第40話 レスターの本音(後編)
レスターは、やり場のない怒りをローレンスにぶつけたが、ローレンスとて、ぼんやり父の決断を見守っていたわけではない。
彼なりにできるアシストは全てしたつもりだったが、ユーニスの件、サラとの年の差、皮肉にもレスターの世間の評価の高さまでもが裏目に出て、中々本気にされなかった。しかも、デニスはサラの相手として、年齢、家格、評判ともに文句のつけどころがなかったのだから致し方ない。
(本当にこいつは……。俺の苦労を分かってるのか)
「仕方ないだろう。最終的には父に決定館があるんだから」
「止めろ、全力で」
「お前のことだって言ってみたけど、流されたよ。『レスターくんのような立派な男性は、我が家の娘では勿体無いんじゃないか』って」
「ああっもう! なんでいつもそうやってハーヴィー伯爵は俺を流すんだ……!? 俺だって悪くないだろう? 家格だって、身分だって、仕事だって」
「父が言うには良すぎるみたいだぞ。お前とはユーニスのこともあったし、サラとは年齢も離れているから、またまとまらなかったら……って心配もあるんだろう? それにアドキンズ侯爵の話もわるくないし。……もう諦めて他の女性を探すしかないんじゃないか」
「代わりなんかいるか! 俺にはサラしかいない……」
レスターは完全にがっくりと項垂れていた。
「……――それは……」
ローレンスは、親友の長い片思いが実らなかったことがさすがに気の毒になった。
再起不能かと思うほど、落ち込むかと思ったら、レスターは急にむくっと顔を上げた。目は妙にギラギラしている。
(……ついに、おかしくなったか?)
「……仕方ないから……婚約、破棄に向けて動くしかない」
顔をあげたレスターは、地を這うかのような声でそう呟いた。
目はどこを見ているか分からないが、レスターには一筋の光明が差し込んだようだった。
「婚約破棄!?」
「仕方ないだろう? 婚約させちゃったんだから。俺だってサラを傷つけたいわけじゃないが、背に腹は変えられない。デニスとの婚約はサラが望んだわけではないんだろう?」
「それは……そうだが――」
レスターはローレンスの返答に満足したように笑った。
(サラが望んだわけじゃないなら、問題はない)
レスターはニヤッと笑った。
ローレンスはその笑顔に、背筋が凍った。
「だからって破棄なんかになったら、サラが傷つく!」
その言葉に、レスターの目が揺れた。
「……それは――……そうだが……」
「いくらお前のためでも、サラを傷つけるのは嫌だ」
「……――」
ローレンスの言葉に、レスターも同意せざるを得なかった。
(でも、ここで諦めるわけには――……。一体何年待っていたと思っているんだ……)
「……デニスが、相応しくない相手だったら、協力しろ」
レスターは妥協案を提示した。
「……でも、評判の良い男だという話だし」
「所詮は噂だ。騎士団への入団も決まっているし、仕事ぶりも確認できる」
「お前……まさかとは思うけど、嫌がらせとかするなよ」
「そんなことはしない! ただ、サラが幸せになるかを観察するだけだ」
(サラとデニスがうまくいくなら邪魔するつもりはないが、もしそうでないなら……)
レスターは騎士団に入団してきたデニスを、よく観察していた。
サラの婚約者のデニスは、ローレンスの言う通り前評判は良かった。
アカデミーの成績も悪くなく、仕事振りも悪くはない。
しかし、サラへの接し方は褒められたものではなかった。
夜会でサラをエスコートしている様子を見たときは、怒りで手が震えた。
(サラを放置して、ほかの令嬢に愛想を振りまくなんて……どういう神経してるんだ。この男は……」
サラは慣れているのか、そういうデニスの態度に傷ついた素振りはない。
二人は明らかに形だけの婚約者でしかなかった。
(そういうことなら……話は早い)
レスターは、デニスが好みそうな分かりやすい女性を使った。
騎士団員に色目を使う令嬢はそれなりにいたが、中でも厚かましいのがマリア・ダイアン・ランドンだった。しかし、ランドンは華やかな容姿をしているし、愛嬌もある。
(あの馬鹿は、こういう令嬢を好みそうだ)
マリアとデニスが出会うきっかけさえ、作ってしまえば良かった。
「デニス、これを3課のランドンくんに渡してもらえるか? 回復薬の納品状況もチェックしてくれ。急がなくていいから、正確な情報を頼むよ」
「はい、承知しました」
デニスはレスターの指示に素直に従い、マリアとゆっくりと親交を深めてくれた。
その後は勝手に二人で進んでくれたから助かった。
「ローレンス、デニスが浮気をしている」
「は?」
レスターは淡々と告げ、懐から取り出したメモを渡した。
そのメモにはいつ調べたのか、二人の密会の状況が事細かに記録されていた。
「相手はサラと同じ課のランドン嬢だ」
「本気で言っているのか?」
「調べた」
「調べたって、お前……」
「デニスとの婚約はサラの幸せにならない」
「……それは――」
ローレンスも、サラとデニスの性格が合わなさそうなことには薄々気が付いていた。
「ハーヴィー伯爵に伝えて婚約破棄を申し出ろ。そしたら、俺がサラとの婚約を申し出る。ハーヴィー伯爵に相手にされないなら、サラを説得してもいい」
「は? そういうわけにはいかないだろう。アドキンズ家は侯爵で、我が家は伯爵家だ。いくらあちらに非があったとしても、こちらから申し出るのは難しいだろう」
「じゃあ、どうするつもりだ?」
「どうするって……」
「このままサラが不幸になるのを待っているのか? 婚約して1年も経ってないのに浮気だぞ。結婚したらどうなるかは目に見えている」
「それは……」
「お前はハーヴィー伯爵を説得してくれ」
「説得って」
「向こうに原因があるんだ。少し突けばあちらから申し出るかもしれないだろう」
「そうか……?」
「デニスのサラへの接し方はどうかと思うが、アドキンズ侯爵はまともな方だ。侯爵に話せばいいだろう」
「でもさ」
「ローレンス、お前のシスコンは、所詮貴族の常識に捕らわれたものなのか? 本気でサラを救いたいと思わないのか? 大体この事態になっている責任の一端はお前にもある。とにかく、ハーヴィー伯爵に俺を押せ。俺が絶対にサラを幸せにする」
「押せって……お前さ」
「ローレンス、可愛い妹を不幸にしたいのか?」
「――……それは」
「サラを幸せにできるのは、俺だ」
レスターの目に迷いはなかった。
「サラが嫌がったらどうするんだよ……」
「嫌がられたら、諦める」
「――……本当か?」
レスターはローレンスの問いに素直に頷いた。
(断られないようにすればいいだけだ)
そうして、レスターとローレンスが穏便な婚約破棄の準備をしていたところ、デニスとマリアが破天荒な婚約破棄を申し出たのだった。
(あの破棄は想定外ではあったが……――)
レスターは、無心で山積みの書類を処理しながら、執務室である人物を待っていた。
(ここで婚約を迫ったときのサラは、戸惑っていたな)
レスターはあの日のことを思い出していた。
(サラは大人っぽい言動が多いが、色恋については初心なところがある。それも……魅力だが――。ローレンスが素直に話せと言ってきたが、本当に、本当のことを話したらいくらサラだって引くんじゃないか……)
レスターは最近そのことを繰り返し考えていた。
結局結論が出ないままになっていた。
(兄のような男に、ずっと恋心を抱かれていたなんて知ったら……。あのローレンスだって、引いていたんだぞ。当人は恐怖すら覚えるんじゃないのか……。折角婚約まで漕ぎ着けたんだ。そんなリスク犯す必要があるか?)
――コン、コン、コン。
「副団長、お約束のお客様がいらっしゃいました」
「ああ、通してくれ」
扉を開けると、そこにはユーニスが立っていた。
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