第41話 ユーニスの訪問
レスターはユーニスを執務室に招いてから、扉を閉めるべきか開けるべきかを迷った。
(ユーニスと密室になるわけにはいかない。しかし、話す内容も内容だし……)
仕方なく、レスターは執務室の扉を少し開けた状態にした。
(小声で話せば聞こえないだろう……)
ユーニスは、呆れたような顔をしている。
「何なのよ、レスター」
最近、ユーニスを巻き込んでばかりだからか、ユーニスも若干面倒そうな様子だ。
(ここで機嫌を損ねられては困る……)
レスターは社交用の笑顔を作って、ユーニスをソファに座るよう促した。
ユーニスが好きなお茶も、茶菓子も用意し、プレゼントにと大げさにならない程度の花束も用意した。
レスターのおもてなしに少し機嫌をよくしたのか、ユーニスの表情は少しずつ柔和になった。
「それで……今日はどうしたって言うの?」
ユーニスは、察しが良い。
22歳の頃、ユーニスとの婚約話が持ち上がったときはその察しの良さに助けられた。
「レスター、あなた、私のこと、好きじゃないわよね?」
ユーニスからは、すぐにそう問われた。
結婚相手として好条件のレスターは、それなりに令嬢の人気はあった。
だから、こんな冷たい目で見られることは少なかった。
(相手がユーニスで助かった……)
「――……ああ。すまない」
「だったらなんで私に婚約の話なんて――……」
「母が……」
ユーニスは皆まで言わなくても、この事態が何故起こったかを察した。
ため息をつくと、「じゃあ、お互いに婚約したくないってことでいいのよね?」と確認すると、自分の思い人も打ち明けて来た。
「もう仕方ないから、この機会にシミオン様との婚約を進めてもらうけど、いい?」
「ああ。全く問題ない。むしろ、応援している」
「私から断るわけにいかないから、あなたから言ってほしいんだけど」
「それは分かっているが……」
(ヴィヴィアン侯爵家から話を向けておきながら、ヴィヴィアン侯爵家から断るというのも妙な話だ。さすがのハーヴィー伯爵だって、不快に思うだろう。ましてや、この後サラ
に婚約を申し込もうとしているわけで……。ああ、もう、本当に母の暴走は……)
「ユーニス……。君には悪いが――君にフラれたことにしてもいいか?」
「は?」
「それが双方丸く収まる気がする。ハーヴィー伯爵も納得するだろうし、母もさすがに次の縁談を持って来ることはないだろう」
「でも――……」
「君には迷惑をかけるかもしれないが……」
(貴族社会はくだらない噂に支配されている。俺とユーニスのことも、多少は話題になるだろうが……、婚約の申し込みをなかったことにするには俺がフラれておくしか……)
ユーニスは察しが良かった。
「シミオン様には、本当の話するわよ。誤解されたくないし」
「ああ」
「あなたはいいの? 誤解されても」
「――……え?」
「我が家に頻繁に来るから、私に懸想していると誤解されたんじゃないの?」
「……――」
「あなたの手土産はいつもサラが好みそうなものよね」
「……え」
ユーニスはにっこりと微笑んでレスターを見た。
「……☆□◆*#!?」
レスターは言葉を失った。
(そうだ。ユーニスは察しが……!!)
「大丈夫よ。気付いているのはわたしくらいでしょ。別に言わないから、安心しなさいよ……」
「た……助かる――」
ユーニスは探るようにレスターの動揺している姿を観察した。
(鎌をかけてみただけだけど――……図星みたいね。それにしても、あのレスターがこんなに動揺するとはねぇ……。まさか12歳の妹狙いは驚きだけど、レスターは悪いお相手ではないし、サラも……)
ユーニスも、子どもらしい容姿と、大人びた内面のギャップを持つ、年の割に妙に落ち着いた妹の魅力に気付いている一人だった。
「まあ、サラについては……私は何も知らないことでいくから」
「ああ、分かった」
そういう話でユーニスとレスターの話は終わっていた。
(――それなのに……。サラがデニスと婚約して諦めるのかと思ったら、やたらとサラのことで探りを入れてくるようになって、ちょっと鬱陶しいのよね。ドレスのサイズや指輪のサイズやらもハーヴィー家の使用人に確認させられるし。かわいい妹のドレス選びを手伝うのは構わないけど……サラの、微妙な態度も気になるし……。レスターのこと、好きなのかと思っていたけど、婚約を喜んでいるわけではないのかしら?)
「今日は急に悪かった」
「もう、別にいいけど……。それで、今日は? 結婚式の準備は順調なんじゃないの?」
「それは一通り終わった」
「じゃあ、何なの?」
「それが――……」
レスターが深刻な顔をした。
「サラが……泣いていたって、ローレンスが言っていて」
「サラが?」
ユーニスは怪訝な顔した。
「正確に言うと、朝サラの目が赤く腫れていたような気がしたって」
「お兄さまがそう言っているんなら、泣いていた可能性が高いんじゃない?」
ローレンスは自他ともに認めるシスコンだ。
ユーニスのことも可愛がってはいたが、年の離れた妹へ注ぐ愛は尋常ではなく、サラへの観察眼は研ぎ澄まされている。
「で。あなたが私を呼んだってことは、サラが泣いた理由にあなたが関与しているってこと?」
「それは……まだ、分からない。分からないから……君に相談しようと――」
レスターは情けないほどに弱々しい様子だった。
(これが『鬼の副団長』ね……。本当に世間の評価って当てにならない)
「レスター、あなた、何したのよ?」
「まだ、俺が原因かは確定していない!」
「自覚があるから呼んだんじゃないの? 話す気がないなら私も帰るわよ」
「ああ! 話す! 話すから……。その――……」
レスターは、団長宅へ訪問した際、泥酔し自分がやらかしたことをユーニスにぽつぽつと説明した。レスターの告白が終わると、ユーニスは大きなため息をついた。
「あなた、折角サラと婚約できたって言うのに、何してるの?」
「分かっている。その――……団長に、サラとの関係を勘ぐられて、動揺してしまったんだ」
「あなた『鬼の副団長』なんじゃないの!? そんなことで動揺してどうするの?」
「サラのことは、別なんだ」
レスターは相談内容が聞こえないよう、声量と扉をチラチラ気にしながら話していた。
(もう……本当に、サラのことになると急にヘタレになるのは何なのかしら……)
「それで……ユーニス。単刀直入に聞きたい。サラは、俺に引いたんだろうか?」
レスターは真顔でユーニスに問いかけた。
「……そうなんじゃない?」
ユーニスがそういうと、レスターの顔は地獄行きの宣告をされたかのように青ざめた。
「嘘よ……!」
(そんな反応されると、さすがに良心が痛むわ)
レスターは少し安堵してユーニスを縋るように見た。
「じゃあ、俺とは関係のない悩みを……?」
「――知らないわよ」
「ユーニス、頼むよ。君だけが頼りなんだ」
「私はいまあの子と一緒に暮らしているわけじゃないのよ。そんな細かいこと、知るわけないじゃない。それに、あの子の気持ちはあの子に聞かなきゃ分からないでしょう?」
「そんなのは分かっている」
「じゃあ」
「俺に触られるのが嫌なのかどうかは、確認した」
「なんだって?」
「嫌じゃないと」
「じゃあ、そうなんじゃないの?」
「でも――本当は嫌だと思っていても、当人に嫌だと言うだろうか?」
レスターは再びユーニスを縋るように見た。
「だから――……分からないわよ」
「俺だって分からないから君に聞いているんだ」
「だから聞く相手を間違えているのよ」
「他に誰に聞けって言うんだよ!」
レスターの悩みが最高潮に達した瞬間、僅かに開いていた扉の隙間から「副団長」と呼ぶ声がした。
「なんだ!?」
レスターは思わず不機嫌な声を出した。
「あの……お客様なのですが……」
「客? 予定はないだろう」
不機嫌なレスターが立ち上がって扉まで歩いて行くと、申し訳なさそうにサラが立っていた。
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近日中にタイトルを少し変更するかもしれません。




