第53話 愛の確認
「サラ……」
馬車の中で二人きりになると、胸がうるさいくらいに騒いでいた。
2週間振りのレスターは、心臓に悪い。
レスターはサラの頬を優しく撫でた。
「また、徹夜したのか?」
レスターの指が、サラの目の下のくまをなぞった。
「レスターたちの部隊が大変な状況だって聞いたら、いてもたってもいられなくて……。何かしていた方が、気が紛れたから」
サラは心配するレスターを安心させるように微笑んだ。
「そうか。心配をかけたな。治療もありがとう。おかげで助かった」
サラは小さく首を振った。
「早く帰るって言ったのに――……すまない」
「ううん、無事で良かった」
サラの頬を撫でるレスターの手のぬくもりを感じながら、サラはもっとレスターのぬくもりを感じたくなっていた。
(レスターだって私に触っているんだし、別に……いいわよね)
「レスター」
「ん?」
「あの、抱きついても、いい?」
「――え……」
サラの頬を撫でていたレスターの手が、ピタッと止まった。
(無事だって言うのは分かっているけど……レスターに触れて安心したい)
「だめ?」
「だ……ダメではないが、湯あみもしていないから、におうかもしれないし……」
サラは、ごにょごにょ言うレスターに抱きついた。
(レスターだ……)
抱きつくと、レスターのがっしりとした身体を感じた。
(あったかい。レスターのにおい……)
「……良かったぁ」
サラは思わず声が漏れた。
「レスターが強いのは分かっているけど、心配で……」
今日のレスターは、サラの身体を離すのではなく、サラを抱き返して優しく背中をさすってくれた。その優しい仕草が、サラの涙腺を緩くさせた。
「心配させて、すまなかった」
そういうと、サラに触れるレスターの手に、力がこもった。
サラはレスターの抱きしめる腕の強さに、彼の愛を感じていた。
(やっぱり――レスターが好き。彼と……ちゃんと、家族になりたい)
◇◇◇
自宅に着くまで、サラとレスターはずっと抱きしめ合っていた。
互いの温もりを交換しているような抱擁だった。
(ワーキングハイだったのか。馬車の中では……レスターにあんなにくっ付いて平気だったのに……)
湯あみを終えて、久しぶりの主寝室のベッドに並ぶと、レスターの顔が見られなくなった。
(レスターが、いつも以上にキラキラして見えて直視できない)
「サラ、飲むか?」
レスターは蜂蜜酒の瓶を見せた。
「あ、うん。じゃあ……少し」
(お酒で少し緊張も解けるかもしれないし……)
レスターは蜂蜜酒の水割りをサラに渡した。
(甘くて、美味しい。でも、レスターがこういうの飲むのって珍しい……)
そう思ってレスターを見ると、レスターは自分用にはワインを注いでいた。
「ん? どうかしたか?」
サラの視線に気づき、レスターがチラッとサラを見た。
「ううん。レスターも蜂蜜酒飲むと思ったから」
「ああ。ちょっとこのワインは、君には度数が高いから」
そういうと、レスターはワインを一口飲んだ。
サラは、レスターのその発言にちょっとムッとした。
(また……。久しぶりに会ったと思ったら、子ども扱い……。私だってワインくらい飲めるし。この前だって飲んでいたんだから分かっているはずなのに……)
サラがレスターを睨んでいると、「ん?」とレスターはサラの顔を見た。
「私も、ワインくらい飲めます」
不貞腐れてサラが言うと、レスターはクスッと笑ってサラの頭を撫でた。
「ごめん、ごめん。それ飲み終わったら、ワインを一緒に飲もう」
サラは頭を撫でるレスターの手を払った。
「前から思っていたけど……レスター、私のこと、子どもだと思っていない?」と少し膨れながら睨んだ。
(もう、あれこれ考えても仕方ないし――。本人に直接聞いた方が……)
冗談めかして睨むサラの目と、レスターの目が絡み合った。
サラの目には、先ほどまで穏やかに笑っていたレスターではなく、思いのほか真剣な顔をしたレスターが映った。
「思っていないよ」
予想外の真剣な瞳に、サラはどういう顔をしていいか分からなかった。
「子どもと結婚するわけ、ないだろう」
「……う、うん」
そう頷くと、レスターが穏やかに微笑んだ。
そして、いつもの優しいレスターが「それより、抱きしめていい?」と訊ねた。
馬車の中での抱擁を思い出して、コクンと頷くと、レスターがサラを後ろから抱きしめた。
「え!?」
「なに?」
「あ……こういう、感じだと――思わなかったから」
「いや? さっきみたいに抱きしめると、話しにくいし、酒も飲めないから」
「あ……そういう」
後ろからレスターに抱きしめられると、以前膝に乗せられたことを思い出す。
(首筋に息がかかって……落ち着かない)
レスターはサラの動揺は気にせず、ワインを飲みながら「サラ……俺がいない間、何をしていたの? 変わったことはなかった?」と訊ねた。
「変わったこと?」
「何でもいい。君がどう過ごしていたかを知りたいんだ」
耳元でレスターの声が、ダイレクトに響いた。
「別に……いつもと、そんなに変わらないけど……。あ、レスターが3課の人員補充のことを言ってくれたから、かなり環境が良くなったの」
「そうか」
「残業も減ったし、徹夜仕事なんて今じゃあり得ないほどよ。ありがとう」
「どういたしまして」
「早く帰れるようになったから、この前みんなでご飯も食べに行って」
「――みんな?」
「うん。マチルダと、エルトン様と、デリック様と。マチルダが教えてくれた王都のお店だったんだけど、お食事も美味しかったからレスターとも行ってみたいなと思って……」
「――食事も?」
耳に響くレスターの声が、少し低くなった気がした。
「うん」
どうしたのかと思って振り返ると、レスターはワインを煽っていた。
「レスター? そんな風に飲んで大丈夫?」
レスターは空になったワイングラスに並々とワインを注いでいた。
(ワインって……そんなに、並々注ぐものだっけ?)
「大丈夫だよ。それより、食事もってことは、みんなで酒でも飲んだの?」
レスターはサラを見た。
なんだか、レスターの表情に不穏なものを感じた。
(なんか……悪いこと、話した?)
「う……うん。少し。エルトン様も、デリック様も、マチルダも、魔法や魔道具、薬のことにも詳しいでしょう? 話していると、すごく仕事の刺激になるっていうか。それで、この前も研修することになって……」
サラは謎に不穏なオーラを放つレスターに、慌てて努めて明るく振る舞った。
(レスターが留守のときに、男性と飲みに行ったから? でも、エルトン様もデリック様も、レスターも知っているし、変な会でもないし……)
サラは無邪気な笑顔を作ったが、理由の分からない不穏な空気を感じ冷や汗が出た。
「そう。研修か。そういうのができるのはいいね」
レスターは笑顔でそう言ってくれたが、目が笑っていない。
「サラは、エルトンと……仲がいいの?」
「え?」
(あっ、そういえば、さっきエルトン様に抱き上げられているところを……。もしかして、エルトン様との関係を誤解されている?)
「あの、そんなに親しいというほどではないんだけど……。エルトン様は、ああいう感じなので男女関係なく付き合えるから……」
(男性として意識していないことは、とりあえず強調してみたけど……)
サラの言葉にレスターの表情に変化はなかった。
(そ、そういうことではなかった……?)
「やっぱり、ローレンスに見張らせるしかないな」
ボソッと、レスターがつぶやいた。
「見張る……?」
「俺がいないとき――変な虫が寄って来ないように……」
レスターは、またワインをグイッと煽った。
「変な虫って……エルトン様は、レスターも知ってるとおり、魔法にしかご興味がない方で……」
レスターは空になったワイングラスをベッドサイドに置くと、サラの手にしていたグラスも笑顔で奪った。
(なに……?)
サラは不穏なオーラを纏うとレスターに、急にベッドに押し倒された。
(なっ……なにーー!?)
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