第43話 サラの決断
(勝負下着って言うのは……いつの時代もすごいものね)
サラは、何を隠しているのか分からないひも状の下着を手にしていた。
「なに、サラ。それにするの?」
ひも状の下着を手にしているサラに、マチルダは声をかけた。
「なっ……これは、さすがに、ないわ!」
「そう? こういうのも、好きかもしれないわよ」
マチルダは意味深に笑った。
(さすが既婚者……。余裕が違うわ)
サラは慌てて下着をもとに戻した。
「ちょっと……これは、私にはレベルが高いわ。もう少し、挑戦しやすそうな……」
店内をきょろきょろすると、花柄のレースの下着が目に入った。
(これなら、私にも挑戦しやすそう……)
そう思い、手にした瞬間――自分の考え違いに気が付いた。
一見普通そうに見えた下着は、肝心なところに穴が開いていた。
「!?」
マチルダはいたずらっぽくサラの手元を除くと「ああ。副団長はそういう方が喜ぶかもね」と笑った。
「買わないわよ!」
「いいじゃない。大人っぽい下着がいいんでしょう?」
「そ……そうだけど。マチルダ、このお店、普通の下着……ないの?」
「副団長に大人っぽく見られたいって言うから、連れて来たのに」
「だって――」
結婚前の最後の休日は、サラはマチルダと過ごすために王都に遊びに来ていた。
なぜかというと、一人で悶々と悩み続けることが限界だった。
「責任感?」
マチルダは深刻な顔をしたサラの言葉をオウム返しした。
サラはこくんと頷いた。
「実は、レスターは責任感から私との婚約を申し出たの。だから、私たちはマチルダが考えているような……甘い関係ではないのよ」
(そんな風には、とても見えないけど……)
マチルダはサラの話に引っかかりを持っていたが、とりあえずは続きを促した。
「レスターと出会ったのは7歳の頃だし、頻繁に会っていたのも子どもの頃だったから、多分レスターの中でいまだに私は子どものままなんじゃないかって思っていて」
「子どもぉ……?」
マチルダはこの前の公開練習のレスターの張り切った様子や、サラを甲斐甲斐しく迎えに来る様子を思い出していた。
(普通に溺愛されているだけに見えるけど……。デニス様のときも思ったけど、サラって恋愛面になるとなんでこんなに鈍い? 不器用? になるんだろう)
「なんでそう思うの?」
マチルダの問いかけに、サラはポツポツと今まで子ども扱いされていると感じたことを話し始めた。
(ぬいぐるみに、お菓子、夜会のジュース、頭ポンポン……。うーん、なんとも微妙な話ね……)
「この前、お姉さまにはお花を渡していたみたいなの」
「お花?」
「大人の女性への贈り物としては、お花は一般的でしょう。レスターはそういうことは分かっているってことよね」
「まあ……そうだね」
「でも、私にはぬいぐるみなのよ。イヴ様と同じ扱いなの」
「うーーーーん……」
「夜会での飲み物だって、普通は大人の女性にはお酒を渡さない?」
「まあ……そういう人が多いかもね」
「レスターの家での晩餐でも、ジュースなの。飲めないと思っているのかも。レスターがよく家に来ていたのは12歳の頃までだから、そこでレスターの中で私の成長が止まっているんだと思うのよ」
サラは真剣にマチルダに訴えていた。
マチルダはサラを改めて見た。
サラはマチルダよりも少し小柄だし、全体的に小動物っぽい見た目はしている。
(でも――)
マチルダはチラッとサラの身体に目をやった。
サラの身体は、どう考えても大人として成長していることが分かる。
(胸だってお尻だってあるし、腰もくびれているし……。背格好は少女っぽいかもしれないが、イヴとサラが並んでいたら、明らかにサラは大人の女性だ)
「そんな風には見えないけど……。サラはユーニス様と比べているみたいだけど、ユーニス様と比べたって、サラは色っぽく見えるわよ」
「え!? そ……そう、かな?」
サラはマチルダの言葉に驚いたが、少し嬉しそうに赤くなった。
(そう、そう。そういうところも――。サラの魅力だと思うんだけどな……。デニスと違って、副団長とは良い感じだと思っていたのに、なんだってこんなこじれているんだろう)
「子どもっぽく見えるのが気になるなら、服装とか、メイクとか、少し変えてみたら?」
「それは……――」
サラは少し気まずそうに視線が泳いだ。
「なんかあった?」
「や、なんかっていうのか。――……大人っぽくしようとすると、レスターの反応が微妙になるの」
「は?」
サラは深刻な顔でマチルダを見た。
(あのサラにベタ甘そうな副団長が? うーん。よく分からん。ただの過保護なのか、好みの問題なのか、サラの勘違いなのか……)
「レスターはそういうの、あまり好きじゃないのかなって思ったら……挑戦しにくくて」
「ふーーーん。やめろって言われたの?」
「そこまでは……言われてないけど――」
「サラは副団長に大人っぽく見られたいんでしょう?」
サラはこくんと頷いた。
「だったら、少しイメチェンしてみたら? 何か言って来たら、それから考えたらいいじゃない」
マチルダはカラッとした笑顔を見せた。
マチルダの笑顔に、サラはほっとしたようだった。
「そっか……。それもそうね!」
「そうそう。それにさ、ぬいぐるみの件だけど。サラはぬいぐるみもらって嫌だったの?」
「……嫌じゃ、ないけど――」
「お菓子も好きでしょう?」
「それは……」
「だったら、副団長はサラが喜んでくれそうなものを考えてくれただけじゃないの?」
マチルダの言葉にサラはハッとした顔をした。
「ぬいぐるみだって、副団長仕様とサラ仕様のものをわざわざ作っているんでしょう?」
サラは少し赤くなって「そうだけど……」と言った。
「子ども扱いっていうか。自分の分身を持っていてほしいってことにも思えるけどね。とりあえず、令嬢にはお花プレゼントすればいい、みたいな適当な感じはしないけど」
サラはマチルダを縋るような目で見ている。
「夜会のジュースも、ただ過保護な人なのかもよ。ローレンス様みたいな。パートナーが酔うの心配してあえてノンアルコールのものを渡す男性もいるわよ」
(まぁ、そういう男性はちょっと独占欲強いタイプだけど……。サラは分かってなさそうだけど)
「……マチルダ……」
「何?」
「……――私、目が曇っていたのかも」
「一人で考えているとろくなことにならないわよ」
「マチルダ、話聞いてくれてありがとう! 相談して良かった。私がただネガティブになっていただけだったのかも!」
「そうそう。少なくとも副団長がサラに好意を持っているのは確かだと思うよ。副団長がどういう思いであれ、女性に好意を抱くなんて珍しいことでしょ。サラのことも子ども扱いしているとは限らないし、子ども扱いされていたって、大人になっていることに気付かせればいいわけよ」
「そうよね!」
マチルダに相談したことで気持ちが晴れて来たサラの手をマチルダは握った。
「サラ、そうと決まれば、勝負下着を見に行くわよ!」
「え……? 勝負、下着?」
「結婚式まであと一週間! ということは……」
マチルダはサラの耳にこそっと「初夜まで、あと一週間ってことじゃないの?」と言った。その瞬間、サラの顔がゆでだこのように赤くなった。
「気付いてなかったの?」
「気付いてなかったって言うか……そこまで考えが回らなかったっていうか」
「サラ、副団長に大人っぽく見られたいんじゃないの?」
「み……見られたい」
「今のままでいいの?」
「……――よく、ない!」
サラはマチルダを強い視線で見た。
そんなサラを見て、マチルダはニッと笑いサラの手を引いた。
「サラ、行くわよ!」
そうして、サラはマチルダおすすめの大人のランジェリーショップを訪れていた。
「初めてのご購入でしたら、こういったものはいかがでしょうか?」
品の良さそうな女性店員が、サラとマチルダに声をかけた。
女性店員が見せてくれたものは、レーシーなネグリジェだった。
丈は眺めではあったが、足に大胆なスリットが入っていた。
(スケスケではあるけど……さっきのみたいに変なところに穴も開いていないし……)
「このリボンを解くと、脱ぎやすいですし」
胸元のリボンを取ると、全体が簡単に開けた。
「!?」
「全体的に上品なデザインですから、お客様の雰囲気にもお似合いになるかと……」
店員はニコニコとお勧めしてきた。
マチルダの目も「いいんじゃない?」と言っているようだった。
サラはふぅっと息を吐くと、意を決して「これに――……します」と告げた。
(これで……レスターも、私が大人になっていることを分かってくれるはず!)




