第54話 レスターの誤爆
レスターは、サラの小さな手に自分の手を重ね、サラを組み敷いた。
レスターに突然伸し掛かられたサラは、予想外のことに驚いていた。
慌てるサラの姿は、頬は赤らみ、瞳は潤み、妙に煽情的で、レスターを興奮させていた。
(あまりに分かっていない発言ばかりするから、ちょっと脅かしておこうと思っただけだったんだが……。かわいい。予想以上に華奢で壊れそうだし、この体勢は俺の理性にも……まずい。やり過ぎたか……)
「レ……レスター、急に……なに?」
サラのか細い声に、レスターはハッとした。
レスターが軽く抑えただけでも、サラは身動きが取れないようだった。
必死に身を捩っているが、全く効果がない。
(そうだ。ちょっと分からせておこうと……思ったんだった)
レスターは変なスイッチが入りそうになるのに抗い、冷静にサラを見た。
「サラ……動けないだろう?」
「う、うん……」
サラは顔を赤らめながら、レスターの目をちらっと見た。
サラはレスターの手を振り解こうともがいてはいるが、怖がっているような様子には見えなかった。むしろ、サラがレスターを見る視線は、情熱的で、甘くも見えた。
(……なんて、自分の都合によいように考えているだけか。唇も柔らかそうだ。ああっ! 思い切り唇を貪りたい)
レスターは自分の中の熱を冷ますために、はぁと息をゆっくりと息を吐き出すと、サラの手をパッと離した。
「あ……」
突然拘束され、突然解放されたサラは、頭が追い付いていないようだった。
レスターは、横たわったままのサラの頭の横に手を置き直して、少し厳しい顔でサラを見た。
「君は、無防備すぎる」
「――……え?」
「サラは……気付いていないかもしれないが――、酒を飲むと隙だらけになる。さっきみたいに男に伸し掛かられたら、振り解けないだろう?」
サラは首を振った。
「同僚と飲みに行くなとは……言わないが――。少しは警戒心を持ってくれ……。一方的な言い方はしたくないが、男女関係なく付き合えても、男は男だし、魔法にしか興味のない男なんか、いない」
「……でも」
「実際、エルトンはサラの身体に無遠慮に触れていただろう」
レスターは診療所でサラを抱きかかえたエルトンを思い出し、腸が煮えくり返るような苛立ちを思い出した。
「あれは私が倒れそうになったのを助けてくれただけで……」
エルトンを庇うサラの発言は、火に油を注ぐのに十分だった。
「でも君が抵抗しても離さなかっただろう? エルトンみたいな男でも、君が力で抵抗するのは難しいんだ。無理矢理君の意に沿わないことだって、しようと思えばできる」
「それは……」
「あのまま王宮の廊下を歩かれてみろ。明日には妙な噂も広がる。そんなこと、君にも分かるだろう? エルトンはそういうことは気にしないかもしれないが、君は私の妻だ」
(サラが悪いわけではないのは分かっているが……――)
レスターは、エルトンに警戒心が全く抱かないサラにも苛立っていた。
レスターはそう言いながら、サラから身体を離し起き上がった。
サラはレスターの言葉に少し傷ついたような顔をしていたが、レスターに手を取られ起き上がった。
「乱暴にして……悪かった。でも、少し男と飲むときは警戒してほしい。それがたとえ信頼している人間でも――」
(ちょっと……強く言い過ぎたか――)
レスターはしょぼんとしたサラを見て、目を伏せた。
慰めようとサラの肩に触れようとした瞬間、ふにゃんとしたものに手が触れた。
「きゃっ」
サラの小さな悲鳴に反応して、パッと顔を上げると自分の手がサラの胸に触れていた。
(え……――)
「わぁ!」
レスターは慌てて自分の手をサラの胸から離した。
「す、すまない!」
(胸!? いまのふにゃんとした柔らかい感触はサラの胸!?)
レスターは指先に触れたサラの胸の感触を生々しく思い出していた。
(――……いや、いま余計なことを考えるな。あれはただの脂肪だ。ただの……脂肪)
自分の手の感触を忘れようとするほど、自分の身体にはない柔らかい胸の感触を生々しく思い出してしまう。
「サ、サラ、肩を触ろうとしただけなんだ。嫌らしい思いは一切ない! 本当に! 全く!」
レスターは、驚いてこっちを見ているサラに慌てて弁明した。
レスターの言い訳が必死になればなるほど、サラの顔が白くなっていった。
(男に警戒しろとか偉そうに言ったあとに、自分がサラの胸に無遠慮に触れるとは……。完全に矛盾している。これでは、完全にダメな男だ。まずい……嫌……われる――)
レスターは自分の胸を抑えながら、顔色が悪くなっているサラを直視できなかった。
◇◇◇
悪夢のような夜を忘れようと、レスターは早朝から鍛錬に勤しんでいた。
「大丈夫です。気にしないでください。たまたま当たっただけだって分かっていますから」
サラは狼狽えるレスターに笑顔でそう言った。
が、明らかに顔色は悪かった。
あの後、それぞれの私室で就寝することになったが――。
(サラの胸の感触を思い出して、全然寝られなかった。何が嫌らしい思いは一切ない、だ。嫌らしい思いしかない、の間違いだろう)
レスターは自己嫌悪に駆られていた。
(もう……そろそろか)
朝食の時間だ。
(いつもはサラと会うのが楽しみなのに、今日はサラが俺をどんな目で見るのかが怖い……。魔獣討伐だってこんな恐怖はない……)
レスターは小さくため息をはきながら、食堂へと向かった。
食堂には既にサラがいた。
サラの今日のドレスは、青のドレスだった。
レスターが用意したドレスの多くは、レスターの髪色や瞳を意識したカラーが多い。
(サラが自分の色を身に付けていると、心が満たされる感じがする。いつもと変りなくも見えるが……)
「おはよう、レスター。昨日は眠れた?」
サラは昨日のハプニングがなかったかのように、変わらない笑顔を見せてくれた。
レスターは心底ほっとしていたが、なるべく表情には出さないように意識していた。
(良かった。とりあえず、いつも通りだ)
「ああ。サラは? 疲れは、少し取れたか?」
「ええ」
「その……サラ、昨日は――大変失礼した」
改めてレスターが頭を下げると、サラはくすっと笑って「そんなに気にしなくても大丈夫ですよ」と言った。
(本当に、女神だ……)
優しいサラの笑顔に癒されながら、昨日触れてしまったサラの胸の感触を何度も思い出している自分をレスターは恥じていた。
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