第37話 すれ違う思い
「レスター、お待たせしてしまってごめんなさい」
サラは私室から応接室へ下りて来た。
扉を開けると、妙な雰囲気の二人が待っていた。
ローレンスの顔は険しく、レスターは青ざめている。
(お兄さま……なんか、言ったの?)
「あ……お兄さま、ありがとう」
そういうと、ローレンスはソファから立ち上がった。
ローレンスはサラの姿を見て、目を細めた。
「サラ、今日はいつもと印象が違うな」
今日はお化粧もしっかりしてもらったし、ドレスも少し大人っぽく、女性的な身体のラインをいつもより強調するものにしていた。
「あ……うん。ちょっと、雰囲気を変えてみようかなって」
「似合うよ。さっきまでのサラはあどけなくてかわいいし、着飾ったサラは美しい」
ローレンスは実兄とは思えないほど、甘い言葉をサラに浴びせる。
(慣れてはいるけど……レスターの前だと妹馬鹿過ぎて、ちょっと恥ずかしい)
ローレンスは立ち去る前にチラッとレスターに冷たい視線を送ると「自分の上司の家で、酔いつぶれる馬鹿な婚約者と結婚させるのは勿体ないほどだ」と扉を閉めた。
(お……お兄さま……)
レスターはサラの前に立つと、「本当に申し訳ない」と青ざめて謝罪を口にした。
「レスター、そんな……気にしないで。大したことじゃないんだし。座って」
レスターはサラに促されて、ソファに身を小さくして座った。
(お兄さま、一体何を言ったのよ……)
「レスター、お兄さまが何を言ったか知らないけれど……本当に大したことじゃないし、謝罪に来ていただくほどのことじゃないわ」
「ローレンスの怒りはもっともだ。俺がサラをエスコートすべき場所なのに、酔いつぶれるなんて……情けない」
レスターは頭を抱えていた。
「レスター……疲れていたんじゃない? 団長も、使用人の方も、あなたがそんな姿になることが初めてで驚いていたわ」
「あ、ああ……。自分でも――こんなことは初めてで……。だからと言って、許されるわけではない」
(本当に責任感の強い人だわ)
「レスター、分かったわ。あなたの謝罪は受け入れるから、もうそんなに謝らないで。いつまでも謝罪を繰り返されるっていうのも、つらいのよ」
そう言って、項垂れるレスターにサラは微笑んだ。
「本当に君は大人だな」
「え?」
「いつも――……君に救われてばかりだ」
「そんなこと……」
「サラ、これ……せめてものお詫びに」
そう言ってレスターはサラに箱を渡してきた。
(お菓子の箱と――これは……)
レスターがくれた包みをあけると、くまのぬいぐるみが入っていた。
昨日抱きしめていたぬいぐるみと色違いの、サラの色を思わせるものだった。
「これ……」
レスターが良かれと思って選んだものが、サラの胸をチクッと痛めた。
「子どもっぽいかなと思ったんだけど……前、ぬいぐるみをあげたとき喜んでくれたから。サラの色のものも一緒に持っていてほしいと思って作っていたんだ。それと――この前行ったカフェのお菓子なんだけど、サラが気に入りそうなものを……」
レスターは色々考えて贈り物を用意してくれていた。
そのことはレスターの話からも、表情からも、よく分かった。
(それなのに――……。
なんで私は、少し悲しいんだろう……。
レスターの中で、私はいつまでも子どもでしかないんだって)
昨夜考えていたことの答えを受け取っているような気になった。
サラは気力を振り絞って、満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう、レスター。着替えのアクセサリーまで付いているの? かわいいわ」
「君が喜んでくれると、嬉しいよ」
レスターは照れたように微笑んだ。
「大切にするわ」
サラがレスターを見つめると、レスターは少し顔を背けた。
「……今日は、少し、雰囲気が――……違うんだな」
(気付いてくれた!)
サラは嬉しくなってレスターを見たが、レスターの顔はどことなく違和感があった。
(あの――大人っぽいドレスにしたときと……同じ微妙な、反応?)
「……似合わない? 私ももう子どもじゃないし、こういうのも良いと思って。大人っぽくていいでしょう?」
レスターは少し黙っていたが、にっこりと微笑んだ。しかし、その表情にはどことなく違和感があった。
「似合うよ。そうしていると、どこか別のご令嬢みたいだな。サラ――……あのさ、そういう服装は職場でもするのかな?」
「え? どうして?」
「いや――……その、サラはなんでも似合うけど……俺としては、いつものサラの方が安心するって言うか……」
「安心……」
レスターははにかみ笑いを浮かべながら頷いた。
(レスターは、私が子どもっぽい方がいいってこと、よね)
「やめろとか……言うつもりは、ないんだけど」
「そう――……。分かったわ」
サラはレスターの言葉に複雑な思いになった。
が、悟られないように笑みを崩さなかった。
「勝手なことばかり言ってごめん」
そう言ってサラの方に伸びたレスターの手を、サラは思わず払った。
サラに払われたレスターの手は、空中で止まっていた。
レスターの顔は、硬直しているのが分かった。
(しまった――……)
「ご、ごめん……。レスター。びっくりして」
「い、いや……急に触ろうとした俺が悪いんだ。女性相手に不躾だったな」
そう言いながら、明らかにレスターの顔色が悪くなった。
(どうしよう。子ども扱いされているみたいで、頭を撫でられるのが嫌だっただけで……レスターを傷つけるつもりは――)
「あのさ、サラ」
「なに?」
「俺、昨日、君に、何かした?」
「――……何か?」
「その……恥ずかしいんだけど、昨日の……記憶が――……断片的で――」
「……断片的?」
サラがレスターの言葉をきょとんと繰り返すと、顔が赤くなった。
「その……君を、膝に無理矢理――……」
「あ……」
「なんとなく、覚えているんだけど……その、全部は……覚えていなくて」
レスターは後悔しているようだった。
(どうしよう……。もう、変に隠すより言っちゃったほうがいいのかな)
「確かに――……昨日、レスターは、急に私を膝に乗せたけど」
「申し訳……ない……」
「気にしないで。考えてみたら、兄にもよく膝に乗せられていたことを思い出したから。レスターもイヴと間違えたんじゃないの?」
サラはまた身を縮めるレスターにふふと、笑いかけた。
「イヴと間違えてはいない。君だから膝に乗せたかったんだ」
レスターは急に真顔になって、否定した。
(私だから膝に乗せたいって……ますます意味が分からない……)
どう言っていいか分からず、困っているとレスターが気まずそうにつぶやいた。
「それで……その――俺は君を膝に乗せて、変なことは……していない……だろうか?」
(変なこと……?)
そう言われた瞬間、昨日首筋に唇を寄せられたことを思い出し、サラは急に赤面した。
(ダメ! 赤くなったら、変なことされたって言っているようなものだもの……)
「……俺は、君に――一体、何を……」
「あっ……なんでもないの。本当に、ごめんなさい」
「だって、なんもしていなかったら、そんな反応しないだろう? さっきだって、俺に触られるのが、気持ち悪かったんじゃないのか?」
レスターは青ざめていた。
「そんなことないわ!」
「でも――」
「その……首筋に、キスはされたけど……別に気持ち悪くはなかったし……」
「首筋に……キ、キス……?」
サラは小さく頷いた。
レスターの顔がどんどん青ざめていく。
「でも、本当にそれだけ。あとは寝ていただけだから……」
「十分やっている――。君を無理矢理膝に乗せて、首筋に……」
「そんなに……気にしなくても――。私たち、婚約者、なんだし」
サラはレスターの手を握った。
「気持ち悪く――……ないのか?」
サラはレスターの問いにこくんと頷いた。
「……本当に?」
「本当よ。触られて嫌な人と――結婚なんか、しないわ」
サラの言葉に、レスターは少し安堵したように息を吐き出した。
意を決するように、手を握ると――。
「厚かましいことは承知しているが――。サラ、少し……触れても――いいか?」




