第38話 触れ合い
真剣なレスターの目が、サラを見つめていた。
(触れていいか……って言われると答えにくいけど――)
「ど、どうぞ……」
サラがそういうと、レスターの手がサラの顔に伸びてきた。
レスターの手は、慎重に、そっと、サラの頬を優しく撫でた。
大きな手に撫でられるのは、なんだか心地が良かった。
(そういえば、昨日も頬を撫でていたら、急に膝に乗せられたんだった)
レスターの手の感触が気持ちよくて、サラは無意識に目を閉じた。
優しくサラの頬を撫でる手がふと止まると、ゴクッと唾を飲む音が聞こえた。
サラが目を開けると、間近に真剣な顔をしたレスターがいた。
「サ……サラ」
「なに?」
「その――少し、口づけも……許してもらえるだろうか?」
レスターは緊張した顔でサラに尋ねた。
「口、づけ……?」
以前、レスターと口づけをしたことを思い出し、カァ……とサラの頬は赤くなった。
「その……いやだったら、もちろん、断ってくれて――」
サラは顔を赤らめながらも、首を振った。
そっと目を閉じたサラの耳元で「いいのか?」と、確認する声が聞こえた。
コクッとサラが頷くと、レスターの身体が近付いて来るのを感じた。
レスターの手がサラの手に重なった瞬間、横に置かれたぬいぐるみに手がかかりズルッとレスターの身体がサラに覆いかぶさった。
「きゃあっ」
サラが驚いて声をあげた。
レスターは慌てて両手をサラの身体の横につき、自分の身体がサラに重なるのを抑えた。
が、レスターの両手で抑えている状態が、完全に押し倒しているような体勢になってしまっていた。
妙な体勢で向き合った二人は、赤くなり、互いにそっと目を反らした。
(こ……こんな体勢で――レスターを見ることになるなんて……)
「ご、ごめん、サラ。すぐ避けるから」
「うん。大丈夫」
ぎこちなくそう言ってレスターが身体を離そうとした瞬間のことだった。
ガチャッ――。
「サラ、大丈夫か? なんか、悲鳴が聞こえたが……」
ローレンスが応接室の扉を開けた。
ローレンスの目には、ソファでサラに伸し掛かっているレスターが目に飛び込んでいた。
ローレンスは目を見開くと、ドアノブを持ったまま固まっていた。
「ロ……ローレンス……」
レスターが慌てて起き上がり、サラから一気に身を離した。
サラもレスターに続いて起き上がり、硬直しているローレンスに目をやる。
(これは……かなり――誤解されているわよね? どうしよう……)
「レスター」
扉の傍で直立したローレンスは、聞いたこともない低い声を出した。
「ロ、ローレンス。ちょっと待て。誤解なんだ。これは、ただ手が滑ってしまって……」
「お前は一体何をしに来たんだ」
「だから――」
「謝罪をしに来たんじゃないのか? それが、少し目を離したらこれか?」
ローレンスはツカツカとレスターの方に歩みを進めた。
レスターはローレンスの前で背筋をピッと伸ばし、直立不動の姿勢を取った。
「お兄さま、違うの。レスターは本当に……」
サラは慌ててレスターとローレンスの間に立った。
「サラ、俺はまた判断を早まったのかもしれない。こいつがこんなに手が早い男だとは、思っても見なかった……」
ローレンスは忌々し気にレスターを見た。
「だから、誤解……」
「お前はサラを大切にすると思ったから、協力したんだぞ。それが――……なんなんだ。謝罪だと家に押し掛けたと思ったら、嫌がるサラを応接室で押し倒すなんて――。そんな男だとは思ってもみなかった」
ローレンスは完全に目が座っていた。
「お兄さま、本当に違うのよ……」
ローレンスの耳にはサラの声も届いていないようだった。
「このくまで手が滑って……」
レスターが状況を説明しようとしているが、言い訳にしか聞こえていない。
「帰れ――」
「お兄さま……」
「帰れ!!」
レスターはため息をついて、サラに向き合った。
ローレンスに説明するため握っていたくまを改めてサラに渡した。
「サラ、本当に――すまなかった」
レスターは、怒るローレンスをチラッと見ると「あとで、きちんと説明する」とだけ言って帰って行った。
サラはレスターが帰った後も、不機嫌なローレンスに何度も何度も状況説明をするはめになった。
◆◆◆
「なんだ、レスター?」
翌日、ローレンスの執務室をレスターが訪問した。
執務室には招き入れてくれたが、ローレンスは相変わらず不機嫌そうだった。
「ローレンス……説明をさせてくれ」
ローレンスはしばらく黙ってレスターを見つめていたが、ソファに座るように促した。
「その――……昨日は、すまなかった。団長の家で酔いつぶれたことも、誤ってサラを……押し倒したことも――」
「――……誤って?」
ローレンスはレスターに疑いの眼差しを向けた。
レスターはローレンスをまっすぐに見つめ「誤って、だ」と繰り返した。
しばらくレスターの様子を伺っていたが、ローレンスはため息をついた。
「昨日、サラも何度も説明してきた。サラが納得しているものを、俺が口を出すものでもない。その件は分かった」
レスターは安堵の息を吐いた。
「心配をかけてすまなかった」
「まあ、お前がサラの本当に嫌がることをするとは、俺も思ってはいないけど」
「当たり前だ。サラと結婚するために、どれだけ待ったと思っているんだ」
「俺もずいぶん協力させられたぞ」
「それは――……本当に感謝している」
「ところで、レスター。お前さ、本当にサラに変なことしてないだろうな?」
「……変な、こと?」
「酔ったときだよ」
「――……え? だ、大丈夫だと……思う」
「本当か?」
「なんでだよ」
「――……お前が謝罪に来る前、サラの様子が明らかにおかしかった」
「――え?」
(サラの様子が?)
「朝も遅かったし、目も……泣いたみたいに、赤かった」
「泣いた……?」
レスターは昨日のサラを思い返していた。
(サラは俺の膝に乗せられて、首筋にキスされたと言っていたけど……。それは気にしていないと言っていたし。他に何かあるのか? いや、気にしていないと言っていたのは本当だったのか? よく考えたら、10も年上の男の膝に無理矢理乗せられて、身体を拘束された上にキスまで強要されて……本当は、嫌だったとしたら?)
「なんか心当たりないのかよ」
レスターは顔が青くなった。
(いや、でも、サラと前に口づけをしたときは、潤んだ目で俺を見ていた。あれは嫌がっているようには見えなかったし……。昨日も俺が触れることを拒否していたようには……)
レスターの顔色は少し良くなった。
(――でも、じゃあ、なんで……?)
黙って百面相を繰り返すレスターに、ローレンスは困ったように見た。
「お前さ、ちゃんとサラと話しているのか?」
「サラと……?」
「ずっと好きだったとか、ちゃんと言ったのかよ」
レスターはローレンスの言葉に「うっ……」と黙った。
「まさか――……」
「仕方ないだろう? ずっと好きだったなんて言ったら、変態だと思われかねない!」
「もうそのことは諦めろよ。仕方ないだろう、それは。変態なんだから」
「変態じゃない! 俺は――……サラが好きなだけで、子どもが好きなわけじゃない!」
「――分かってるよ、俺は……」
ローレンスは頑ななレスターにため息をついた。
「お前が素直に話さないから、サラとの婚約もややこしいことになったし、今もなんか変な感じになっているんじゃないのか?」
ローレンスは、呆れたようにレスターを見つめた。
レスターはローレンスの正論に、言葉を失っていた。反論の余地が、どこにもなかった。
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