌なのかもしれない。今日は乗馬で身体が密着するかもしれない――)
サラは考えた結果、胸をつぶすことにした。
(これでレスターが喜んでくれるなら、私も嬉しいし)
サラの満足した様子を、不思議そうにアンが見ていた。
◇◇◇
レスターが用意した馬――エルは、黒鹿毛の大人しい馬だった。
黒味がかった赤褐色の毛が特徴的だ。
レスターはサラを前に乗せて、近くの森まで馬を走らせた。
(風が気持ちいい)
レスターは慣れた様子でエルを走らせる。
サラは馬上からチラッとレスターを盗み見て、胸をときめかせていた。
(こっそり、好きでいるのは……問題ないわよね)
目的の森へ着くと、同行した使用人がシートを敷き、バスケットに入れたランチを用意した。
ランチはサラとシェフが相談して、メニューを決めた。
(やっぱりピクニックといえば、サンドウィッチよね!)
レスターはサンドウィッチにパクッとかじりつき、「うまい!」と声をあげた。
「嬉しい。今日早起きしてみんなで作ったの」
「サラも一緒に?」
「うん。ちょっとだけ」
「サラの手作りを食べられるなんて嬉しいな」
そういうと、レスターは次々と用意したサンドウィッチを嬉しそうに頬張った。
「サラ、君も食べないのか?」
サラはちまちまとサンドウィッチにかじりついていた。
「うん。食べるけど――。朝、味見をし過ぎたのかも……」と、笑ったが――。
(ちょっと……胸をきつく巻きすぎたかも……。苦しくなってきた。せっかくのピクニックなのに……)
「サラ? 大丈夫か? なんか――……顔色が……」
「あ……うん。大丈夫。なんでもないの」
「また疲れが溜まっているんじゃないのか?」
心配したレスターがサラの顔を覗き込んだ。
「そういうんじゃないの。本当に……大丈夫だから」
サラがそう答えると、二人に帯同していたアンが心配してサラにそっと声をかけた。
「奥さま、やっぱりきつすぎたのでは……」
サラはアンの問いに、息苦しさで少し潤む目でこくんと頷いた。
「ちょっと……やり過ぎちゃったかも――」
「奥さま、緩めた方が……。使用人に目隠しを作らせますので」
「でも――」
ぼそぼそとアンと話すサラの肩にレスターが触れた。
「サラ、やっぱり具合が悪いんじゃないか?」
「あ……えっと――。その……」
「無理しなくていい。もう、屋敷に戻ろう」
レスターはサラを慎重に抱き上げると、すぐに屋敷に戻った。
(折角のピクニックだったのに――……。こんなことになるなんて……。今度からはもう少し強さを調整しなくちゃ……)
レスターに抱えられながら、サラはやり過ぎた自分を後悔していた。
屋敷に着くと、レスターは宝物を抱き上げる慎重さでサラを私室のベッドに連れて行き、ナタリーやアンにサラの状況を確認するように指示を出した。
「……どうして、お胸にさらしなど……」
レスターから看護を申し付けられたナタリーが、私室でさらしを慌てて解くアンとサラを驚いて見ていた。
「アン、どういうことなのです? 奥さまにこんな……。苦しくなって当然です」
「ナタリー、アンは何も悪くないの。私が……アンに無理を言って」
「奥さま……。何故そんなことを……」
ナタリーはアンにも何度も聞かれた疑問を口にした。
「それは……」
アンには事情を説明せずに誤魔化していたが、ナタリーの目は誤魔化せそうもなかった。
「その――」
「なんですか?」
「胸を……平らにしたくて」
アンにさらしを解いてもらったサラは、先ほどまでの息苦しさが一気に解消された。
「胸を、平らに? なぜなのです?」
ナタリーの追及は終わらなかった。
「……その――、レスターが、胸が平らな方が……好きかと思って」
「旦那さまが? 旦那さまが、そんなことをおっしゃったのですか?」
ナタリーは驚いてサラを見ている。
「そうは言ってはいないのだけど……。そうかなって、思って……」
「旦那さまが平らな胸が好きだと、奥さまがお感じになられることがあったということですか?」
(そう言われると……なんとも答えにくいけれど……)
「まあ、なんていうか……」
サラはナタリーの追及に、曖昧な返答を繰り返した。
◆◆◆
「は?」
レスターは執務室でナタリーに報告を受けている途中に、思わず声を上げた。
(俺が……平らな胸が好き?)
サラが苦しんでいた理由が胸をさらしで巻いていたからということにも驚いたが、さらしで巻いた理由が……。
「奥さまは、旦那さまが平らなお胸が好きだと思ってらっしゃるそうです」
(なんで? どうしてそんなことを?)
「旦那さま、奥さまがそう誤解なさるようなことに心当たりはないのですか?」
ナタリーはレスターを厳しく見ていた。
(心当たりって……。まさか、あれか? サラの胸に触れた……。でも、別に平らな胸が好きだなんて一言も……)
頭を抱えているレスターを見て、ナタリーがコホンと咳ばらいをした。
「旦那さま、私どもは旦那さまが奥さまをどれほど心待ちにしていたか、存じ上げております。お部屋や調度品、お洋服、アクセサリー、お食事の好み……何から何までこだわっていたことも承知しております」
レスターはナタリーの言葉に、ちょっと恥ずかしくなった。
「でも――」
ナタリーは鋭い視線をレスターに向けた。
「旦那さまは、奥さまにきちんとそう言ったお気持ちをお話されているのでしょうか?」
「……」
「まさかとは思いますが、何もおっしゃっていない、なんてことはありませんよね?」
「何も……言っていない、ということは……ない」
(愛してるとも言ったし……。好きだとか、かわいいとか、プレゼントだとか、俺なりの愛情表現は怠っていないつもりだ)
「本当ですか?」
ナタリーは疑い深い目でレスターを見た。
子どもの頃から世話になっているナタリーには、レスターも頭が上がらない。
「ほ……本当だ」
「では、伝え方に問題があるのかもしれません」
「伝え方……」
「大変申し上げにくいのですが、私の見立てでは、奥さまに旦那さまのお気持ちはあまり伝わっていないのではないかと思います。何か心当たりがあるのではないですか?」
ナタリーに指摘され、レスターはギクッと図星を指された。
「……まあ――。心当たりというか……細かい話は……サラには……しては……いない」
「細かい話、というのは?」
「その……」
「旦那さまがずーーーっと奥さまに思いを寄せていたということなどでしょうか?」
「…………まあ、その辺りは……少し、省いた」
「……旦那さま、その辺りを省くということは、肝心なことはご存知ないまま、奥さまはご婚約されたということですか?」
「……そうだが、サラもこの婚約は受け入れてくれている」
(そうだ。サラから結婚したいと言ってもらえたんだから、なんの問題もないはずだ)
「それに、結婚したんだから、これから少しずつ距離を縮めていけば……」
「旦那さま!」
段々と言い訳がましい言葉を言い始めたレスターを、ナタリーは窘めた。
「……老婆心ではございますが、きちんと奥さまとお話されるべきです」
「話……」
「何を心配なさっておられるか分かりませんが、奥さまは大変お心が広い方のようにお見受けします。細かなことを気にされるよりも、素直にお気持ちをお話になったほうが宜しいかと思います。深刻な事態になる前に……」
「深刻な……。それは、サラが私に愛想をつかすとかそういう……」
レスターはサァーと、顔が青ざめた。
「それは私には分かりません」
レスターはガタッと慌てて立ち上がった。
「奥さまは私室でお休みです。いいですか。変なことはお考えにならず、正直にお話ください」
「わ……分かった」
レスターは、執務室を飛び出た。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
ようやくレスターが腹をくくり行動を始めました!
ブクマや感想・ご評価などを頂けたら、励みになります!!
よろしくお願いします!!!




