第36話 憂鬱な朝
(はぁ、考えれば考えるほど……もやもやする)
サラはレスターを自宅へ送り届けた。
泥酔して眠るレスターの姿など初めて見たのか、使用人も驚きながら介抱していた。
結局レスターはあのまま深い眠りに入って目覚めることはなかった。
(結婚式の準備も忙しかったし、疲れていたのね。きっと――)
サラはレスターからもらったくまのぬいぐるみを抱きしめていた。
もちろん、記録用魔道具は外してもらったから、正真正銘のただのぬいぐるみだ。
レスターと同じ碧の瞳を見ると、今までのレスターの姿が浮かんでくる。
(責任を取って婚約をすると言ったレスター。私からプロポーズしたときは喜んでくれたし、抱きしめてくれて……。馬車の中で口づけだってした)
サラは馬車の中の熱い唇を思い出していた。
(私のこと――……婚約者として、好きになってくれていたと思っていたけれど……。よく考えたら、レスターにはずっと子ども扱いをされているような気もする)
プレゼントは、甘いお菓子にぬいぐるみ。お菓子は子どもの頃から手土産にくれていたから、好きだと思っているんだろうけど。ぬいぐるみは、イヴのお土産を選ぶときに知ったけど、王都の子どもに人気のお店だった。
(別に嬉しくないわけじゃない……。ぬいぐるみは好きだし、嬉しいけど――)
サラはレスター色のぬいぐるみを抱きしめて複雑な気持ちになっていた。
ぬいぐるみを遠ざけようとも思うが、結局抱きしめてしまう。
(お姉さまにあげるプレゼントだとしたら、ぬいぐるみを……選ぶのかしら? 夜会のときに渡してきた飲み物はジュースだったし、ドレス選びのときも少し大人っぽいデザインを選んだら複雑な表情をしていたような気もする。カフェでデートしたときも、口にクリームをつけるような子どもだと思っていたみたいだし、さっきだって、酔っていたからと言って普通婚約者を膝に乗せるもの? 子どもだと思っているから、あんなこと……)
サラは子どもの頃、10歳離れたシスコンの兄が自分を膝に乗せて頭を撫でていたのを思い出した。その姿が、先ほどのレスターとサラの姿に重なっている気がした。
(私には特別に優しいような気もしていたけど……それはただ、イヴに優しくするような――恋愛対象じゃない女性に安心してるだけってことなのかも……。レスターに恋している適齢期の女性相手だったら、他の女性に思いを寄せているわけにはいかないもの。その点私は――……レスターには都合の良い子どもってこと?)
疲れからか、考えがどうしてもネガティブな方向へと向かっていた。目の奥が熱くなり、視界がぼやける。目尻からツゥッと涙が溢れた。
(やだ、なんで……。弱気になっちゃダメだ。大丈夫。そんなこと、きっと、ない。仮にそうだったとしても――これから自分の努力次第でレスターの気持ちは変えられる)
そう思い直そうとしても、気持ちはずっともやがかかったようにどんよりとしていた。
前向きに考えようとしているのに、何故か涙は止まらなかった。
(ああ。もういや。考えていても仕方ないし――……寝てしまおう)
サラは目を閉じて眠ろうとしたが、結局明け方まで眠りに着くことができなかった。
◇◇◇
「サラ、疲れているのか?」
昨夜明け方まで眠れなかったため、サラは寝坊をしてしまった。
ぼんやりした顔で、遅めの朝食を取っているサラに、ローレンスが心配して声をかけてきた。
「あ……うん。ちょっと。昨日あんまり眠れなくて――」
「何かあったのか? 昨日はレスターと出掛けたんだろう?」
「うん。団長のお宅に招かれて」
サラはそう言いながら、昨日のレスターをまた思い出してしまった。
「団長の家? 何かあったのか?」
ローレンスは心配そうにサラの顔を覗いた。
サラは慌てて「ううん」と首を振った。
「少し、目が赤い気がする。――……まさか、泣いたのか?」
「違うわ。本当にただの寝不足で……」
「……本当か?」
「団長も、奥さまも、娘さんもとても良い方で楽しかったわ」
「じゃあ――……」
「でも、ちょっとはしゃぎ過ぎたのかも」
サラは無理に笑顔を作ったが、ローレンスは訝しむような顔をした。
朝食を食べ終わったくらいに、執事のジャンが食堂に現れた。
「お嬢さま、お客さまが――」
「お客……?」
(今日は特に何の予定もなかったと思うけど……)
「レスター様です」
「レスター!? ど、どうして……? お兄さま、なんか約束していたの?」
「は? 俺に会いに来たわけじゃないんだろう?」
ローレンスの問いにジャンは頷き「お嬢さまに御用のようです。謝罪をとおっしゃっていますが……」と言った。
(今日はお化粧もまだだし、服だってこんな――……)
「謝罪? やっぱり昨日、何かあったのか?」
先ほどから様子のおかしなサラと、前触れもなく謝罪に来たレスターに、何か気が付いたようなローレンスが鋭い視線を向けた。
ローレンスの質問に、サラは思い切り首を振った。
「大したことでは……」
「大したことではないことは、あったんだな?」
「……本当に、謝られることなんて。どうしよう。こんな格好なのに」
(目も、ちょっと腫れてしまってるし……)
慌てるサラに「どんな格好だって、サラは可愛いんだから気にしなくても――」と、シスコンのローレンスが言い終わる前に、サラは「準備するから、お兄さまちょっとレスターとお話していて!」と頼んだ。
サラは先ほどまでぼんやりしていた頭が急にシャキッとした。
(アンに何とか見られるようにしてもらわないと……)
サラは泣きそうな思いで、私室へと急いだ。
「アン、急がないと……。レスターを待たせるわけにいかないから……」
「お嬢さま、大丈夫ですよ。そんなに慌てなくても。そのままでも素敵ですし、殿方は少々お待たせするくらいが良いのですから」
(それは「美女に限る」ってヤツでしょう!? 私がレスターをそんなに待たせるわけには……)
サラは急なレスターの訪問に慌てているというのに、アンは落ち着かせようとしているのか「今日はどんなイメージにしますか?」などと聞いて来る。
「ちょっと寝不足で目も腫れちゃっているし、とりあえず見られるようにしてくれれば――……あっ……」
「どうかしました?」
「いえ。その……。できるなら、少し大人っぽく、してほしいわ」
(レスターは、私をいつまでも子どもだと思っているみたいだし。私だって大人の女性なんだって少しは分かってもらわないと……)
サラのリクエストにアンは自信満々にほほ笑んだ。
「お任せください、お嬢さま」
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さて、ここからじれじれ両片思いのすれ違いが続きますが、必ずハッピーエンドになりますので安心してお読みください。




