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これは責任婚のはずでしたが、なぜか夫の愛が重すぎます  作者: 青海きのこ


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第39話 レスターの本音(前編)

「いい加減に婚約者くらい決めなさいよ」


母のネリーがレスターに苛立ちを隠さなくなったのは22歳のときだった。


「誰かいないの?」

「誰かって――……」

「婚約者候補のご令嬢よ。私たちが言っても文句しか言わないんだから」


レスターはネリーの問いかけに、一人の少女の姿を浮かべていた。

ハーヴィー家の次女・サラだ。

でも、サラはいま12歳。デビュタントも前の少女だし、22歳の自分が指名する女性としてはさすがに不適切な気もしていた。


(いま自分がサラを婚約者にしたいなんて言ったら、周囲からも、サラ当人からも、どう思われるか……。せめてサラが15歳のデビュタントを終えたあとにしないと――)


「跡継ぎは兄上がいるんだから、俺のことはいいだろう。そのうち決めるから」

「そういうことではないのよ、レスター。そのうち、そのうちって言って、もう22歳じゃないの。あなただって、騎士団に所属して評価もしていただいているんだから、プライベートもきちんとしておかないと……」


ネリーが言っていることは、貴族社会において当たり前のことだとは分かっていた。

でも――ネリーの言うことを聞くわけにはいかなかった。


(適当な令嬢と、仕事のために結婚なんか……考えられない)


「――……あなた、まさか、誰か思っている人でもいるの?」


レスターは平静を装っていたが、ネリーの問いかけにドキッとした。


(なんでこの人は、こういうときばっかり鋭いんだ)


レスターがうんともすんとも言わず無視を決め込むと、ネリーが探るような視線をレスターに向けた。


「――……そういえば、あなたのお友達のローレンスの家には妹さんがいたわね?」


ネリーの目が、鋭くレスターを捕らえた。


「……いた、かな……?」


(しまった。これじゃあ、いたって言っているようなものだ……)


ハラハラしながら、レスターはネリーの会話に無関心を装った。


「ハーヴィー家には二人お嬢さんがいるでしょう。二人とも気立ての良い娘よねぇ。お茶会でお話したときも、とても感じが良かったわ。あんなに頻繁にお邪魔しておきながら、あなたが知らないわけがないでしょう!?」


レスターは内心、ビクビクし始めた。


(本当に、なんでこういときばっかり……――)


レスターの怪しすぎる反応に、ネリーは完全に何かに気が付いていた。

肉食獣が獲物を追い詰めるようなしたたかさでレスターに質問を続ける。


「考えてみると――……あなた、ハーヴィー家に行くときはやたらと身だしなみを整えているし、手土産にもこだわっていたわね」

「――別に、そんなことはありません。いつも通りです」


ネリーとレスターはじっと視線を交わした。

視線を先に反らしたのは、ネリーだった。

ただし、ネリーは何かを確信したような顔をしていた。


「分かったわ」

「――は?」

「レスター、任せなさい。私がひと肌脱いであげるから」

「は? 何を? 母上、余計なことは――」

「いいから黙ってなさい」


そういうと、ネリーはレスターの意見など耳を貸さず、光の速さでハーヴィー家の長女・ユーニスに婚約の申し入れを行っていた。


(あのあと、ユーニスに婚約を申し込んだことが発覚したときは最悪だった。幸いユーニスに好きな相手がいることが発覚して正式な婚約にならなかったから良いものを、あのまま進んでいたら本当に面倒なことになった。ユーニスに断られたおかげで、母も婚約についてうるさくいわなくなったのは良いものの、ハーヴィー家に婚約の再打診はハードルが上がってしまった……。そのおかげで、デニスなんかに横取りされかけるし――……)


レスターは6年前の婚約騒動のことを思い出していた。


(あれから6年――。サラを手に入れるために、俺がどれだけ根回しをしたことか……)


まず、ローレンスを味方につけた。

ユーニスとの婚約がまとまらなかった後、自分の思いを告白した。


「は? サラ? サラを好きだって言ってんのか? ユーニスじゃなくて?」


驚いたローレンスが、何度も同じ確認を繰り返す。覚悟はしていたものの、さすがのレスターもやや苛ついていた。


「だから何度もそう言っているだろう」

「お前、サラは12歳だぞ」

「分かっている。だからデビュタント後に正式に――」

「本気で言ってんのか?」

「冗談でこんなこと言うか」

「お前、いつからサラをそういう目で見てたんだよ……」


ローレンスの目は若干引いていた。


「……そういう目って、なんだよ」

「結婚したいって言ってんだから、そういうことだろう」

「だから、そういうって……」

「ああ、もう鬱陶しい。さっさと答えろよ」

「……8歳」

「は?」

「――だから、8歳だよ!」

「8……」


ローレンスは目を見開いてレスターを見た。


「――……俺は、変態じゃない!」

「そんなことは言ってないだろう」

「そういう目で見ているだろう! サラだけ、特別なんだ」

「特別?」

「――サラは、他の女性とは違う。年も離れているし、年齢的には今は子どもだが、驚くほど大人のような視点を持っている」


レスターの言葉に、ローレンスは理解できる点があったのか納得している顔をした。


「アカデミー卒業の際、お前に首席を取られたときも、サラに慰められた」

「――サラが?」


レスターはこくんと頷いた。


「そのときに、はじめて意識した。一人の女性として」

「8歳の少女を……?」


ローレンスの問いに、レスターはカァッ……と赤くなった。


「俺だって、おかしいと思っている。勘違いだとも思おうとした。でも、サラと接すれば接するほど、あの子に惹かれる。こんな思いは初めてだ」

「確かに……サラは俺でもハッとするほど、大人びた発言は多いが……でも――」

「分かっている。俺は22歳で、あの子は12歳だ。でも、あの子と話していると、そういう年の差は全然感じない。むしろ――……あの子の視点に、救われることが多い」


レスターを見つめるローレンスの目は穏やかなものになっていた。


「その――……いま、惹かれているとは言ったが……本当に自分が彼女を一人の女性として、見ているかは正直よく分からない。もちろん、子どもにも見えるし。ただ、一生涯をともにする女性のことを考えると、サラのことを……考えてしまうんだ」


レスターが自分でもどうしようもないのだというように頭を抱えた。

アカデミーで出会ってから7年――何事にも動じないレスターがこんなに動揺している姿はローレンスも初めて見る。


(それだけ――本気で、サラを思っているというか……。12歳の妹への告白は複雑といえば複雑だが、レスターなら――)


「――……そう、か」


レスターはローレンスを少し気まずそうにチラッと見た。


「お前に言うのもどうかと思うが……。いま、サラをどうこうしたいとか、そういうことを思っているわけではない。変な欲望もない。ただ、君の妹を、一人の人として、女性として、傍にいたい、とは……思っている」

「――……そう、か」

「このことを言ったのは、お前が初めてだ」

「だろうな……」

「サラが成人すれば、10歳の差なんて大した問題ではないだろう? そういう夫婦だっていっぱいいる」

「まあ……な」

「ちゃんと……あの子が大人になるまで待つから――……協力してくれ」


ローレンスには、レスターの懇願を拒否する理由はなくなっていた。

最愛のサラを最も幸福にする男が、目の前にいるのだと確信していたから。


ところが――。

ローレンスの説得は成功したのに、結局サラはアカデミー卒業前に、デニスとの婚約が進んでしまった。もちろん、レスターはサラが15歳のときにハーヴィー伯爵にはさり気なく婚約を打診したが、冗談だと思われ流されてしまっていた。


(ユーニスのこともあったから、何度も言うのも憚られるし……。機会を伺っていたら、これだ……)


「なんであんな男と婚約させてるんだよ!」


レスターは、ローレンスにやり場のない苛立ちをぶつけた。

お読みいただきありがとうございました。


ようやくレスターの本音を書けました。

続きをお読みいただける方はぜひブクマをお願いします。

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