第46話 新居へ
パーティーを終え、サラとレスターは馬車で新居となるレスターの家へと向かった。
「サラ、疲れていない?」
「少しね。でも、楽しかったわ」
「俺もだよ」
レスターは頬にちゅっとキスした。
サラはそんなレスターの愛情表現に顔を赤らめながらも、頬へのキスに少しだけ物足りなさを感じていた。
(前みたいに……唇に触れてほしい。そんなこと言ったら、はしたないと思われるかしら……)
サラは少し潤んだ瞳でレスターを見上げたが、レスターはサラの背中を見ているようだった。
「レスター? どうかした?」
レスターがサラの声に反応をして顔を上げると、少し慌てたような顔をした。
「いや……なんでもない」
「――そう?」
サラが不思議そうにレスターを見ると、レスターは少し目を反らしながら自分の頬をポリッと掻いた。
「いや……なんでもなくないな」
「え?」
「サラの……ドレス姿が――きれい過ぎて……」
レスターがはにかみながら、サラを見た。
「え!?」
レスターの視線はサラのドレスに注がれていた。
完璧な花婿姿のレスターに改めてそう言われ、サラの体温が急激に上がった。
「あっ……ありがとう。レスター」
「こっちがだよ。こんなに美しい花嫁と結婚できるなんて――……最高に幸せだ」
そういうと、レスターはサラのグローブの上に口づけをした。
真剣なレスターの視線に、サラの心臓はドクドクと早鐘のようになった。
サラの心音とは反比例して、馬車はゆっくりと停車した。
レスターはいつものようにサラをエスコートするのかと思うと、馬車から降りようとするサラをガバッと抱き上げた。
「きゃっ」
(お……お姫様――抱っこ!?)
「レスター!? なんで?」
二人の到着は、新居の使用人たちが出迎えてくれていた。
(嬉しいけど……恥ずかしい――)
「花嫁を抱きかかえて新居に入ると、幸福な結婚生活を送れるらしいからね」
そういうと、レスターはサラを軽々と抱えて、二人の新居へと入って行った。
新居に入ると下ろしてくれるのかと思ったが、抱きかかえられたまま、侍女長になるナタリーや家令のニックへの挨拶をすることになった。
(こ……こんな格好で――挨拶なんて、さすがにおかしいでしょう!?)
「レスター、ちょっと下ろして……」
何度サラがそう言っても、レスターはニコニコ笑いながら聞き流した。
(レスター、全然言うことを聞いてくれない……)
サラが困っているのを見かねて、ナタリーが「旦那さま、奥さまがお困りのようですよ」と窘めてくれてしぶしぶ下ろしてくれた。
(はぁ……助かった)
「奥さま、お疲れでしょうからお部屋へご案内いたします」
ナタリーはサラを気遣うようにそう言うと、レスターに向き直ると「旦那さまもお疲れでしょう。お着替えをなさってから、奥さまをお待ちください」と、微笑んだ。レスターはナタリーに何か言いたそうだったが、ナタリーはいそいそとサラを部屋へと連れて行った。
◇◇◇
「ナタリーさんは、レスターの乳母もしていたんですね!」
「さようでございます。ナタリーで結構ですよ。奥さま」
サラは慣れない奥さま呼びに少し顔を赤らめた。
「お坊ちゃ……いえ、旦那さまの奥さまにもお仕えできて光栄でございます。このお屋敷は、旦那さまが騎士団所属になってからお住まいです。旦那さまのお考えで使用人は少ないですが、長く仕えているものばかりです」
サラのドレスは、ハーヴィー伯爵家から仕えている侍女のアンが脱がせてくれていた。
「それにしてもカサブランカの御仕立のドレス、本当に素敵で」
「ええ、旦那さまもうっとりされていましたよ」
ナタリーとアンが、サラのドレスを褒めてくれた。
「レスターがカサブランカで作れるように準備をしてくれていて……。人気店だからずいぶん待っている方も聞くのに、レスターはツテでもあるのかしら?」
「そうですね。王太子殿下とも親しくされているようですから、もしかしたらそういったところから……。あとは、早めにご準備していたのかもしれませんが」
「早め? でも、私とレスターの結婚は急遽決まったことだしそれは無理じゃない?」
「そういえば……そうでございますね」
ナタリーはサラに小さく微笑んだ。
少し深みのある笑みにも見えたが、サラにはよく分からなかった。
それよりも、私室と用意された部屋の仕上がりが気になっていた。
「ナタリー、レスターって本当に気が利くのね。このお部屋もすごく素敵だし」
「本当、奥さまのお好みにバッチリ合っていますね。まるでハーヴィー家のお部屋にも似ていますね」
アンも不思議そうにサラの部屋を見回した。
(そう。そうなのよ。この部屋は初めてなのに妙に落ち着くって言うか……。アンの言うようにハーヴィー伯爵家の私室にもどこか似ているけど、それよりも私の好みに合っているような気も……)
「張り切って奥さま用に準備されていましたよ」
「レスターが?」
「はい」
(一体いつの間に準備してくれていたんだろう……。それに、こんな――好みを知り尽くしているような……。そういえば、夜会用のパーティーも、指輪も、サイズがぴったりだったし……。レスターって――)
「特殊能力でも……あるのしかしら」
サラがポソッとつぶやくと、ナタリーが少し苦笑しながらサラの髪を梳いた。
この世界では強い魔力は貴族に宿ることが多い。
この世界における魔力は、インフラ維持から戦闘までさまざまに使われていて欠かすことのできないものだ。だからこそ、貴族は自分の力を私利私欲ではなく、社会に正しく活用する自律心が強く求められる。
(でも、そんな人の好みやサイズが分かる魔法なんて聞いたことないけど……)
「特殊能力……そうですね。旦那さまは、奥さまのためなら何でも身に付けそうですわ」
ナタリーはそう言って鏡越しに微笑んだ。
湯あみをしたあと、アンが用意してくれた寝間着を着用した。
ずいぶんとかわいい寝間着だったが、自分の寝間着ではなかった。
「これ……どうしたの?」
そう聞くと、ナタリーが「こちらでご不自由がないように、全て用意するよう旦那さまが指示されましたのでひとまずご用意いたしました。今後は奥さまのお好みで用意いたしますから」と答えた。
(何から何まで……)
「あ、ううん。ありがとう。とても、素敵な寝間着で驚いただけ」
ナタリーはサラがそういうと、微笑んでアンとともに部屋を下がった。
姿見でレスターが用意してくれた寝間着を見た。
サラはこっそりと持参した、マチルダと買ったセクシーな寝間着を自分の鞄の中から取り出し、自分に合わせて見てみた。レスターの指示で用意されたという寝間着は、サラが買った寝間着とはずいぶん違って本当に上品だった。長めの寝間着はサラが買ったものと同じだが、スリットは入っていないから足は見えない。シルク素材で肌触りが良くて、透けて肌が見えるようなこともない。
(用意してくれたってことは……レスターはこういう感じが好きってことなのかしら? 胸元もきちんとボタンで留まっていて、すぐに脱げなさそう……って、私、何を考えて……)
レスターが用意した寝間着をじっとサラは見た。
(可愛いけど……。なんか、やっぱり子どもっぽく見える。というか、私が用意した夜着がおかし過ぎた?)
サラはアンが着せてくれた寝間着を脱いで、自分が買った寝間着に着替えた。
マチルダと選んだ寝間着は、先ほどのものとは全然違った。
(さっきの寝間着とは違って、肌は透けているし、足も見える。……ちょっと、やり過ぎたかも……。――でも、これなら、レスターも……私が大人だって気づくわよね……。はしたないって思われるかしら。でも、あのお店にはもっと色んな夜着があったし……。レスターと私は夫婦になるんだし――)
サラはどちらの夜着を纏うべきか、姿見を見ながら考えあぐねていた。
(ど……どうしたら……。どっちが正解なの!?)
ここまでお読みいただきありがとうございます。
サラは一体どの寝間着を着用するのか!?
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