第48話 サラの憂鬱な朝
(昨夜は一睡もできなかった……。勇気を出してレスターに『キスして』って言ったのに、結局昨夜もおでこへのキスだし……。ただ隣で寝ただけ……)
サラは目の奥が熱くなるのを感じた。
昨夜もこっそり泣いてしまっていた。
(レスターにとって……私はそんなに魅力がないってことなの……? レスターは朝もさっさと起きて、部屋を出て行ってしまうし……。私って、一体なんなの……?)
サラはレスターが部屋を出た後、昨夜のことを思い返していた。
昨夜、勇気を出してマチルダと選んだ夜着を着た。
(レスターは完全に引いた目で私を見てた……)
昨夜のレスターを思い出すと、目が潤んでくる。
(あの後も、少しでもレスターに意識してもらいたいと思って近づいたけど、レスターは必死に身体を離そうとするし……。抱きついたのに、抱きしめ返しても……貰えなかった。そればかりか、サラからすぐにでも離れたいとでもいうように手を解かれた……。最後なんか、もうさっさと寝てほしいって感じだったし……)
サラの目からポロッと涙が零れた。
(頑張ろうって……――レスターに好きになって貰えるようにって……思ったのに。早速こんなことになるなんて……)
『適齢期の女性たちは――……少し優しくすると、すぐ誤解するから近付かなかっただけだ』
酔ったレスターが漏らした本音が、サラの頭に蘇った。
(私も……誤解して変なことしたから嫌がられたってこと?)
レスターのぬいぐるみが目に入る。
レスターがくれた2匹のぬいぐるみは仲が良さそうに並んでいる。
サラは縋るようにレスターのくまを抱き締めた。
(このぬいぐるみも、ただの責任感なの? 私に迫られたら、レスターは困るだけなの?)
◇◇◇
「昨夜はよく寝られましたか?」
アンはいつもの笑顔がサラの朝の支度を手伝ってくれた。
何があったかは、アンにもナタリーにも話せなかった。
が、少し腫れた目を冷やしてくれ、サラを落ち着かせようと明るく声をかけてくれていた。
(何があったか……というか、何もなかったことは、2人にはバレてるみたい。そりゃあそうよね。こんな……色気のない、奥さまじゃ)
サラの浮かない顔を見て、ナタリーは衣裳室にびっしり入ったドレスを見せてくれた。
「何……これ」
(こんなに……私の服はなかったと思うけど……)
「すごい量ですね! どのドレスも素敵……!」
アンが衣裳室のドレスに驚きの声を上げた。
「どうしたの? これ」
「旦那さまがカサブランカの女主人に相談して用意されていたんです」
「え?」
ナタリーがサラを気遣うように微笑んだ。
「旦那さまは、奥さまがいらっしゃるのを本当に心待ちにしていたんですよ」
「奥さま! こんなにカサブランカのドレスを用意されるなんて、並大抵のことじゃありませんよ」
アンも励ますようにサラに言った。
(レスターが……)
昨夜、拒否されたと感じて凍っていたサラの心が、少しずつ和らぐのを感じた。
(……責任感、なのかもしれないけど……これだけ用意するのは間違いなく大変なことだわ。レスターが私のために色々してくれていたことは間違いない。それに、レスターは一回の失敗で軽蔑するような人じゃないし、人の気持ちが分からない人でもない。ちゃんと私の気持ちを話せば……私たちの夫婦関係も前向きに考えてくれるかもしれない。あんまり焦っちゃダメだわ)
少しずつ表情が明るくなるサラを見て、ナタリーが「どれをお召しになさいますか?」と聞いた。
◇◇◇
「レスター、ドレスもありがとう! 衣裳室がいっぱいになっていて驚いたわ」
朝食の席でサラはレスターにそう告げた。
サラはレスターの瞳の色を思わせるグリーンのドレスを身に付けた。
レスターが用意してくれたドレスやアクセサリーはレスターの瞳や髪色を思わせるものが多かった。
(レスターの妻なんだもの。レスターの色を身に付けて問題ないってことよね)
サラはくじけそうになった思いを奮い立たせるように、グリーンのドレスを身に付けた。
早朝部屋を出たレスターは、剣の鍛錬をしていたようだ。
朝の習慣らしい。
(レスターって、本当に真面目なのね。毎日きちんと鍛錬を怠らないなんて。私も見習わないと……)
「サラが喜んでくれたなら、俺も嬉しい。そのドレスも似合っているよ」
「ありがとう」
(やっぱり、レスターは優しいし、あんなことでくよくよしたって仕方ないのよね)
朝食の後は、ゆっくりとお茶をしたり、チェスをしたりして過ごした。
(ハーヴィー家にレスターが遊びに来たときも、こんな感じだった。久しぶりにレスターとこんな風に過ごせて楽しいわ)
サラはすっかり6年前のレスターとの関係を思い出していた。
だから、レスターがこんな提案してくるなんて予想もしていなかった。
「なんでそんなこと言うの?」
「昨夜はよく眠れなかったんだろう?」
「そんなこと……」
(今日は普通の夜着を着ているのに。どうして……――)
レスターは夫婦の寝室に来たサラに、慣れるまで私室で寝ることを提案してきた。
(新婚早々、そんな夫婦……形だけの結婚だって言っているようなものじゃない……)
「この生活にも慣れていないだろうし、焦らなくていいんだ」
「でも――……」
サラがレスターに触れようとすると、昨日と同じように妙に距離を取ろうとしているのを感じた。
(また、だ……。私が慣れるまでって言っているけど、本当はレスターが……私と寝るのは嫌だってことじゃ……)
「夫婦なのに?」
「――……少しの間、君が慣れるまで。あまり君に負担をかけたくないだけなんだ」
「でも……」
食い下がるサラに、レスターは少し気まずそうにサラの顔を見た。
「……昨夜、泣いていたんじゃないか?」
「え……」
(気付いていたの? じゃあ、私が何を考えていたかも……もしかして――)
サラはレスターの指摘に俯くと、小さくこくんと頷いた。
(ここまで言われて……無理矢理一緒に寝ても、また嫌がられるだけだし――)
「サラ、そんなに頑張らなくていいから」
レスターは顔色が悪くなったサラをそう言って抱きしめた。
が、レスターの指す「頑張る」の意味が、サラの内心とは全く違う意味を持ち、レスターの優しい慰めがサラの心を凍らせていった
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