第35話 酔ったレスター
ガーデンパーティーは、レスターが倒れたことでお開きとなった。
団長が酔いつぶれたレスターを抱え、馬車に乗せてくれた。
頭を掻きながら、「サラ、すまない。こんなことになってしまって」と団長は申し訳なさそうに言った。
「あなたが飲ませすぎるからよ」
メアリーが団長を咎めるように睨んだ。
「いつもはこのくらいでは倒れないから」
「だからって」
「本当にどうしたんだろうな? ちょっとからかい過ぎたか?」
「疲れていたんじゃないの?」
「サラ様、お父さまがごめんなさい。これに懲りずにまた遊びに来てね」
イヴが馬車の中でぐったりしているレスターを心配そうに覗いた。
「イヴ様、レスターは大丈夫よ。皆さん、お騒がせしてしまって申し訳ありませんでした。今日は楽しかったです。ありがとうございました」
そう告げてサラは団長宅を後にした。
ゆっくりと馬車が動く。しばらく寝入っていたレスターが馬車の振動に、「うん……」とつぶやき、ぼやっと目を開けた。
「レスター? 大丈夫? お水、飲む?」
「うん……? サラ?」
「具合悪い?」
「サラ? 俺を――……心配してくれているの?」
まだ酔いがさめていないのだろう。レスターの目は、いつもと違ってとろんとしている。
レスターの顔を覗き込むサラを見ると、レスターは嬉しそうに頬を撫でた。
(なっ……急に、なに!?)
サラは頬を撫でるレスターの手に緊張して固まった。
「サラ、恥ずかしい?」
そう言いながらも、レスターは頬を撫でる手を止める気配はない。
それどころか、サラの唇の感触を確認するように、ぷにぷに触っている。
「レスター……なんで……」
レスターの手から逃れるように顔を背けると、レスターは急に「あーーー……」と声を上げるとサラを強引に自分の膝に座らせた。
「やっ、な、なに!?」
なぜかサラはレスターの膝に座らさせられると、すっぽり後ろから身体を包まれた。
レスターは小動物にでもするかのように、サラの首筋に顔を寄せている。
(な、な、な……なんなの、この状況――)
サラは羞恥で目が潤んだ。
「あーー、かわいい。癒される」
レスターはサラを抱きしめながら、満足したようにそうつぶやいた。
「レ……レスタ……離して」
サラは身を捩ったが、がっしりとレスターに抑えられていてビクともしない。
「サラ、俺から逃げるなんて――できると思うの?」
レスターの物騒な言葉が背後から響いた。
首筋にレスターの吐息がかかって、くすぐったい。
「やっ……」
くすぐったくて思わずつぶやいた言葉が、レスターの琴線に触れたのか、サラを抱きしめる手が余計に強くなった。
「嫌? サラは俺に触られるのが嫌なのか?」
少し不機嫌そうな声でレスターが言った。
レスターが喋る度に、サラの首筋に吐息がかかり身体がビクッと震え、思わずまた「やっ……」と声が漏れた。
(まずい。こんな反応したら、余計にレスターを怒らせちゃうのに……)
サラの想像通り、サラの反応を拒絶とレスターは受け取っている。
「サラが嫌でも、俺は離す気はないから」と言うと、首筋にキスを落とした。ちゅっと鳴った音がサラの羞恥を煽る。
「レスター、恥ずかしい……」
その反応に、レスターは満足したように小さく笑った。
「サラ、本当にかわいい。溜まらない」
「え?」
レスターの言葉にサラは全身が赤くなった。
「さっきは……『あり得ない』って言ってたのに……」
(一体、この甘いレスターはどうなっているの?)
「あり得ない?」
「団長が……言ってたことに」
「団長? ああ……。あれは――7歳の女の子に邪な思いを持つことなんて、あり得ないって意味で」
「そう、なの?」
「ああ、あのとき俺は17だぞ。さすがに、そんな変態だと君に思われたくない」
(そういうことだったのか……。もしかして、いまのレスターなら、不思議に思っていたこと色々聞ける?)
「じゃ、じゃあ、あの、エルトン様が言っていた噂は?」
「エルトン? ああ、あのくだらない……。俺は男色じゃない」
レスターはサラの首筋に唇を押し当てた。
「サラはどこも、甘くて美味しい」
「やっ……」
「君が俺を疑った罰だ。俺の恋愛対象は女性だ」
「あっ……わ、分かったけど。じゃ、じゃあ、人妻と幼女がどうの……っていうのは?」
「それは――……子どもも人妻も、俺を狙って媚びることがないから普通に接することができるだけだ」
「え?」
「適齢期の女性たちは――……少し優しくすると、すぐ誤解するから近付かなかっただけだ。そしたら、馬鹿げた噂が……」
「そんなこと気にしていたのか?」と、酔ったレスターは、色々なことを素直に答えてくれた。
(じゃあ、やっぱりエルトン様の変な噂は嘘ってことよね。イヴ様やメアリー様への態度を見ても、そんな感じしなかったし……)
「じゃ、じゃあ、レスターは……好きな女性とか、いなかったの……?」
調子に乗ってサラはそう尋ねると、レスターは急に黙り込んだ。
何か言おうとして、言葉を飲み込んだのが分かった。
「レスター?」
「……それは――、君は……分かっているんじゃないか?」
「――……え?」
(私が……分かっているってレスターが言うってことは――)
サラは先ほど安堵したのも束の間、嫌な胸の高鳴りを感じた。
「いまも……変わってないの?」
レスターはこくんと頷きながら、サラの首筋に顔を埋めた。
レスターのことで、サラが知っていると言えば、ユーニスとの婚約の件だ。
(あれはヴィヴィアン侯爵家からの申し出だったはず。レスターが、ユーニスを婚約者に申し出たってこと、よね? じゃあ、やっぱり――いまも……ユーニスを……ってこと?)
そのまま、レスターの規則的な寝息が響いた。
サラは意識を失ったレスターの腕をそっと解いて、レスターの膝の中から逃れた。
(ユーニスとは今は何でもなさそうに見えたけど、ドレス選びのときもこっそり連絡を取っていたみたいだし……。何かあったら頼るのは――今も、ユーニスってことよね。シミオン様にも厳しい目を向けていたし……。叶わないって分かっていても、傍にいたいってこと……なのよね)
サラは馬車の中から暗くなり始めた曇り空を眺めた。
熱く覆われた雲は、晴れない自分の心の様だと思った。
(分かっていたことじゃない。レスターが優しいから、自分に気持ちが向いて来たって思っていたけど……)
サラは自分の唇に触れた。
(あんな風に口づけしてくれたけど、それは婚約者としての義務だったのかな)
サラはレスターの熱い口づけを切なく思い返していた。
(それでも、レスターに好きになってもらえるように……って思ったんだし)
サラは、いまは雲で隠れて見えない月を思った。




